再起

「やめろ、やめてくれええええええ!」

「ふわっ!?」

「……夢……か」

 ひどく悪い夢を見ていた。

 吐き気を感じながら幸太郎はあたりを見回して、幸太郎は自分がベッドに寝かされているということ、そして自分の傍らに人がいることに気付いた。

 「……七海」

「こうちゃん……その、大丈夫?」

「まあ、なんとか」

 幸太郎の返答に七海は縋る様な視線を向けてきた。

「本当に心配したんだから……もう、本当に、本当に」

「ごめん」

「謝ればいいってわけじゃないんだよ」

「……ごめん」

「こうちゃんって、昔からいっつも心配ばっかりかけて……少しはあたしの身にもなって欲しいなあって」

「気を付けるよ」

「なら……いいよ」

 気が済んだのか、七海はようやく表情を緩めた。

 片桐七海。

 幸太郎にとって七海は所謂幼馴染であり、先刻の戦闘で耳元のデバイス越しに幸太郎と会話を交わしていた声の主だった。

 彼女の特徴をまず一つ上げるとすれば、その特異な髪の色だった。

 長く伸ばした前髪と、顎先くらいの長さで切りそろえられた七海の髪色は鮮やかな金色をしていた。

 何か人の手が加えられたものではなく、親が外国人というわけでもなく、何かしらの病を患っているということではない、ただ純粋に生まれつきのものだ。

 そんな金髪を当の本人はひどくコンプレックスを感じているようで、七海はその整った目鼻立ちと派手な髪色とは裏腹でどこか暗い印象を持っていた。

 言ってみれば陰気系美少女、それが七海の人物像だ。

 聞く人が聞けば羨む幼馴染像だが、そんな外見の良さを吹き飛ばすような要素が、七海にはある。

 それは、今幸太郎がいる空間に答えがあった。

 幸太郎は思わず聞いた。

「……七海、また新しいもの作ったのか?」

「え?」

 今二人がいるこの部屋は七海の自室だった。

 幸太郎は小さい頃から数えきれないほどこの部屋で遊んだことがあるが、来るたびに部屋が狭くなっていた。

 七海がきょろりと自室を見回して、妙に得意げに言った。

「まあ生きがいですから、発明は」

「作りすぎだろ」

「えへ。ちなみに、あれとあれとあれが新しく作ったやつ」

 目を輝かせながら、七海が色んな方向に指を指した。

 七海は昔から、発明と称した機械いじりを趣味としていた。

 彼女の部屋を圧迫しているのは、発明品という名の正体不明用途不明の物体たちだ。もはや足の踏み場もない状態で、うら若き女子の部屋とは思えない散らかりっぷりだった。

 知ってはいても、なかなか来るものがあった。

 そんな幸太郎を他所に、七海が詰め寄った。

「もしかして、気づいた?」

「いや、そもそもどれが新しいやつかわかんないし」

「分かんなくても、なんか普段と違う感じしない?」

「は、はあ?」

「ねえ、ちゃんと考えてみてよ」

「う、うーん」

 七海の言っている意味が分からず、幸太郎が右手で自分の頭を掻こうとして妙な違和感を覚えた。

「……ん?」

 そしてゆっくりと右手を見ると。

「な……な」

 幸太郎の右腕が、機械になっていた。

「な、なんじゃこりゃあああああ!?」

 幸太郎の驚愕に七海が髪色より目を輝かせた。

「やっと気づいた!それ、私の新作」

 興奮しすぎて、幸太郎に沸騰したやかんの蒸気みたいな鼻息がかかる。

「昔から色んな発明をしてきて、どれもこれも制覇しちゃったなあって思ってたんだけどね、ふと思ったの。あたしってまだ人間に直接装着する道具って作ったことないなって。だから神経とかその辺の勉強をして、完成させたのが義手」

 うわ、始まっちゃったと幸太郎は内心頭を抱えた。

「でもね、重大なことに気付いたの。試す相手がいないってこと!だから作ってからそれは長い間お蔵入りになっちゃってたわけだけど、今回お披露目する機会に恵まれたわけだよ」

「え……俺、実験体?」

「そ、そういうわけじゃないけど」

 幸太郎は普通にショックを受けた。

「まあ、言葉の綾ってやつだよね」

「はあ」

 憮然としつつ幸太郎は肝心の事を尋ねた。

「眠っている間……俺はどれくらい眠ってたんだ?」

「えっと、どうだったけな。それで義手に一番必要な事ってなんだと思う?うん、そう強度だよね。だからね、その腕は私が調合した特殊な金属で出来ていて、この世のありとあらゆる衝撃に耐えるようにできてるんだ」

「別に、元々硬質化使えるから、いらなくないか?」

「じゃ、じゃあさ、これはどう?ほら、そこのスイッチ押してみて」

 見ると、腕の内側に小さなでっぱりがあった。

 幸太郎がそれを押すと、その部分がぱかっと開いた。

「ほら、便利な収納スペース!」

「いや、いつ使うんだよ。ってか、こんなカブトムシ一匹くらいしか入らなそうなスペースに何入れるんだよ」

「う、な、なんかあるよ、多分!」

「はあ……そういえば俺はどうやってここまで来たんだ」

「で、でもねその腕には、それ以外にも拡張性能をつけてあるんだ。だからゆくゆくは色んな機能を付けたり外したり出来るようにはずだから、こうちゃんが言ってくれれば……」

「あの時、誰か女がいなかったか?」

「はい?」

「え」

 一瞬で七海の瞳から光が消えた。

 幼馴染の唐突な変貌に狼狽える幸太郎に、七海が詰め寄った。

「女って……誰?」

「いや、誰って……」

「誰?」

「……っていうか、あの日のことを詳しく聞かせてほしいんだが……」

「……あー」

 ようやく我に返った七海は、今日までの事情を話してくれた。

 曰く、幸太郎はあの女剣士に腕を落とされた時から数えて一週間眠っていたらしい。

 幸太郎が気を失った後、七海は通信デバイスのレーダーを頼りに大急ぎで現場まで駆け付けてくれたとのことだった。

 そして七海はなんとかかんとか幸太郎をこのベッドまで運んで、無くなった腕の治療をしていたとのことだった。

「なるほど……それでこの腕か」

 言いながら、幸太郎は右腕をウインウインと動かした。

 驚くべきことに、既にそれはまったく違和感なく動かすことが出来た。

 その恐ろしいほどの七海の技術に幸太郎は感心した。

 実際、あの女剣士に腕を落とされて、そのままならどうなっていたかわからない。さっきは実験体にされた様な気分だったが、七海は紛れもなく命の恩人ということになる。

 しかし、幸太郎の中で疑問は残った。

 結局、あの時の女剣士は何者なのだろうか。

 あの場所で、何をしていたのか。

 そして、彼女の持つあの武器。

「……うっ」

 不意に、その時の感情が蘇ってきた。

 死への渇望。

 それは俺の本心だったのか。

 もしそうならば、七海がやってくれたことはどうなるのか。

 幸太郎の頭の中を雑多な感情がぐるぐると渦巻いた。

「こうちゃん、大丈夫?」

「え?」

 気づけば、七海が心配そうに覗き込んでいた。

「いや、大丈夫、何でもない」

「そう……なら良かった」

 幸太郎はとりあえず今はせっかく助けてもらった七海に余計な心配をかけないことにした。

 話をそらすために、幸太郎から話を振ることにした。 

「それで、他には変わったことはあるか?」

「え、うーんと……あっ」

「ん?」

 すると、七海が急にモジモジし始めて、

「えっと……その、寝ている間のこうちゃんの世話は私がしておいたから……例えば、お」

「それは、詳しく教えてくれなくていいから……」

 

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