4 ワイはラビット

「基本的にな、地球側で造るマシンは使い捨てやねん。たとえばな、輸送船はお月さんで商品積んで帰ってくるのをとおも繰り返したらもう使えへんし、月港施設もな、五〇年ごとにワンフロアずつぶっこ抜いて新しいのと交換しなあかん。なんでかゆうたらな、ほっとくと勝手に素粒子から崩壊しよるねん、あいつら。アホみたいな話やろ」


「——志村さん」


「上は技術の流出を防ぐためや〜とか抜かしとるけどもな、ワイはよう知らん。とにかく、そういう訳の分からん物質を使え、なるべくコスト抑えぇ、かつ性能を維持せぇ、毎日せかせか自転車操業しろぉゆうわけ。いくら月由来のオーバーテクノロジーが多少使えるからゆうて、事業企画部あんたらの要求をなんでも飲めるってわけやないねんで」

「はい」


「志村さん、仕事に戻ってくれ」


 大上さんは既に諦めているかのような声でそう言った。


 数分前、狐崎さんは何か緊急の連絡を受けた様子でマシン部を出ていった。そのとき大上さんは胡座あぐらをかいて、目の前に吊り下がった彼自身と同じくらいの大きさの白い塊に、手のひらサイズの白い直方体を取り付けているところだった。大上さんがふたつの白い物体をくっつけると、その境目は殆ど分からなくなった。

 わたしがその仕事を見ていると、そこへ、この焦げ茶色のウサギ——志村さんが来たのだった。志村さんは今、大上さんの胡座の上、つまり右膝のてっぺんをしっかりと踏みしめ、わたしの鼻先で演説している。


「頼むで新人ちゃん。MSSうちは誠実に仕事してるつもりやけどな、いかんせんハードが良おてもソフトがいかん。ワイな、あんたらんトコのシステム開発してる奴な、ほんまキライやねん。またなんかヘマしたんとちゃう? あのシューマイ娘。狐崎ちゃんもそれで呼ばれたんやろ思うで」


 志村さんは腕を組み、大袈裟な溜息をついた(その吐息はしけった枯れ草みたいな匂いだった)。シューマイ娘が誰のことなのかはわたしには分からなかったが、膝小僧からずり落ちそうになった志村さんが後脚を踏み直す度、背後で大上さんの顔が歪んでいることには気づいていた。


「あいつほんま話し通じひんねん。こないだもな……」

「あー、そういやたまごボーロと和茶、給湯室に残ってたっけなあ」


 大上さんがそう言うと、志村さんは急にきょとんとした表情になって、大上さんの右膝から飛び降りた(そのとき大上さんの身体が揺れた)。そして、ぱたぱたと走り去っていった。


「大丈夫ですか」

「ッ痛……」

「和茶とたまごボーロが好物なんですね」

「ウサギはみんな好きだろ」

「なるほど?」

「あんたもここで働くなら、連中の機嫌ぐらいは取れるようになっといた方がいい……どうせすぐ辞めるんだろうけどさ」


 大上さんは太腿をさすりながらそう言った。


「他の人間の方は辞めてしまったんですか」

「別に。じき分かんだろ」


 大上さんはしばらく口を噤んでしまったが、一度凹んだ鉄板がべこりと元に戻るかのように、再び話しはじめた。


「まあ、ずっと居るのは俺と、親方と、あとは狐崎くらいなもんだ」


 親方が誰かは分からなかった。私がまだ会っていない職員だろうか。


「お二人は」

「質問が多い人だな。今度は何?」

「狐崎さんと大上さんは、なぜここで働いているんですか」

「はあ? ……あんたな、ここで何してんだ。働けよ」

「そのつもりですが」


 大上さんは溜息をつき、「あんたも大概めんどくせえ人だな」そう言って黙ってしまった。わたしは座ったままマシン部を見渡した。青い作業着のウサギたちは、整然とした動きで高い脚立を昇り降りしながら、せっせと真っ白い塊に真っ白い部品を取り付けている。


 大上さんは不意に話しはじめた。


「あいつのことは知らねえけど。俺は、親方が自分の城引き上げて就職するって言うから、ついて来た。そんだけの話だ」


 大上さんは仕事の手を止めずに話した。その横顔が、話したくないことを話している様子ではないように感じて、私は安堵した。


「そうですか」

「ってゆうかさあ、アンタ近いんだよ! もっと離れろ!」

「そうですか」


 わたしは抱えていた膝をほどいて少し離れた。ウサ耳の若手職員は、不機嫌そうな表情のまま、それ以上何も話さなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る