4 ワイはラビット
「基本的にな、地球側で造るマシンは使い捨てやねん。たとえばな、輸送船はお月さんで商品積んで帰ってくるのを
「——志村さん」
「上は技術の流出を防ぐためや〜とか抜かしとるけどもな、ワイはよう知らん。とにかく、そういう訳の分からん物質を使え、なるべくコスト抑えぇ、かつ性能を維持せぇ、毎日せかせか自転車操業しろぉゆうわけ。いくら月由来のオーバーテクノロジーが多少使えるからゆうて、
「はい」
「志村さん、仕事に戻ってくれ」
大上さんは既に諦めているかのような声でそう言った。
数分前、狐崎さんは何か緊急の連絡を受けた様子でマシン部を出ていった。そのとき大上さんは
わたしがその仕事を見ていると、そこへ、この焦げ茶色のウサギ——志村さんが来たのだった。志村さんは今、大上さんの胡座の上、つまり右膝のてっぺんをしっかりと踏みしめ、わたしの鼻先で演説している。
「頼むで新人ちゃん。
志村さんは腕を組み、大袈裟な溜息をついた(その吐息はしけった枯れ草みたいな匂いだった)。シューマイ娘が誰のことなのかはわたしには分からなかったが、膝小僧からずり落ちそうになった志村さんが後脚を踏み直す度、背後で大上さんの顔が歪んでいることには気づいていた。
「あいつほんま話し通じひんねん。こないだもな……」
「あー、そういやたまごボーロと和茶、給湯室に残ってたっけなあ」
大上さんがそう言うと、志村さんは急にきょとんとした表情になって、大上さんの右膝から飛び降りた(そのとき大上さんの身体が揺れた)。そして、ぱたぱたと走り去っていった。
「大丈夫ですか」
「ッ痛……」
「和茶とたまごボーロが好物なんですね」
「ウサギはみんな好きだろ」
「なるほど?」
「あんたもここで働くなら、連中の機嫌ぐらいは取れるようになっといた方がいい……どうせすぐ辞めるんだろうけどさ」
大上さんは太腿をさすりながらそう言った。
「他の人間の方は辞めてしまったんですか」
「別に。じき分かんだろ」
大上さんはしばらく口を噤んでしまったが、一度凹んだ鉄板がべこりと元に戻るかのように、再び話しはじめた。
「まあ、ずっと居るのは俺と、親方と、あとは狐崎くらいなもんだ」
親方が誰かは分からなかった。私がまだ会っていない職員だろうか。
「お二人は」
「質問が多い人だな。今度は何?」
「狐崎さんと大上さんは、なぜここで働いているんですか」
「はあ? ……あんたな、ここで何してんだ。働けよ」
「そのつもりですが」
大上さんは溜息をつき、「あんたも大概めんどくせえ人だな」そう言って黙ってしまった。わたしは座ったままマシン部を見渡した。青い作業着のウサギたちは、整然とした動きで高い脚立を昇り降りしながら、せっせと真っ白い塊に真っ白い部品を取り付けている。
大上さんは不意に話しはじめた。
「あいつのことは知らねえけど。俺は、親方が自分の城引き上げて就職するって言うから、ついて来た。そんだけの話だ」
大上さんは仕事の手を止めずに話した。その横顔が、話したくないことを話している様子ではないように感じて、私は安堵した。
「そうですか」
「ってゆうかさあ、アンタ近いんだよ! もっと離れろ!」
「そうですか」
わたしは抱えていた膝をほどいて少し離れた。ウサ耳の若手職員は、不機嫌そうな表情のまま、それ以上何も話さなかった。
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