第17話 追加のお仕事

ソコウは、街道沿いに出来た街なだけあり、特に入口の検問も、周囲を覆う柵も見当たらなかった。


「周囲が完全に開けている畑だから、魔物も少ないんでしょうね」

「下手に柵を作ると街の拡張も面倒だしな…それに国境向こうのモカオクノ国と、ヒムナキ王国は、かなり強い友好関係なんだっけか?」


モカオクノ国は、伝統的で、今住む土地を大事にする、言い方を変えれば国内に収まろうとする鎖国的な性格の国だ。ヒムナキ王国も、わざわざ旨みがほとんどない山国を攻める理由もない。


そのため、両国は友好的な関係にある。お互いに攻める利がないというのは、感情に基づく友好よりも遥かに信用できる。


「さて、今日の宿を探そうかな?」

「そうしましょう。あ、でも先に荷馬車組合カーゴギルドですかね」

「そっか。顔は出しておかないとな…」

荷馬車組合カーゴギルドで、またお酒が美味しいところを聞きましょう。いいところが、あるといいですねー」


ま、何もなかったら俺の酒蔵ブルワリーにある事務所オフィスに毛布を敷いて寝るのだけなのだが…。ちなみに野宿せざるを得ないときは、毎回事務所オフィスに寝泊まりはしてる。


「せっかくの旅だからな。宿に泊まらないと面白くない」

事務所オフィスが、かなり快適なので贅沢を言うのもあれなのですが…。確かに、旅の醍醐味となれば、各地の宿に泊まるのがいいですよね」

「万が一にも、お金に余裕がなくなったら、そのときには事務所オフィスに泊まろうぜ?」


現状では、そういう事態には、まずならなそうではある。荷運びと氷売りをしているだけで、生活には全く困らない程度の金は入ってくるのだから。


※※※※※※


荷馬車組合カーゴギルドで恒例の氷売りをした後に、宿を聞こうとしたら、またもや、この支部のお偉いさんらしき人が出てきた。


眼光の鋭い、お婆さ…いや、妙齢の女性だ。出てきた瞬間、受付嬢たちの雰囲気が引き締まったので、よほど強烈な存在なのだろう。


「私が、ここの支部長だ…って、なんだいなんだい。『またかよ』という顔をしているね」

「あーまぁ、そうなりますね」


荷馬車組合カーゴギルドに顔を出すたびに、こんな大袈裟な対応をされていたら、そりゃあそうなる。


「申し訳ないね。優れた天恵持ちはコキ使われるのさ。その分、金は払うんだからさ、構いやしないだろ?」

「あはは…」


そう思おう。実際、支払いはかなり良い。この世界に来て2ヶ月も経たずに、出版社で働いていたときの6、7年分は稼いでしまった。この調子なら5年も働けば、残りの人生、悠々自適な引退生活が送れるだろう。


「実はね、頼みがあってね」

「はぁ…」

「新しい積み荷という訳じゃなくてね…。アンタの前に出発した、ホツタボまでの荷物が未だに向こうに届いていないんだ」


ホツタボはまさに、これから俺らが行こうとしていたところだ。


「本来ならば、昨日には届いているはずなんだけどねぇ、未だに連絡がないんだよ…」

「途中の足取りは、どこまで掴めているんです?」

「ホツタボまでの道行きで言うと、その手前にある宿場村までは来ていたのを確認しているんだ」


まさか荷物を探せと言うのだろうか?盗賊なんかに殺されていたら、流石に手に負えないぞ。


「探せ…とは、言わないんだけどね…ちょうど足取りがなくなったときに雨が降っていてね…馬車が故障なんかしたりしていたら、荷物を回収して届けてほしいんだ」

「それくらいでしたら、できます…逆にそれ以外はできませんよ」

「それで全く構わないさ。盗賊って言うなら、また別の方法が必要だからね。さっさと逃げな」

「そうさせて貰います」


護身のために、盾の使い方だけは、ヒムナキ王国への道行きで、斧戦士のシーマに習った。下手に武器を習っても足手まといにしかならない。何かあったら、マリィが来るまで、持ちこたることに徹しようと考えたのだ。


金はかなりあったので、良い盾、良い防具を揃えている。盾は、表面にスパイクが付いているバックラーで、篭手と一体化している。


俺は戦い慣れていない。そのため、慌てて落とさないため、あるいは取り出すのに手間取らないためにも、こういうのが良いと傭兵たちに勧められた。


もちろんマリィの武器も鉄の棒から、鋼鉄製の槍に変えている。


「何かあっても、旦那様は私が守りますから安心してください!盗賊団くらいでしたら、私のこの槍でブスブスっとやっちゃいますから!」

「頼りにしてるよ。ま、でもマリィの安全が1番だからさ、危なかったら俺の酒蔵ブルワリーに逃げ込めばいいから」

「そういえば、そんな手がありましたね」


会話を聞いていた支部長が、興味深そうに俺のことをジッと見てきた。


「お前の天恵は人が中に入ることが出来るんだね」

「そうですね。中に積み込むときなんかは、人が入れないと、どうにもなりませんしね」


車庫ガレージ倉庫ウェアハウスも人が入ることは出来ない。車庫ガレージは横に馬車を並べて入れられるが、バックでないと入らない。


倉庫ウェアハウスは、手で入れるだけで入口などの概念はない。中に入っているものを思い浮かべると、その付近に手を出すことができる。


「ふぅむ。車庫ガレージ倉庫ウェアハウスと比べても、そのような点は異なるのだのう」

「本当は宿も不要なんですが…旅の醍醐味ということで、宿場町などでは泊まるようにしています。道中は、野営をせずに中で寝泊まりしますが…」

「ということは、人を運ぶことも出来るんだね?」

「可能といえば可能です。しかし私に何らかの不利益…その場で俺が見て『嫌だな』と思う行為をした途端、外に放り出されます。ですから、見知らぬ人を入れるのは、なかなかに難しいでしょうね」


これは、ここまで会ったいろいろな人に協力を得てわかったことだ。酒蔵ブルワリーの中では、俺が絶対のルールらしい。


見知らぬ人を、理由もなく入れるのなんて絶対に嫌だからな。精々が、荷物搬入くらいだろう。


「なるほど。お前と余程の信頼関係がなくては無理ということか。わかった」

「よろしくお願いしますよ…。荷運びと氷の販売だけで充分に稼げているので、これ以上なんてややこしくなるので、望みませんから…」


だから頼むぜ。でも…なんだか、この目の前にいる支部長、ひどく悪い顔しているんだよなぁ。


「ヒッヒッヒ。安心しな…お前みたいな恵まれた天恵を持ってるのに逃げられたら堪らないからね。お前の要望はちゃーんと聞くよ」

「はぁ、なら良いんですけどね…」


やっぱり怪しい…。

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