再会②

 初めての作業を終えて微かな充実感を感じながら自室の道を歩いている幸太郎に、隣を歩く人物が口を開いた。

「兄ちゃん、今日はご苦労だったな」

「こちらこそ、色々教えてくれてありがとうございました」

「お礼言われるほど難しい作業じゃなかったっしょ。すぐ覚えて、ガンガン作業してくれてやっぱり若いもんにはいいねえ」

「いやいや、そんな」

 がははと豪快な笑顔に幸太郎が相槌を打った。

 その人物は50代くらいの闊達とした人物で、元々土木の作業に精通しているらしく、今日の作業も彼が教えてくれた。

 所謂親方といった感じの存在だ。

 その親方がそのままの調子で尋ねてきた。

「いや、お世辞じゃなくてよ、掛け値なしの感想よ。正直言うと、最初はあんちゃんのその腕見て大丈夫かなって心配してたんだけどよ、杞憂ってやつだったよ」

「そうですね、こいつには助かってます」

 答えながら幸太郎が右腕を掲げると、親方が微かに眉を寄せて、

「ふうん、やっぱあれかい、事故とかかい?」

「まあ……そんな感じですね」

「はあはあ、なんていうか、若いのに大変なこった。それにしても今時の機械はすごいねえ、物掴んだりも自由自在にできるんだねえ」

「作ったやつが優秀なんですよ」

「ははー」

 親方が大げさに相槌を打った。

 この人は喜怒哀楽が非常に豊かで、何に対してもあけっぴろげでかつ遠慮というものを知らない。

 だからこそ、こうして踏み入った質問も次々とぶつけてくるが、持ち前の豪快さのおかげで、不思議と不快な気持ちにはならない。

 今までケガレモノを追って尋ねた町はどこか陰鬱な雰囲気を持っていて、それが幸太郎にも伝播することが多かったから、とても新鮮な気持ちだった。

 しばらく取り留めない話をしながら歩いていると、急に親方が立ち止まった。

「おや、ありゃあ、この前来た姉ちゃんじゃんか」

「あ……」

 作業場から幸太郎が滞在している部屋に繋がる路の半ば。

 そこに、くれはが立っていた。

 不意の遭遇に幸太郎は戸惑っていると、親方がなぜか察したような表情になって、

「あんなよくわからん道端で突っ立ってるってのは、確実に兄ちゃんを待ってるんだろうな……ということでおっさんはここで失礼させて頂こうかな……じゃあ!」

「あ、ちょっと!」

 引き留める幸太郎を無視して、親方はさっさと行ってしまった。

 幸太郎は一人取り残されて、しかし今更道を戻ったり無視することも出来ず、しぶしぶ歩みを進めるとくれはの方も幸太郎の事に気づいたようで、

「やあ」

「あ、ああ」

 何を話すべきかわからず、幸太郎は自覚するくらいどもった。

 それに構わずくれはが続けた。

「君はこの村で何をしているんだ?」

「え?」

「だから、君はこの村に何しに来たというのだ」

「それは、村の復興を手伝いに」

「本当か?なら君はもしかして異形警察機構のものか?」

「違う、けど」

「ならどうしてだ。いっては何だが何もない村だ、君のような若者が突然訪れるようなものではあるまい」

 食い下がるくれはに、幸太郎はまたぞろ応えあぐねた。

 それは、剛毅とひなにしたように、あまり他人をあまり自分のしていることに巻き込みたくないという気持ちもあった。

 しかし、何よりも。

「あんたこそ、こんなところでなにをやってるんだ」

「それは村の復興を手伝いにだ」

「俺と同じこと言ってるじゃないか。そもそも、あの時にあんな所にいた理由もわからないし」

「だから、いうことは出来ない」

「なんだよそれ」

「それよりも、私の質問に答えてくれ」

「あのなあ……」

 やり取りの中で、くれはの事が徐々にわかってきた。

 この女剣士は、どこか融通が利かないというか、猪突猛進なきらいがある。

 そもそもくれはとの出会いからして誤解から始まっている。

 そう考えてみると、急にくれはが俗物的に見えてきて、腕を切られた時の月を背負った美しいイメージがガラガラと崩壊していく気持ちがした。

 幸太郎がそれを自覚すると、再会した時は固まっていた口が回るようになってきた。

「そもそも、何でそんなにけんか腰なんだよ」

 幸太郎の質問に、意外にもくれはが省みるような間をおいて、

「……そうか、確かにそうかもしれないな。だが、それは私がそうされたからだ」

「そんなことしていないだろ」

「違う、七海さんにだ」

「え?」

「今日の作業を共にしながら、私が君とどういう関係なのかを根掘り葉掘り聞かれた」

 人見知りの七海が初対面の人間にそこまで言わせるほど話すのは珍しい。

 しかしそれよりも、幸太郎の中に大きな懸念が生まれた。

「もしかして言ったのか?あの日の事」

「……安心しろ、言ってない」

「そうか」

 くれはの答えに幸太郎は胸をなでおろした。

 幸太郎の腕を切り落とした本人と一緒にいることを知られたらどうなるものかわからない。

 それくらいのことはわかるのかと、幸太郎が内心毒づいていると不意に聞きなれた声が響いた。

「おーい、こうちゃん」

「七海」

「いやあ、こうちゃんもお疲れ様……って、え?」

 道の向こう側から笑顔で呼びかけた七海は、傍にいるくれはの事を見ると途端に訝しむような顔になった。

 それを、女の勘といわんばかりに察知したくれはが、

「それでは私はこちらで失礼する……ではな」

「あ、おい!」

 逃げるようにくれが幸太郎の横を通り過ぎようとする瞬間、くれはが耳打ちをしてきた。

「君もこの後質問攻めにあうことは間違いない、覚悟しておいた方がいいぞ」

「待てって!」

 そういってくれはさっさと行ってしまい、後には幸太郎と七海が取り残された。

 そしてまるで予定調和のような質問が飛んできた。

「こうちゃん、くれはさんとはどういう関係?」

「ええっと、それは」

「そもそも、今の待てってのはどういう意味?いつの間にあんなにきれいな女の子と知り合ってたんだよ」

「あー」

 しばらくの間、幸太郎は七海にチクチクと責め立てられることになったが、幸太郎は決定的な亀裂が生まれることは避けられたことに安堵していた。

 この村に来てから間もないが、そんな中でもたくさんの人に暖かく迎えてもらえて、幸太郎は今までにない心地よさを感じていた。

 だから、その時間に水を差すようなトラブルは起きて欲しくなかったのだ。

 しかしその一方で。

 幸太郎は結局、くれはが何者なのかという事を知ることが出来ず、それは少なからず心残りだった。

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