出会い②
宴会場の一角にテーブルで幸太郎と七海はもてなしを受けた。
幸太郎たちの目の前には川魚の素焼きと、山菜のてんぷら、他いくつかの小鉢料理が並べられていた。
魚は皮はぱりっと身はふっくらとしていて、揚げ物も衣が口の中でさくりと解ける絶妙な舌触り、味付けも幸太郎たち若者に合わせてやや濃い目のちょうど良い塩梅だった。
そんな素晴らしい料理たちに囲まれた幸太郎だったが、一つだけ図々しい思いを抱いていた。
米が欲しい。
目の前の料理の味付けを後押しする主食がない。
ご馳走をしてもらっている身で言えるはずもないが、他の料理がとてつもなく上手いだけに味覚は白米を求めて悲鳴を上げていた。
「お加減はどうですか?」
「はい、とても美味しいです」
「それは、良かった」
実際は米が欲しかったが、幸太郎は礼節を弁えた。
そんなこんなで一行がある程度料理を平らげた頃合いを見て、目の前に座っていた剛毅が箸をおいた。
厳めしく眉根を寄せ、いかにも大切な話があるといった風に瞑目している。
その村の長の威厳に幸太郎は、一切のおふざけを心の中から振り払って、その言葉を待った。
やがて、剛毅の口が厳かに開かれた。
「さて……まず聞きたいのは」
「……はい」
「……二人は、どこまでいってるんですか?」
「それは……って、え?」
「……っ!」
幸太郎は思わず固まった。
人見知りで今まで黙りこくっていた七海も、箸を持ったまま硬直している。
「ですから、二人は付き合っているんでしょう……それで、どこまでいったのですか?Aか、もしくはBまで……それとも」
「いやいやいや、何を言ってるんですか!」
「その、私とこうちゃんはそんな関係じゃないです……まだ」
「まだって言った、今まだって言った!ひな、お前も聞いたよな!?」
「きいたきいた!まだってことはこれから、そうなるってことだー」
「いや、勝手に決めつけないでくださいよ!」
「は、はい!私とこうちゃんは、その……友達っていうか」
「お前急に喋るようになったな!その……こいつと俺はただの幼馴染で……そんなこと考えたこともありませんから!」
「……え?」
七海が非難するような声で抗議をしてきた。
その眼はなぜか潤んでいる。
突然のフレンドリーファイアに幸太郎は面喰いながら、
「だ、だってそうだろ」
「……考えたこともないの?」
「その、考えたことっていうか……」
「「……」」
「いや、二人してにやにやしてこっち見ないでください!違いますから!」
「照れ隠しですね」
「てれかくしだー」
「好きな子をいじめちゃうタイプだ」
「いじわるだー」
「だああ、だから違うんですってば……ああ、もう」
恩人二人のまさかの下世話な一面に、幸太郎は息を切らすくらいの否定と説得をして、ようやく自分たちの関係性を理解してもらうことができた。
不満そうな七海は置いておいたまま、剛毅が表情を引き締めなおして今度こそ本題に入った。
「それで……お二人はどうしてあんなところで倒れていたのですか?」
「それは……」
幸太郎は経緯を説明した。目的のためにいろんな場所を訪ねているということ。そして、その途中で事故にあって、それを助けてもらったということ。
詳しいことはまたぞろ曖昧に済ました。
やはりまだ会って間もない人間に対してそれをするのは、不誠実というよりも図々しいような気がしたからだ。
一通り聞いた後、剛毅はどこか気遣うような口調で言った。
「そうですか……まだ見たところ若いのに大変なことで」
「いえ、俺がやりたくてやってるわけですから」
幸太郎の言葉に、七海が案じるような視線を向けてきた。
それに反応しようとするまもなく、ひなが重要なことを思い出したように、身を乗り出した。
「にーちゃ、さっきのはなしのつづき!にーちゃのけがが、どんどんなおっちゃうやつ!あとろぼってのうでのことも!」
「それは……」
先ほど有耶無耶になった話題が改めて剛毅も交えて蒸し返されて、幸太郎が答えに窮していると剛毅が助け舟を出してきた。
「話せないのであれば、無理に話してくれなくても大丈夫です」
「えっと、その」
「事情があるのでしょう。そもそも初めて会った人間にそこまで話してくる方が可笑しな話です」
「……」
「ケガレモノなんて言う、けったいな存在が蔓延っている世の中です。どんな奇天烈なことがあったとしても受け入れることが出来るってもんです……それに」
「……はい」
「その体のおかげで、七海さんを助けることができたんですからね」
意外過ぎる言葉に、幸太郎は目を瞠った。
「二人を見つけた時、幸太郎さんは七海さんをかばうような状態で発見されました。山を滑落したということでかなりの強い衝撃を受けたと思いますが、村の医師からは七海さんは小さな切り傷以外はほとんど無傷だったということです」
「そう、でしたか」
「にーちゃ、ねーちゃをたすけたんだ!かっこいいー!ね、ねーちゃもそうおもううよね」
「……うん」
ひなが囃すと、七海が照れくさそうに同意した。
剛毅とひなとのやり取りを通じて幸太郎も救われた気分になった。
今まで、自分の体質について好ましいと思うことはなかった。その人非ざる性質を自覚するごとに忌々しい過去の記憶が呼び起こされて悪夢にうなされる毎日だった。
しかし今回のことで、その体質についての認識が少しだけ変わったような気がした。
「……ありがとうございます」
「ええ」
「そういってもらえると、俺も嬉しいです……詳細を隠していて恐縮ですが、それでも剛毅さんにそういわれて本当に救われました……それだけは隠すことない本音です」
「それならこちらも助けた甲斐があるものですよ」
「はい」
ひと段落して、剛毅が話題を戻すように口を開いた。
「それで、二人はいつまでこの村にいるおつもりなのでしょうか?」
「……そうですね、傷も治ったしこれ以上ご迷惑をおかけするわけにもいきませんから、これを頂いたらすぐにでもお暇しようと思っています……本当にありがとうございました」
幸太郎の返答に、剛毅は慌てて手を振った。
「ああいえ、そういった意味ではないんです。むしろ逆です、久しぶりに客人が来たものですから、ゆっくりしていって欲しいと思っていましてね」
「うんうん!にーちゃとねーちゃ、もっとおはなししたいし、あそびたい!」
「……ひなもこう言ってますから」
「えっと……」
そう二人に言われて幸太郎は悩んだ。
元々幸太郎は妹を探すために動いていたのだから、何の理由もなく一つの場所に留まるという必要はない。
しかし、彼らに借りを作ってしまっている以上、無碍に断ることも憚られた。
どうしたものかと、幸太郎が応えあぐねていると、
「それでは、こういうのはどうでしょうか」
「え?」
「実はですね、この村は古くからケガレモノの被害をよく受ける場所でしてね。それで、最近も大きな被害を受けた後なんです」
剛毅の言葉に幸太郎と七海は顔を見合わせた。
「そのせいで村のあちこちに被害が出ていまして、それで人手が欲しいなと思っていたのです。そしてそんな時に、人手が降ってわいてきた。だから、私どもは自分たちのためにその人たちを助けた……衣食住を与えて、その対価として労働力を獲得しようということに」
「そんなこと……」
二人がそんな打算的なことをしなと分かっているが、こういわれると幸断る事ができないのも事実だ。
それに、ケガレモノの被害という話。それは出立の時に七海に聞かされた話と合致していた。
自分たちは、偶然にも目的の村にたどり着いていたのだということ。
幸太郎に断る理由なんて無くなった。
「わかりました……じゃあ、短い間ですがよろしくお願いします」
「こちらこそ、ありがとうございます」
「わーい、にーちゃねーちゃといっしょにくらせるー」
幸太郎は七海と剛毅と一緒に、無邪気にはしゃぐひなの様子を眺めていた。
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