情報①
村を訪れてから数日,復興作業も進み幸太郎はこの村に来た目的について聞き込みを行うことにした。
作業と通じて打ち解けた村の人たちに尋ねる。
「この前のケガレモノで何か変わったものを見なかったかって?」
「はい、そうです」
「どうだろうな……俺はそういうのは見なかったなあ」
親方の次に顔を合わせることが多かった村人は申し訳なさそうに答えた。
「そうですか……」
「ごめんなあ、力になれなくて」
「いえそんな。ありがとうございました」
「それにしても幸太郎君、今朝からぶっ続けでしょう、少しくらい休憩せんといかんよ」
「大丈夫です、これくらいは」
「いやいや、いくら若くても休む時はしっかり休まんと。メリハリが大事なんだよメリハリが」
「……わかりました、ではお言葉に甘えさせていただきます」
「それがいいよ」
その村人と別れて、幸太郎は脇にある小さなベンチに腰かけた。
辺りを見回すと、初めて村に来た時よりも田畑が奇麗になっていることを実感することが出来た。今まで感じたことない充実感に包まれていると、
「あー、にーちゃだ!」
村と田畑をつなぐ徒路をひなが元気一杯に駆け寄ってきて、そのままの勢いで幸太郎に抱き着いてきた。
「にーちゃ、なにしてるの?」
「ちょっと休憩をしてたんだ」
「きゅーけー」
「ひなの方こそこんなところで何してるんだ?」
「おさんぽ!」
「ひとりか?」
「んーん、ごーきもいっしょだよ。でもね、ひながはやすぎてついてこれてないの」
どこか得意げなひなに苦笑しながら、
「じゃあ、ひなも一緒に休憩しよう」
「いーねー、おいしょっと」
「うおっとと」
ひなが幸太郎の膝に座り込んで来た。頑是ない少女の余りの無邪気さに、幸太郎は一瞬ドキリとしかけたのを振り払った。
それを微塵も気にする様子もなくひなが言った。
「ねーちゃとはいっしょにいないの?」
「ああ、七海はいつも別のところで作業をしてるからね」
「そうなんだー、じゃあじゃあ、あいじんさんは?」
「あ、愛人?」
真昼間から予想外の単語が出てきて、幸太郎は狼狽えた。
「誰なの、愛人って」
「かみながくてきれいなねーちゃ」
幸太郎の頭の中に一人の人物が浮かんだ。
「もしかしてくれはのことか」
「そそ」
一体何がどうなってそういうことになったのか甚だ疑問だったが、とにかく幸太郎は素直な答えを言った。
「あのね、くれはは別に愛人じゃあないぞ」
「じゃあ、ねーちゃのほうがあいじんなの?」
「いや、そうじゃなくてな……」
応えあぐねる幸太郎にひなは太陽に負けないくらい目を輝かせている。
ひなの耳年増さを思い出して、幸太郎はあからさまに話題をすり替えた。
「そ、そういえばひなに聞いてみたことがあったんだ」
「ええー、なになに?」
思いの外簡単にひなの興味をそらすことが出来て、幸太郎は安堵した。
「この前ケガレモノが来た時のことを教えて欲しいんだ」
「んー、どんなこと?」
「その時って、どんな感じだったんだ?」
「どんなかんじって……うーん……きゅうにけがれものがいっぱいやまのほうからおりてきて、ひなはみんなにいわれてすぐかくれたんだけどね……でもどんどんまちがぐちゃぐちゃにされちゃったの」
「他には?」
「ほかに?」
「なんかいつもと変わった事とかはなかった?」
「うーん」
幸太郎の問いが抽象的過ぎるのか、ひなは難しそうな顔で悩み始めてしまった。
幸太郎は思い切って直球で行くことにした。
「例えば、人間と同じ姿をしているやつがいたりとか」
「え、うーん」
一瞬ひなは不意を突かれたように目を瞠って、
「わかんないや」
「……そっか」
「ごめんね、にーちゃ。ひな、やくにたたなくて」
「いや、ありがとな、ひな」
助けになれなくて気落ちしているひなの頭を幸太郎は優しくなでると、ひなは嬉しそうに目を細めた。
ちりん。
「ごーき!」
不意に聞こえた鈴の音に弾かれたように、ひなが幸太郎の膝上から飛び出した。そしてその勢いのまま、現われた剛毅に向かって抱き着いた。
剛毅がひなを受け止めて、幸太郎の存在に気付いた。
「おや、幸太郎君、休憩ですか?」
「ええ。それでちょっとひなとお話してたんです」
「それはそれは。何の話をしていたんですか?」
「えーとね、にーちゃはこのまえのけがれもののことをききたいんだって」
「ほう、そうなのですか?」
「ええ、まあ」
渡りに船ではあるが、しかしそろそろ作業に戻らなければいけない時間で、どうしたもんかと思う幸太郎に、察したように剛毅が言った。
「でしたら、また今夜あたり私の部屋に来てください。私が話せる限りの事は話します」
「はい、そうさせてもらいます」
「にーちゃ、またあとでね」
ひながバイバイと手を振るのに手を振り返して、幸太郎は作業に戻った。
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