出会い①
ぺたぺた。
「んん……」
頬に何かが触れている。
ひんやりもちもち柔らかくて少し気持ちいい。
ぐにぐに。
「う、うーん」
だんだんと鬱陶しくなったそれを、幸太郎が逃れようと体を動かそうとすると。
「むぐっ!?」
突然、息が出来なくなった。
生命の危機に、幸太郎は跳ねるように飛び起きた。
「ぶはっ!」
「あ、おきたおきた」
酸欠状態で霞む視界の中、見知らぬ少女がいたずらっぽくのぞき込んでいるのが見えた。
「にーちゃ、おはよ」
その少女、いやそれよりももっと幼い、いわゆる幼女というやつだ。
おかっぱ頭に、小さな子供特有の無垢な輝きの双眸を幸太郎に向けていた。
「あ、ええっと……」
少女に生返事をしながら、幸太郎は辺りを見回した。
見知らぬ部屋の中だった。
温かみを感じる木造の部屋で自分はその窓際のベッドに寝かせられているのに気付いた。橙色の陽光が頬を撫でるのを感じながらぼんやりとしていると、先ほどの幼女が棘のある視線で幸太郎をじっと見ていた。
「にーちゃ、あいさつ」
「に、にーちゃ?」
幸太郎が聞きなれぬ言葉に頭を悩ませていると、さらに幼女はさらに機嫌を悪くしたようで、
「あいさつあいさつあいさつ!」
「あ、ああ、ごめん、お、おはようございます」
「……もう、あいさつは、にんげんのきほんだよ」
「す、すいません」
一回り以上小さい幼女に説教をされ、あまつさえ敬語で謝るという自分を顧みて、幸太郎は恥ずかしい気持ちになった。
「それにしても、にーちゃ」
「あ、ちょっといい?にーちゃって、俺?」
「そうよ?」
言いながら幼女が幸太郎に向けてぴしっと指を差してきた。
「ひなのなまえはひな。にーちゃは?」
幼女は今度は自分を指さしながら言った。
自己紹介をしてくれたのだと気づいて、幸太郎は慌てながら答えた。
「俺は嵩原幸太郎」
「こうたろうっていうんだ、よろしく、にーちゃ!」
「あ、ああ」
普段接する機会のない世代との会話に幸太郎は難儀した。
それにそもそも、ここはどこだ。
そんな見知らぬ場所にどうやって来たのだ。
そうやって現状に至るまでの記憶をたどって、幸太郎の中に大事な事が浮かんだ。
「なあ、七海を知らないか?」
「ななみ?」
「その、俺と一緒に女の人がいなかったかな?」
「それってもしかして、ねーちゃのこと?」
「えっと、多分」
「それなら、ほれ」
ひなが指差す方を見ると、そこには見慣れた少女が幸太郎と同じように寝かせられていた。
穏やかに胸を上下させている七海に、幸太郎はほっと胸をなでおろした。
「ねーちゃも、にーちゃといっしょにもりのなかでみつけたんだよ」
「森の中?」
「うん、ひながあさのさんぽをしていたときにね……」
ひながとつとつと幸太郎たちを見つけた時の状況を説明してくれた。
曰く、今朝保護者の人と日課の散歩で林の中を歩いていたら、茂みの奥から大きな音が聞こえてきた。ケガレモノが現れたのかと思い、村の男に招集をかけて、音のする方向を確認したら、そこに男性と女性が倒れていたのを発見したとのことだった。
「ねーちゃはぶじだったんだけど、にーちゃはすっごくおおけがをしてて、それでみんなあわててむらまではこびこんだんだよ。でも……」
「ん?」
「にーちゃ、すっごくげんきそうなの。けがしたのに、なんで?」
「ああ、えっとそれは」
「それに、うでがろぼっと!」
ひなが幸太郎の機械になった右腕をぺしぺしと叩き、つなぎ目の部分をしげしげと見つめながら、
「ねえねえ、ろけっとぱんちできる?」
「いや、ロケットパンチは別にできないけど」
「ええー、じゃあなにができるの?」
「えーと、何がって言っても」
ころころと話が変わる幼子に幸太郎が翻弄されていると――
ちりん。
どこからか、鈴が鳴る音が聞こえてきた。
「ごーき!ごーきがかえってきた!」
ひなが弾かれたように立ち上がって、そのまま部屋から出て行った。扉を一枚隔てたところから、恐らくひながごーきと呼んだ男性だろう、厳めしさを感じる声が幸太郎の耳に届いた。
やがて、その声の主が現れた。
「やあ、目が覚めたんだね」
「あ、この度は……その、助けていただいたようでありがとうございます」
幸太郎が立ち上がろうとして、男性がその必要はないと幸太郎を手ぶりで制した。
「そんなにかしこまらなくていいんですよ。お兄さん……ええと」
「嵩原幸太郎って言います」
「幸太郎君。私は剛毅と申しまして、この村の長をやっているものです」
そういって、男性、剛毅は笑った。
精悍な顔つきに深く刻まれた皺からそれなりの年を重ねているように見えた。幸太郎よりもずっと高い身長にがっしりとした体躯をしていて、温和さと同時に武闘派な印象も受けた。
また彼は腰元に一本の刀剣を携えていた。
それは脇差のような小ぶりな姿形だったが、どこか神聖な雰囲気を持っていた。また柄の先端には小さな可愛らしい鈴がひもで括りつけられていて、先ほど幸太郎が耳にした音はこれによるものだと理解した。
不思議と惹きつけられて、ぼんやりと刀剣を見つめていた幸太郎は、ひなの無邪気な一声で現実に引き戻された。
「ごーき、ごーき、おなかへったよ。ごはんまだ?」
「もうできてるよ。それよりも、お客さんの前なんだから、ちゃんと大人しくしてなさい」
「ぶー、ごーきいじわる」
「まったくお前は……」
剛毅の丸太のような太い腕にぶら下がりながらむくれるひなに、剛毅が大げさなため息をついた。
当のひなはそんなことそっちのけでころころと楽し気な笑顔を振りまいているし、剛毅も言葉とは裏腹にひなが可愛くて仕方ないといった風に見えた。
親子だろうか。
それにしては年が離れているような気もしたが、とにかくこの二人が気の置けない関係であることは疑いようもなかった。
幸太郎の視線に我に返った剛毅が咳払いをして言った。
「これは失礼しました……いつも言い聞かせてはいるんですが」
「いえ、構わないでください……えっと俺たちは……」
「待ってください」
幸太郎が話始めようとすると、やおら剛毅に制止された。
「先ほどひなも言っているように、そろそろ夕食が出来上がりますので、それを召し上がってもらいながらお話をするというのでいかがでしょう」
「え、そんな、そこまでご迷惑をおかけするわけには……」
幸太郎が思わず遠慮しようとすると、主の意向に反抗するかのように幸太郎の胃が空腹を訴える音を鳴らした。
「ははは、無理なさらないで」
「……すみません、じゃあ、いただきます」
「わーい、ごはん!にーちゃとー、ごーきとーいっしょにごはん!」
「……う、うーん?」
ひなが先ほどからはしゃいでいたからか、ちょうど七海が目を覚ましたようだった。
ごしごしと目をこすりながら周りを見て、ぼんやりとした表情で口を開いた。
「あれ……ここは?」
そんな七海を見て、剛毅が優し気な笑い皺を作りながら言った。
「それでは、皆でのんびり食事をいたしましょう」
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