7 イはイカ型輸送船のイ

「だから、マシン部の出力全体のうち、五パーセントカットするだけでいいんですって!」

「あかん。話にならん。試運転は四日後やで。やっとの思いでここまで漕ぎつけたんや」

「試作機と関係ないリソースなら削れるでしょ!?」

「無理や。一昨日から作業員含め全資源を試作機の調整に回しとる」

「じゃあこのログは何! 今月マシン部に割り振られた電力のうち十七パーセントが登録外機器送りエス・ユー・エル表示になってる! ほらここ! 見て!」

「……知らん」

「ハイ嘘ついた顔!」


 マシン部のだだっ広い空間には、繰り広げられる言葉の応酬が響きわたっている。ふたりの傍には五十メートルプールにもはみ出しそうな大きな白い物体が横たわっていて、そのマットな質感の肌にはところどころ穴があいている。そこから力なく項垂れている夥しい数の白いケーブルの周囲には、青い作業服のウサギたちが甲斐甲斐しく動き回っている。


「これは何ですか?」


 わたしは隣のウサギに訊いた。そのウサギは右目のまわりにだけ紺色の星型模様がある白いウサギで、気づいた時にはそこにいた。ウサギはポシェットからメモ帳とペンを取りだして何か書き記し、わたしに見せた。そこには「イカ型輸送船プロトタイプです。」と綺麗な文字で書かれていた。


 見やると、たしかに白い物体の前部と思われる側には、イカのミミのような小さな翼がくっついている。そこから中部にかけて勢いよく太くなったあと、ゆるやかに裾をとじながら後部はすぱりと途切れている。途切れた部分からは白い脚のようなものが全部で十二本生えていて、それはしなやかに纏まってマシン部の床で眠っている。全体として見れば、まるまると太ったイカ、という印象だった。


 わたしはしゃがんで、


「どうしてイカなんでしょう」


 と訊いた。星ウサギはわたしを見つめて何度かまばたきしたあと、再びメモ帳に何か書いてわたしに見せた。そこには「ミミがあるから。」とあった。


「八時間以内にエネルギーの使用用途をすべて開示して。でないと、所長権限でマシン部の全業務を停止します」

「あほな! ワイら、あんたらの考えた企画カタチにしてやろうゆうて、ひいこら汗水垂らしとんねんで! そんな勝手な話あるかいな!」

「そうね。勝手な話よね。でも私達も、この綺麗な船に宇宙を泳いでほしいと心から思ってる」


 志村さんは虚を突かれたようにぐっと息をのんだ。


「お願い、協力して。最近、外部からのシステムへの干渉が酷いの。今は身内で争ってる場合じゃない」

「仕事サボってんちゃうか、あのチャーシュー娘」

「あの子は誰よりも頑張ってる。二十四時間休みなしに、ハードから火が出るんじゃないかってくらい――生体量子コンピュータは疲れ知らずの機械でもなければ意思のないロボットでもない、志村さんが一番解ってるでしょう」

「知っとる! ワイが創った技術やぞ!」


 志村さんはそう吠えて腕を組み、座り込んだ。気づけば作業中のウサギも手を止めて、皆が固唾をのんで見守っている。


「――ええか。使用用途の開示はできん。たとえマシン部潰す言われても口割らんからな」

「それで?」

「五パーカットの要求は飲む。ただし三日間や。かつ、試運転当日はマシン部のエネルギーリソースでは足らん。べつんとこから貰うで」

「そのあとは?」

「十パーでも二十パーでも好きにせえ!」


 マシン部に歓声がこだました。志村さんは狐崎さんに何度も高い高いされ、「やめろ」「目が回る」「おまえら作業にもどらんかい!」などと言いつづけている。


 すると、わたしの服の裾を星ウサギが引っ張った。星ウサギはわたしにメモ帳をみせた。そこにはこう書かれていた。


「志村さん、四階商店街にあるカラオケ喫茶のママにぞっこんなんです。」


 わたしが星ウサギの顔を見ると、星ウサギはページをめくってわたしにみせた。それはこういう図だった。



 電気→ お金 → ママ



 わたしは少し考えて、見なかったことにしよう、と思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る