第12話 ヒムナキ王国

「だ…旦那様…これ…」


恐る恐るといった感じで、マリィが商会長から渡された瓶を見せてきた。マリィの様子からも高価な酒なのは間違いないだろう。


「ブランド物のスパークリングワインか…こっちではシ・パフ酒だっけ?の、25年ものか…もしかして金貨5〜10枚くらいする?」

「はい…あ、やっぱり旦那様の世界にも同じようなものがあるんですね」


しかし、瓶を見るに若干色が薄いが、赤ワインに見える。赤ワインはタンニンの作用により、苦味、渋み、重み、後味のある、いわゆるボディ感のある仕上がりになる。


ボディ感は、スパークリングの爽快な軽さと合わない。そのため、スパークリングワインと言えば、当然、白ワインベースになるのだが…。


「シ・パフ酒は、ブドウでも渋味成分が少ないものを選んで作られます。その種類のブドウが大量生産できないため、シ・パフ酒は全体的に高めです」


なるほど。異世界ならではの品種ということか。あるいは、地球のライトボディのワインを作る品種と近いのかもな。


「その中でもこれは、渋みや重さが全くない、ピンクと赤のあいだくらいの色をしたパフ酒ができる希少なブドウ『ダン・ポラン』で作るため値段が張ります」


つまり、赤ワインの色の主成分であるアントシアニンがあり、一方で苦味のタンニンがない、ということだろうか?


それとも、地球にはない、赤くなる物質で出来ているのだろうか?となれば、こっちの世界ならではということか。


冷凍室アイスメーカーで10分ほど冷やしてから、パフ酒とは異なる、キノコ型のコルクをポンと小気味よく開けて、マリィのコップに注ぐ。


次に自分のコップに注いでから、マリィと乾杯をしてコップを合わせる。


「さて、金貨10枚の味を頂こうかな?」


一口。爽やかな味わいが口を、喉を、通り抜けていく。そして、鼻腔に残る丸くなったブドウの香り。


「これは…ブドウのビール…?」


スパークリングワインにありがちな甘さは一切なかった。そして、僅かに残っていた苦味に反して、渋みは全くない。それが炭酸の爽快感と合わさって、キンキンのラガービールにも似た、キレを醸し出している。


それでいて、深みのあるブドウの香りは、しっかりと残っていた。もちろんアルコールは明らかにラガービールよりも強く、そこにしっかりとした飲みごたえ・重さを感じる。


製法はほとんど同じだろうに、地球のスパークリングワインとは、似ても似つかない、仕上がりになっていた。


「ダン・ポランのサードピークなんて初めてです!嗚呼…なんて深い味わい…」

「うううむ。何という、面白い味だ…似ているようで全く飲んだことがないぞ、これ」


グビグビと一杯目を飲み干したマリィが、手酌で自らのコップに二杯目を注いでいた。俺まだ2口目だというのに…飲むの早すぎないか…。


「旦那様の知っているシ・パフ酒とは、味が違うんですね?」

「ああ、俺の世界では薄ーく黄色がかったほぼ透明なパフ酒を使うんだ」

「と、透明ですか?作るときにブドウの色が着くから…透明なパフ酒って難しくないですか?」

「赤くない品種のブドウを使い、皮ごと発酵させたりしないんだ…そうやって作ると皮の色味や、苦味、渋みの元が混ざらず、少し甘みのあるパフ酒が出来上がる」

「赤くないブドウですか…聞かないですね」


ふむ。となると、ラガービール以外にも、ワンチャン、地球のスパークリングワイン再現もありだな。ラガービールと異なり、美味しいスパークリングワインを作るには年数もかかるからな…じっくりと腰を据える必要があるけど。


最悪、白ブドウでなくとも、早めに皮を取り除く工程を入れれば、ロゼワインには近い味わいと色味が出せるだろう。


頭の中で、そんな未来の醸造計画を立てていたら、マリィがガバと、正面から抱きついてきた。そし手俺の胸元に頬を寄せて、身体をぴったりとくっつけてきた。


「マリィ…」


俺が声を掛けると、マリィは、姿勢をほとんど変えず、抱きつきたまま、上目遣いで見てきた。


「旦那様〜。考えごとは一旦、辞めて〜私と仲良くいちゃいちゃと、お話をしましょう?」

「そんなことしなくても、俺はマリィといつでも仲良いつもりなんだけどなぁ」


敢えてすっとぼけたら、マリィが俺の首の後ろに手を回して、そのまま問答無用で口を塞いできた。アルコールの匂いとブドウの匂いに混じって、可憐な花のような香りがしてきた。


俺の口の中を舌でまさぐり、そして絡め取るよう舌を絡めてくる。こんな情熱的にキスをされたら、俺だって男なんだから当然のように、ムラムラしてきてしまう。


「ぷは……もう、旦那様。女の側からいろいろと言わせるのは卑怯ですよ」

「わかった…わかったから…」


その日の夜も、高い酒に酔って、気持ちがフワフワした中、これまでの夜のように過ごした。


※※※※※


その後も、俺とマリィは、昼は馬車に乗り、夜は飲んだくれては、寝所を共にする。そんな、どうしようもない爛れた生活を送った。


5日目になって馬車は、ようやくヒムナキ王国の国境の街であるタヌタナに辿り着いた。目的地はここのようだ。


そのまま馬車は荷馬車組合カーゴギルドの前に停まった。急ぎということもあるだろう、商会長だけ先に仕事完了と荷物受け渡しのサインを貰う。俺は、氷をいくらかサービスして、保管していたものを商会長に渡した。


「重ね重ね、世話になった。出会いは申し訳なかったが、ヒーロさん、貴方と知己を得てよかった。マリィさんも、失礼なことを言って申し訳なかった」


商会長は、頭を下げつつそう言って霊薬を入れた箱を受け取った。出会いは悪かったが、高い酒も貰い、5日間何度か話す機会もあり、完全に打ち解けはした。


「誤解や、すれ違いはままあります。また機会がありましたら、どうぞご依頼ください」

「はい、よろしくお願いします」


商会長は、俺とマリィに対してもう一度頭を下げてから、再び馬車に乗り込み、去っていった。


「さて、ほかの荷物も荷馬車組合カーゴギルドに引き渡しておくか」


特別な依頼でない限り、仕事は荷馬車組合カーゴギルドで荷物を受け取り、指定された街の荷馬車組合カーゴギルドまで運ぶ。


荷主は荷馬車組合カーゴギルドまで荷物を取りに来る。別料金を払えば、荷馬車組合カーゴギルドからさらに指定の場所まで輸送をするが、それなりに値が張る。


「引き渡しは早くしちゃいましょう…スピードは評価にもつながりますし…それと、ついでにここでも氷を売ってしまいませんか?」

「そうだな…自分が使うちょっとした分だけ残してあとは売るか」


ここで氷を売るにしても、さて天恵の説明からだよな…と思っていたのだが…。荷馬車組合カーゴギルドの受付に引き渡しのため、組合員証を見せた途端、目の色を変えて「氷を売ってくれ」と頼まれた。


「なんで、そのことを?」

荷馬車組合カーゴギルドは魔術ネットワークという仕組みで組合員の情報を共有しています…ヒーロさんのように珍しい天恵を持つ方に適切な仕事をお願いするためですね」


魔術ネットワークねぇ。要するに、魔法で作られたインターネットみたいな仕組みがあるのだろう。


「わかりました。いずれにしても氷は売るつもりで来たのでお売りしますよ…それより先に荷物の引き渡しいいですか?」

「あっ、失礼しました」


今回の報酬と氷の販売で合わせて金貨100枚になった。途中、酒を買って散財したものの、スマホやタブレットを売ったお金と合わせれば、金貨150枚以上の手持ちのお金が出来た。


地球のお金にして1500万円ほどだ。一生困らない金…には程遠いが、一息つける程度のまとまった金なのは確かだ。


「これなら、しばらくは働かなくても良さそうだな…それどころか、適当に氷。売っていれば、貯金すら出来そうだよな」

「私…不要になっちゃいます…」

「いやいやいや…居なくならないで欲しいんだけど…護衛としても助かるし…何よりマリィには…ずっと側にいてほしいし…」


と言いながら思ったが、こりゃ、ほとんどプロポーズだな。いや、すでに夫婦ということになってるから順番は逆か?ま、いいや。俺の言葉に、マリィは何だかすこく喜んでいるみたいだし。

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