第16話 焼酎とサラマ酒

ホツタボまでの道行きは、徒歩で20日ある。そのうち15日ほど歩き進める中で、山を2つほど越え風景が変わった。


これまでは鬱蒼とした森の中を、切り開いたであろう道を進んできた。ところがヒムナキからホツタボの道の左右は、一面の畑に姿を変えていた。


「これは…麦かな?」

「いいえ、旦那様。これは稲ですね」

「稲!?あの、米が取れる稲!?」

「あ、はい。そうですが…」


そういえば、稲には畑で育てることが出来る品種もあったような気がする。陸稲と言ったか。


「この世界では米はどうやって食べるの?」

「こう…水につけて…ふやかしながら、水分が飛び切るまで加熱します」

「そこも、俺の地球と同じか…」


米食は、こっちの世界でも普通に行われているようだ。そうならば、どこかの村なり街なりで、米を買うことも出来るだろう。


「旦那様はお米が好きなんですか?」

「ああ、俺の居た国では、パンよりも、主食として食べられていたからな…そろそろ恋しくなっていたところだよ」

「そうなんですね。こっちでもお米はよく食べられますから、どこかで立ち寄ったときにでも食べましょう」


よくよく考えてみれば、転生してきたその日に最初に飲んだ酒がどぶろく…ロック酒だった。なら、米があって当たり前だよな。


「ロック酒は米を使った酒だよな?」

「その通りです。旦那様よくご存知ですね」

「俺の世界にも似たのがあったからな…」

「…本当に旦那様の世界と、私たちの世界って似ているんですね」


俺も本当にそう思う。しかしね、マリィに話を聞く限り、季節もあるし、太陽らしき恒星も、月らしき衛星もある。


世界が球状という概念もあり、一周は約4万キロメートル、ということまでわかっているらしい。


それって要するにほとんど地球ってことだよね。地球と環境が酷似しているから、植生も似てくるんだろうな。


「ほかにもセイ・ロック酒って言って、透明なロック酒があります」

「セイ・ロック酒…透明…つまり清酒のことか」

「やっぱり、旦那様の世界にもこっちと同じお酒があるんですね」

「ロック酒よりもキレがある、というかスッキリして、喉越しもサラっとしているやつだろ?」

「そうです!それです!」


日本酒があるということは、麹菌や米麹もあるのだろう。米麹があれば、焼酎なんかもありそうだな。


「米を使った蒸留酒ってある?」

「ええと、サラマ酒のことですかね?」

「サラマ酒ってどういうの?」

「ええと、製法はフレイ酒に似ているんですよね。確か、発酵をさせる前に混ぜるものが違う?って聞いたことがあります」

「へー」


実は、麦焼酎とウイスキーは、製法がとても似ている。違うのが『糖化の過程で米麹を使うか、麦芽を使うか』そして『樽で保存するか、瓶で保存するか』の2点だ。


糖化とは、アルコールの元となる糖分を作るための作業だ。一般的には、穀物にあるデンプンを糖分に変換する。その過程で、焼酎は米麹、ウイスキーは麦芽を使うのだ。


もちろん米焼酎も麦焼酎と作り方は同じである。となれば、やはりサラマ酒というのは焼酎である可能性が高い。


「あと、樽に保存したりするのも、フレイ酒と同じ作り方ですね」

「樽?」

「はい。サラマ酒は、フレイ酒と同じ樽で保存するお酒です。だから味もとても似ています」


地球では、焼酎に一定以上の色をつけない決まりがある。樽で保存をしたら当然色は付くし、風味も変わる。もちろん、ウイスキーとの差別化の為の決まりなのだが、こっちにはそういった決まりがないらしい。


「樽での保存がされた焼酎ということか…また飲んでみたい酒が増えたな」

「旦那様、やはり気になりましたか?」

「ああ、地球とは似ているようで、少し作り方が違うみたいだからな」

「そうなんですね…えーと、サラマ酒でしたら、あちこちで飲めると思いますよ。セイ・ロック酒はホツタボまでいかないと、たぶん飲めないでしょうけれども…」


焼酎は度数が高いから暗所なら常温でもいいが、大半の清酒は冷蔵保存が基本だからな。あまり田舎町までは広まらないだろう。


質の高さを求めるならば、焼酎でももっと厳密な保存が必要になるだろうが…。しかし、この世界の文明水準でそれを求めるのは酷だろう。


「なるほどね。ならば次の宿場に行ったら早速、サラマ酒を飲んでみようかな?」

「ぜひ、そうしましょう」


※※※※※※


その日の夕方、越えてきた山が地平線の向こうに沈む頃、街道沿いの宿場町についた。


記憶が正しければ、この先に行くと国境になるはずだ。つまり、ヒムナキ王国側の、最後の宿場町になる。


少し手前の丘から見下ろすと、中心を街道が通り、その周辺に町が広がっている。舗装されていない土むき出しの地面に、木造の平屋が所狭しと建てられていた。


「えーと、確か町の名前はソコウだったけか?」

「そうですね。国境の手前にある…ほらあちらを見てください」


広がる平原の遠く向こう、馬車の列が見えた。馬車の列は、ソコウまで続いているが、明らかに俺たちが歩いている道の先でもない。


「この町からヒムナキ王国のいろいろな方面へ向かうんですよ。だから国境向こうの国…モカオクノ国から輸入品、そして向こうへのヒムナキ王国からの輸出品が街の中に溢れていますよ」

「なるほどね。そうなるよな…モカオクノ国ってどういうところなんだ?」


目的地であるコセネも、途中で立ち寄る予定のホツタボも、モカオクノ国内の都市だ。モカオクノ国は内陸の山国である、という情報しか俺は持っていない。


「モカオクノ国は山国なんですが、歴史がとても深い国です。精霊や、竜に関する伝説も多く残っています」

「精霊や竜なんて実在しているの?」

「はい。実在していますし、珍しくはありますが、出会うことが一生出来ない、というほどではありません。もしかしたら、今回、立ち寄った街で出会えるかもしれませんね」


なんだか、ホエールウォッチングみたいだな。運が良ければ出会えるってか。


「歴史が深い国はありがちですが、自分の国の文化に誇りを持っているので、そういうものに対する侮辱は強く抗議されますので気をつけてください」

「文化か…尊重するにもどんなものか知らないと避けようもない気がするけど…」

「そうですねぇ…例えば…」


夕暮れに背中を押されながら、マリィと、そんな他愛のない話をしながら、ソコウまでその日のうちに歩を進めた。

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