第13話 シングルモルト
「さて、マリィ、ここからどうする?」
「特に何という予定もありません…が、まずは宿の確保をした方がいいかと思います」
「そうだな。
荷物を受け渡してから、
受付に行くと、先程、事務処理をしてくれた受付嬢が、俺が声をかけるより先に、食い入るように話しかけてきた。
「なんでしょう!お仕事ですか!?ヒーロさんなら、いくらでもご紹介できますよ!」
「あ、いや今日は休みたいので、宿を紹介してもらえますか?」
「わかりました。それでしたら…」
※※※※※※
「一泊金貨1枚の部屋から粒銀貨8枚の宿までいろいろと紹介してもらったな」
「そうですね…私はこの粒銀貨12枚の宿が気になります」
「うん。お酒がたくさん揃ってるって、言ってたところだね?俺も気になってた」
やはり酒だ。酒しかない。
「旦那様は、まだこちらの世界で飲んだことのないお酒が多いと思います。是非、いろいろなお酒を飲んでみてください」
「そうだな。どうやら酒の元になる植物などが俺の居た世界と似ているので、出来てくるお酒も根本的には似てはいる。仕上げ方などが違うので、最終的な味が異なっている。この差は面白いかもな」
この世界の酒を楽しむのはもちろん、俺の天恵である
「旦那様、ここですね」
「みたいだな…悪くなさそうだ」
宿の建物は石造りだ。このあたりは石がよく取れるのか石造りの家が多い。目の前の宿は、外見から見るに、2階建てで、敷地面積はせいぜい15メートル平米と言ったところだろう。
見るからに建物の作りは古いが、清掃などが行き届いており、清潔感はある。
「ですね。部屋を確保したら、お酒が豊富っていう、宿付きの酒場で飲みましょう!」
「そうだな。そうしょう」
厚めの、木造の扉を開けて中を見ると、こじんまりとした食堂のような場所だった。
4人がけのテーブルが10ほどあり、奥にはカウンターが見えた。席についている客が2組ほどいた。
「いらっしゃい。食事かい?泊まりかい?」
カウンターの向こうから、恰幅のいい中年の女性が声をかけてきた。恐らくここの女将だろう。
「ああ、両方で」
「あいよ。じゃあまずは部屋からかね?こっちきて手続きを頼むよ」
「わかった」
カウンターに行くと、1枚の紙を渡された。この世界、紙に関しては現代の地球くらい…とまでは言わないが、かなり普及をしている。和紙にそっくりな紙に、筆で書くのが一般的な筆記用具だ。
庶民も、普通に紙を使っているところを見かけたので、少なくとも日本の江戸時代程度には普及しているのかもしれない。
「そこに、名前を記入しておいてくれるかい?一緒にいるのは、奥さん?なら、奥さんの名前も書いておいてくれ」
「あーはい…これでいい?」
とは言え、紙は庶民も使うが無駄遣いするものでもない。紙に書かれた細かい枠に俺とマリィの名前を記入して、渡す。書いた枠の上にも名前があったので、別に1枚一組という訳でもないようだ。
「はいはい。ヒーロにマリィね。何か身分証明するものあるかい?」
「あ、これで」
俺とマリィは、それぞれ自分で持っている
「あら、
「あはは。私は違う特殊なやつなんですけどね」
濁してはみたものの、女将さんが追求してくると、ザッと天恵を説明せざるを得ない。すると、やはり氷を売ってくれと、言われてしまった。
地下の小さな…地球の冷蔵庫程度の…氷室いっぱいで、金貨5枚になった。うーん。これはまた儲かった。
その後は2階にある部屋に案内してもらい、旅装から楽な部屋着に着替える。そして、また1階の酒場に戻り、少し早めの晩ごはんを食べることにした。
マリィと向かい合ってテーブルについたら、女将さんが注文を取りに来た。早速オススメの酒を聞いてみる。
「ここのオススメのお酒は何?」
「ここのオススメはここらへんに生えている少し変わった木の樽で寝かしたフレイ酒だね」
「へー。フレイ酒か…それ2つ、頂戴」
まもなく、グラスに入ったフレイ酒がテーブルに運ばれてきた。
厳密には、先に氷を入れるのがオンザロックだが、まぁ、そのあたりは気にしないでくれ。
「マリィも氷いる?」
「はい。私も…ええと、ロックが良いです。」
マリィのコップにも氷を入れてから、早速、一口目を口に含む。強いアルコールを感じるが、それを包む不思議なまろやかな口当たりとともに、鼻腔に香りが広がる。
「これは…ウッディ系フレーバーのウイスキーだな。この前のものよりも地球のウイスキーにすごく近しい味だな…ヒノキ系かな?」
「うわー。フルールの樽に寝かせたフレイ酒と全然違いますね。でもこれも美味しいです」
どうやらマリィも初めて飲んだ味らしい。驚いたように二口目、三口目、と飲んでいく。ふと、女将さんが立ち止まって、俺たちを振り返った。
「これはね、ノールキーという樹木で作った樽の中にさらに、ノールキーの木片を入れておくんだ。樹液が染み出してきて、酒がまろやかになるんだ」
女将さんは、そんな薀蓄を垂れて、またカウンターに戻っていった。なるほど。さっきの口当たりは樹液だったのね。
「これも…たぶんモルトだよな…」
「モルト?旦那様、モルトってなんですか?」
「フレイ酒の材料って何を使ってる?」
「大麦ですね。草の先にちっちゃな実がたくさん付く植物です」
「それは、多分、地球と同じ大麦だな」
やはり穀物も、地球と同じようだ。ほかの作物とかも同じだと話が早くて良いなぁ。
「地球では、大麦で作ったウイスキーをモルトウイスキーと言って、ほかには、とうもろこしやライ麦など複数の材料で作るグレーンウイスキー、とうもろこしだけで作るコーンウイスキー、ライ麦だけで作るライウイスキーもある」
「えー!?とうもろこしって黄色いつぶつぶがいっぱい成るやつですよね?あれって、ウイスキーになるんですか??」
「うん。んで、フレイ酒って…そうか、その反応だとモルトウイスキーしかないんだな」
「そうですね。大麦で作ります。とうもろこしのお酒なんてあったかなぁ?」
まぁ、コーンウイスキーやライウイスキーはあまり出回っていない。日本で見る9割がモルトかグレーンかブレンデットだろう。
「でさ、お酒作る人に、ブレンダーっている?」
「ブレンダー?ブレンダーって何ですか?」
「ええと、樽から出した酒には個性があるので、お酒を作る醸造所ごとに、複数の樽から酒をブレンドしたり、あるいは加水して、商品として出すのにちょうどいいバランスにするんだ。それをする人をブレンダーっていうんだけど…」
「そんなことはしませんね。大抵のお酒は、買う人の目の前の樽から直接、瓶に詰めます。お酒を誤魔化したりしないためですね。最初から瓶に詰まってるのはシュワシュワするお酒だけですね」
なるほどね。それも一利ある。醸造家への信頼などが形成されて居なかったり、地球のような流通でないと、品質は客一人一人が自身で確かめることもあるだろう。
「どうしても、樽の個性がウイスキーの味になるからね…毎回、決まった品質で出すために地球ではやっていたけど…要するに、この世界のフレイ酒はみんなカスクストレングスって訳か」
「カスクストレングスですか?言葉の意味はわかりませんが、お酒を表現する言葉がそんなにもたくさんあるなんて、旦那様のいた地球ってお酒へのこだわりというか、凄かったんですね…」
「まぁね…世界に何十億って人がいて、いい大人がこぞって開発してだからね…」
カスクストレングスは、樽出しをまんま詰めたウイスキーだ。その最大の特長は、なんといっても高い度数だ。通常のウイスキーは加水して40〜45度程度にしているが、カスクストレングスは50〜60度近いのまである。
その分、個性も強く、単体で商品として出せるまで育った樽からした出荷されないため、数も出ていない。
「ふぅむ。モルトウイスキーのカスクストレングスしか存在しないのか…何とも…勿体ない」
ポテンシャルは高いが、やはりモルトウイスキーだからか、フレイ酒はウイスキーと比べると癖が強めだ。グレーンウイスキーを使って、うまくブレンデットすれば、より飲みやすくなるだろう。
「俺が、自分で飲むとすると…別に商売するわけじゃないから、品質の一定化は要らないけど、グレーンウイスキーとのブレンドで飲みやすくするのは、面白そうだな」
うーん。
「やっぱり自分で作ってみるのが1番いいな」
「作るんですか?楽しそうですね!」
「うん。地球の酒とこちらの酒、飲み比べて見たくない?」
「みたいです!ぜひ!」
こっちの酒を楽しむのともう1つやりたいことができたな。地球の酒を再現する。俺の天恵があれば、無謀な話でもあるまい。やってみようかな。
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