再会①
翌日、朝食を頂いた幸太郎と七海は集落の復興を手伝うために外へ出ていた。
昨日も世話になった従者に連れられて、のどかな田園風景を歩いていく。
早い時間だというのに既にたくさんの人が幸太郎たちを忙しそうに横切って行って、その様子を二人が見ていると従者が口を開いた。
「先日の異形騒ぎで、村のあちこちの施設に被害が出ています。例えば、米を始めとした農作物」
「農作物……」
「はい。この村は古くから自分たちの衣食住は自分たちで賄うという伝統を大事にしています。つまり、田んぼが使えなくなってしまってからこの村の食卓には主食が欠けてしまっています」
「そう……だったんですね」
幸太郎は昨日の夕食を思い出した。
食事に主食がなかったのはそういう事情があったのだ。
それも知らずに図々しく不満を覚えてしまった自分を幸太郎は恥じた。
更に歩くと、被害の象徴ともいうべき異質な光景に出迎えられた。
一帯に広がる土地―恐らく元は田んぼや畑だったのだろう――がまるで巨大な墨汁をぶちまけたように黒く染まっていて、そこに植えられている食物も皆生気を失ったように穂を垂らしてしまっていた。
見るも無残な光景だった。
「見ての通りの状況でして、収穫についてはもう諦めております。なので今はこうなってしまった地帯を何とか正常なものにするための作業をしているのです」
説明の間にも、何人もの村人が行き来をして黒く染まった土壌を掘り出していた。
先ほど幸太郎のそばを横切った人の姿もあり、それだけ人が足りていないということが言外に伝わってきた。
従者は幸太郎に振り向かうと、作業の説明を始めた。
「改めて、作業についてですが、難しいことはありません、この一帯の黒くなってしまった土をとにかく掘り出します。当然、一度では取り切ることが出来ませんので、それを何度も繰り返して、それから別の場所から正常な土をもってきて埋め戻します」
「わかりました」
「はい。ですがその際に注意して頂きたいことがあります」
従者は傾聴を求めるように間をおいて、
「この黒い澱のような物体には触らないでください。ケガレモノがまき散らした血肉です。穢れのように深刻な物ではありませんが、それでも体には毒ですので。途中で気分が悪くなったりしたら遠慮せずにおっしゃってください」
作業をしている人たちを見ると、確かに手足に防護のためのビニールのようなものをつけていた。ただ、間に合わせなのかそれはあまり機能しているようには見えなかった。
まるで汚染地帯を除染するような危険な作業だったが、幸太郎にとってはうってつけだった。
幸太郎が持つ不死の体は穢れを受けることはないからだ。
「客人にこのような雑務をお願いすることは大変心苦しいのですが……」
「そんなことありません……もちろん、やらさせていただきます」
幸太郎は強く首肯した。
剛毅とひなをはじめ、この村の人たちには既に大きな借りがある。
そのための苦労を惜しむことなんて考えられないし、まるで自分の役割であるかのような作業にむしろ心が踊るくらいの気持ちだった。
幸太郎が奮起する隣で、おずおずと七海が口を開いた。
「じゃあ、私も……」
「あ、七海様お待ちください」
「ご、ごめんなさい」
予想外に制止されて、思わず七海がまるで叱られた子供の様になった。
その様子に従者が苦笑いしながら、
「七海様にはこうした力仕事よりも別にお願いしたいことがございます……どうぞ、こちらへ」
七海の縋る様な視線を察して、幸太郎も従者についていくと今度は田畑の外れにたどり着いた。そこにはちょうどこの村を囲う様に大きな柵がぐるりと設置されていて、一部が無残なほどに破壊されていた。
「七海様はたいそう手先が器用なようだと伺っています……なんでも工作がお得意だとか。ですので、その技術を生かして先日のケガレモノの襲撃により破壊された柵を修復し、より強固なものにして頂きたいのです」
「……少し、見せてもらっていいですか」
「どうぞ」
七海は早速その壊れた場所を検分し始めた。
誰ともなく発される呟きの意味は幸太郎にはわからなかったが、それでも的確に分析が進んでいるのだけは、今までの付き合いから察することができた。
やがて七海が立ち上がっていった。
「少しだけ時間と、あと材料があれば直すことができると思います」
「本当ですか……!」
「はい、頑張ります」
こうして七海も収まるところに収まり、一向に指針が出来たことを確認して、さて作業に取り掛かろうとした矢先、村の惨状とは対照的な凛とした声が響いた。
「そこな人」
「……え?」
幸太郎は言葉を失った。
その声の主は、あの時の女剣士だった。
瞬間、幸太郎の中に彼女との邂逅が蘇った。
銀色の月を背負い、同じ色の刃を幸太郎に突きつけ、 その輝きを以て幸太郎の心を照らし、そして暴いた。
死への渇望という本心を。
それが今、再び幸太郎の目の前に現れた。
全身に冷や汗を感じていると、従者が取りなすように口を開いた。
「こちらは、嵩原幸太郎様と片桐七海様。この度はこの村の復興をお手伝いしていただくことになりました」
「そうか……ん?」
女剣士は幸太郎の存在を認めると、やおら幸太郎の目の前まで歩み寄ってきた。
唐突な彼女の行動に他の二人の視線が集中するが、彼女はそんなことなどお構いなしで、
「君は……あの時の」
「……えっと」
「おや、お二人はお知り合いなのですか?」
偶然な再会を目にして、微かに声を弾ませながら従者が言った。
それにつられるように、七海も伺うような視線を幸太郎に送っていた。
「ええっと……まあ、どうだろうな」
幸太郎が明らかに不審な誤魔化するもんだから妙な雰囲気が流れる。
幸太郎と女性の関係に不穏なものを感じたのか、取り繕う口調で従者が続けた。
「ええと、こちらはくれは様でお二人よりも少し前にこの村に訪れて復興を手伝ってくれています。彼女には七海さんと同じ作業をお願いしています。七海さんにはくれは様と一緒に作業をしていただきます」
本筋に戻り、くれはも幸太郎の事は保留にしたようで、七海の方に向き直った。
「くれはだ。七海さん、よろしく頼む」
「あ、えっと、よろしく、お願いします」
「……はい、それでは皆様何卒、よろしくお願いします。分からないことがあればいつでも聞いてきてください。わたくしはこちらで失礼します……それでは」
従者の背中が小さくなっていくのを見届けて、くれはが口を開いた。
「さて、私は作業の続きをやる。七海さん行きましょうか」
「あ、はい、じゃあ、こうちゃん、またあとでね」
「ああ、わかった」
そういって七海とくれはが歩き出した。七海はなんだか言いたそうな顔をしながら、作業に向かった。
一人取り残されて、幸太郎は思わずため息を吐いた。
行きがかりで手伝うことになった村の復興だが、思いもよらない再会があった。
それが何をもたらすのかは分からないが、今は目の前のことに集中するべく気を引き締め、幸太郎は田んぼの復旧作業に向かった。
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