序章②
青年は少年よりずっと身長は高かったが、ケガレモノと比べれば圧倒的に小柄な体躯だった。
にも関わらず、怯むことなくケガレモノに対峙していた。
やがて少年がその青年の異常さを認識した。
彼の右腕の先は元来の人間の手指ではなく、まるでナイフの様に鋭い刃の形をしていた。
その鈍色の刀身には血脈のような筋が走っており、さらにケガレモノの体液にまみれていて酷くグロテスクな様相をしていた。
青年が再び踏み込んだ。
ケガレモノも受けて立つようにその腕を振り上げた。
お互いが振り下ろした得物がかち合い、有機体同士が打ち合っているとは思えぬ重く鋭い音が響いた。
戟音が途切れぬうちに、青年がケガレモノの懐に潜り、一撃を叩き込んだ。
鈍重なケガレモノに対して、身軽さを駆使しながら一撃、もう一撃、青年はケガレモノに攻撃を加えていく。
辺りがケガレモノの体液に黒く染められて、まるで地獄に迷い込んだかのような有様になっていく。
「ガアアアアアアアアアアアア」
青年の攻勢に負けじと、猛獣のような咆哮を上げながらケガレモノが腕を振るった。
力任せの攻撃が、青年の胸元をかすめた。
「くっ……」
何とか致命傷を避けた青年がいったん距離をとるが、今の一合を皮切りにしたようにケガレモノが攻勢を強めた。
「グアアア、ガアアアア!」
「……っ」
獰猛な連撃に、たまらず青年が体勢を崩し、それを見逃さないケガレモノが刈り取るように青年に腕を振るった。
「……ぐっ!」
青年の苦悶の声と一緒に、何かが少年目掛けて飛んできた。
「……っ!?」
幸いにもそれは少年の脇を通り抜けた。
少年が目をやると――
「……ひっ!」
青年の右腕が地面に突き刺さっていた。
「……!」
少年の身を案じたのだろう、青年が視線を移した。
それは一秒にも満たぬ刹那の時間だった。
しかし、決定的な隙だった。
「グアアア!」
ケガレモノが再び青年に向かって巨大な腕を降りぬいた。
「……っ!」
青年はそれをまともに食らった。
細いわき腹に、ケガレモノの巨大な爪牙が突き刺さり、そのまま突き破った。
「がはあっ!」
肉片と臓物を飛び散らせながら、青年は地面に叩きつけられた。せき込むように鮮血が口から吐き出される。
「ぐ……」
青年が残っている腕で、庇う様にわき腹の傷に当てた。
赤い血に交じって、その傷口に、まるで泥のような黒色の物体が纏わりついているのが見えた。
少年はその物体に覚えがあった。
「穢れ」と呼ばれる、ケガレモノによってもたらされる不治の傷だ。
「はあ……ぐっ……!」
致命傷を受けてもはや息も絶え絶えの青年に向かってケガレモノが近づいていき、無造作に青年を掴み上げた。
「ぐっ……うう……」
そして先ほど少年が目の当たりにしたまるで地獄にでも続いてそうな巨大な口を大きく開き――
「アアアアン、ッグ」
青年の体を、丸呑みにした。
「あ……あ……」
あまりの惨状に、少年は声も発せず身動きも取れなくなっていた。
異形との遭遇。
助太刀してくれた見知らぬ青年。
しかし、彼は死んだ。
目の前で丸呑みにされて。
そして本能的に理解した。
自身にもまた、同じように死が訪れるのだという事も。
「あ……、ああ……」
涙すら出なかった。
絶望する少年に、思い出したかのようにケガレモノが少年に向かってゆっくりと近づいてきていた。彼の目前にまで迫って、まるで勝ち誇るかのように、いやらしく少年の顔を見つめた。
まるで深淵がそこにあるかのような無謀の面を見つめながら、青年は愛犬の姿を走馬灯にみた。
(ごめんな、コロ丸……)
家族に対する懺悔を少年が死の淵に呟いたその時――
「……!」
ケガレモノの顔面に葉脈のようなものが走り、メリメリと嫌な音を立てながら、まるでスイカを思いきり叩いたかのように割れた。
そしてケガレモノの顔面だけでなく全身に縦一文字の傷が広がっていき、ついには二つに分裂した巨大な体躯が、汚泥のような体液をぶちまけながら左右に勢いよく倒れこんだ。
少年は放心状態で、さらに信じられないものを見た。
目の前には、先ほど死んだはずの青年が立っていた。その全身は夥しい黒色に染められていて、まるで悪魔が召喚されたかのような光景だった。
青年は敵が完全に沈黙したことを確認すると、少年の方を振り返り、気遣うように早足に近づいて来た。
少年と目線を合わせるようにしゃがみ、そして右手を差し出してきた。
「……大丈夫か?」
「あ、ああ……あああ」
急展開にもはや、少年の脳はとっくに限界を超えてしまっていた。
そして目の前の青年の言葉に返事をする気力もなく、少年の意識は闇に沈んだ。
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