第11話 天恵

「同じような景色が続くなぁ」


馬車旅の3日目の休憩中。俺は、思わずそうボヤいた。正直、昼間は馬車の中で座っている以外にやることもない。ないのだが、俺は商会長が雇った隊商の連中や、護衛の傭兵などを相手にちょろちょろとした商売をしている。


「おう。兄ちゃん、今日も氷水を売ってくれ」

「ほいほい。銅貨20枚ねー」


そう、商売とは、氷の販売だ。隊商は様々なメンバーで構成されていて、それなりに人数もいる。


まずは、この馬車の持ち主と御者などだ。彼らは俺と同じ荷馬車組合カーゴギルドのギルド員である。


次に、商会長とその部下。


最後にモンスターの脅威から守る傭兵たち。彼らは彼らで傭兵組合マーセナリーギルドから派遣されている長旅には必須の戦力だ。


傭兵組合マーセナリーギルド荷馬車組合カーゴギルドは、かなり密接な関係にある。荷馬車組合カーゴギルド組合員が仕事をするとき、モンスターや野盗からの護衛として、傭兵組合マーセナリーギルドに傭兵の派遣を頼むのはよくある話だからだ。


ということで、馬車4台には、商会長とその部下たち10人。護衛の傭兵マーセナリーが10人。馬車の持ち主である隊商のメンバーが8人、そして俺とマリィの合計30人の大所帯での旅をしている訳だ。


30人もいれば、小遣い稼ぎには丁度いい。夜は夜で、宿場で酒飲み相手に氷を売れば、一晩で長銀貨2枚〜金貨1枚くらいは稼げるのだ。どこの酒場も、酒を冷やすことができると売り上げがグッと増えるので大歓迎してくれる。


ふと、傭兵に氷水を手渡しながら横を見ると…。マリィと女性の傭兵が、木製の武器も持って模擬戦をやっていた。


マリィはクォータースタッフ、相手の女性は木製の片手斧に中型盾を持っている。ふにふにであちこち柔らかいマリィとは対極的に、傭兵の女性は立派な筋肉を全身に纏っていた。


「せやっ!」

「くっ!」


マリィの踏み込みと同時の鋭い振り下ろしを、筋肉傭兵が盾で受け止める。しかし、盾で受け止めたはずの筋肉傭兵の方が、却って押し込まれてしまっていた。


苦し紛れに筋肉傭兵が振った斧は、マリィがクォータースタッフの、盾に突きつけていない反対側であっさり撃ち落とす。その隙を逃す訳もなく、斧を失った右手側から、マリィがクォータースタッフで突きで喉を狙い……寸止めをした。


「ま、参った…」


筋肉傭兵の女性が降参の意を示すと、マリィは杖を下ろす。ふう、軽く息を吐いたマリィが、ふと、こちらの視線に気づき、手を振ってきた。


「旦那様〜勝ちました〜」

「おー。すごいね。いや、マリィは本当に強いんだなぁ」


傭兵マーセナリーは、極めて合理主義かつ実力主義だそうだ。そのため、戦いに向いた天恵を持っていれば性別などは関係なく仕事をするらしい。実際、今回の付き添いの傭兵も、3人は女性だ。


「マリィちゃん、つよーい!」

「まさかシーマでも歯が立たないなんてなぁ」


横で見ていた2人の女傭兵が声を上げた。シーマとは、もちろん今マリィと対峙していた筋肉斧傭兵のことである。


こうして、休みの合間を縫って、傭兵たちと、マリィは手合わせをしている。ちなみに、いま声を上げた2人は格闘士グラップラー兵士ソルジャーの天恵持ちだ。


ちなみに、マリィと戦っていた筋肉傭兵ことシーマは斧戦士アクスファイター。3つとも、戦闘向けの中では、比較的、ありふれた天恵ではある。


ただ聞くところによると、与えられる天恵の9割は市民シビリアン村民ビレッジャーというものだそうだ。その違いは生活の指向が、都会向きか、田舎向きか、くらいしかの差という実に地味なものである。


残り1割の内、ほとんどの天恵は農民ファーマー漁師フィッシャーマン酪農家デリーファーマー狩人ハンター木工師クラフトマン鍛治師ブラックスミス、など1次、2次産業向けのものだ。


一般的には農民ファーマー鍛治師ブラックスミスなど、職業適性がある天恵は当たりらしい。該当職につけば、まず成功が保証されているからだ。 


ま、社会の仕組みから人口比で導けば、戦闘に向いた天恵など1%もいれば充分だろうし、実際にその程度の割合らしい。


「かー竜騎士ドラグーンなんて、私も傭兵を15年やってて、初めて会ったけどよぉ、やっぱり戦闘系でも超レアなだけあって強いなぁ」

「ふふ。ありがとうございますシーマさん」


シーマは、マリィの言葉を受け、悔しそうに腕を組んだ。


「シーマ、天恵を言い訳にしちゃだめだよー」

「そうだよ。うちらのリーダーなんか天恵が漁師フィッシャーマンなのに、あんなに強いんだもん」


いま傭兵たちが話したように、天恵が全てな訳ではない。天恵とは違った道を選び、そして大成することもある。


「うぐ。リーダーは別だよ」


傭兵たちが話しているリーダーとは、10人ほどいる傭兵たちのリーダー格のこと。確かに彼は、とんでもないガタイの持ち主だった。この世界ではかなり背の高い俺と同じくらいの背丈に、載せられるだけ筋肉が載っている。


バカみたいにデカい三叉槍トライデントを振るうと、モンスターが面白いように駆逐されるのを何度も見た。


「私も、それなりに戦場で慣らしてきたはずだが、やっぱりに負けるなんて、悔しいぜ」

「…細腕なんて初めて言われました…」

「私たちは強いことが何より大事だからな。馬鹿な男たちが求める女像なんて、とっくに捨ててる。この筋肉に覆われた太い腕はむしろ誇りなのさ」

「うーん。旦那様を守るため、もっと鍛えた方がいいのかもしれません」


全身柔らかくて抱き心地が最高なマリィが、筋肉ムキムキになると、個人的にはちょっと悲しい。出来れば、鍛錬はほどほどにしてほしいものだ。


「マリィ、お前の旦那は見る目があるんだな。強い女であるお前を心底大事にしているのが、見ててわかる」

「エヘヘへ。旦那様は最高の旦那様です~」

「お前も天恵はあるんだろうが、自身も強いな。体躯が恵まれているし、柔軟性も、バランスも、センスもいい。昔戦った槍聖ランスマスターより強えよ」


確かにマリィは背も高い。パッと見に、170程度あり、この世界の女性では相当なものだ。背丈だけなら、シーマよりもある。男性でも7、8割は彼女より背が低いのだ。


「天恵も恵まれているし、つくづくあの王国はお前の旦那を手放すとは見る目がなかったな」

「お陰で、私は旦那様に巡り会えたので感謝してるくらいです」


シーマがそんなマリィを見て、ニヤリと笑みを浮かべた。


「ま、仲良いのは良いことだが、毎晩、あんなを聞かされる身としては、あれだけは勘弁願いたいんだがなぁ」

「ふえっ!?」

「こっちは男日照りだって言うのによぉ…随分と女傭兵が全員困っちまってさぁ」


マリィは確かに夜、あーだこーだ説明する。自分の状態を説明しながら、それによって自ら興奮していくタイプだ。


「なんだったら、そのイケてる旦那を一晩貸してくれないか?3人でお相手するぜ?」


ニヤリと肉食獣の笑みを浮かべるシーマ。3人とも引き締まっててスタイルはかなり良いし、顔立ちも悪くない。誘われて、嫌な感じはしないが、さすがにそれはダメだ。


俺には、ハーレムなんぞを作る素質も、器用さもない。1人の女性を大事にするほうが、性に合っている。


「魅力的な提案ではあるけどね、俺は奥さんを大事にしたいからね。遠慮させてもらうよ」

「ダッハッハッ!だとさ、マリィ、愛されてるな」


シーマが豪快に笑う。


「まぁ、いいや。ヒーロ、私にも氷水をくれよ」

「あ、私もー」

「私にもください」


女傭兵3人組が口を揃えて氷水を要求してきた。俺は、手提げからコップと水、冷凍室から氷を取り出して入れてから3人に渡す。


「プハーッ!こりゃあたまんねぇな…氷が残ってるうちに水を汲んで飲みまくるぞー」


氷はどうやっても保存ができない消耗品なので、とにかく売れる。精々がこうやって水を注ぎ足すくらいだ。


氷水で普段から飲み慣れていると、何かに付けて氷が欲しくなる。そもそも俺の売ってる氷は破格のため、俺から離れたら……大変だろうなぁ。


※※※※※※


その日の夜、宿の部屋でマリィと2人、いちゃつきながら酒を飲んでいたら、扉がノックされた。


「商会長?」

「夜分にすまないな」


扉を開けると立っていたのは商会長だった。お供も付けないで1人でいる。


「中に…」

「いや、このままでいい…これを渡すだけだからな…」


そう言って、一本の瓶を差し出してきた。


「これは?」

「マリィ殿へのお詫びの品だ。酒に目がないと聞いてな…」

「確かに、マリィは酒好きではありますが…」

「昼間の模擬戦を見てな…シーマはかなり優秀な傭兵だ。仕事の依頼が、引っ切り無しに来る程度にはな…そのシーマに勝っちまうとは…」


すると、様子を見ていたマリィが近づいてきて、商会長と向き合った。


「もう、お詫びはしてもらいましたから…」

「そうではあるのだが…これは…その勝手ではあるが、出来れば今後は友好的にしてもらえないかという…気持ちもある」


最初、マイナスだったのものが、謝罪により今はプラスマイナスゼロだ。それを商会長は、プラスにしたいということのようだ。


「旦那様…私…どうすれば…?」


困り顔のマリィが、俺に助けを求めるように見てきた。これはマリィの気持ちの問題だから、俺が決めるわけにもいかないよなぁ。


「俺はどっちでもいいよ?マリィが好きにすればいい。その決定に俺は従うからさ」

「わかりました」


マリィは商会長の前に出ると、少し躊躇ってから、瓶を受け取った。


「友好の証として、受け取らせて貰いますね」

「ありがとう。これで過去の発言を水に流してくれとは言わない…これから本当に友好的な関係なれるように努力させてもらうよ」

「わかりました…ちなみにこのお酒は?」

「ああ。この酒はパフ酒の一種でな、シ・パフ酒というものだ」

「シ・パフ酒って確か、シュワシュワするパフ酒ですよね」


要するにスパークリングワインか。スパークリングワインの製法は簡単だ。醗酵しきる前に瓶に詰めれば、自然と発生する炭酸ガスで勝手にスパークリングワインになる。


ワイン自体、皮についている酵母で発酵ができるため、潰して皮ごと放置するだけで、比較的容易に作ることができる。スパークリングワインでもそれは同じだ。それだけに、ワインは、原材料の良し悪しが、味へダイレクトに響くとも言える。


「シ・パフ酒の中でも特によいブドウを使っているダン・ポランというブランドでな、それを25年熟成させたサードピークという1番いいやつだ」

「ダン・ポランのサードピーク!?」


なるほど。地球でも、歌舞伎町の景気の良い接待系酒屋で掛け声とともに、グラスタワーによく注がれるヤツである。ああいうところだと、1本で100万以上はするという、庶民には想像を超えた代物だ。


しかし、ちゃんとブランド化しているとは、そういうところも地球と同じだよなぁ。


「そんな高いものいいんですか?」

「ああ、友好の証だからね」

「わかりました…ありがたく頂きますね」


マリィが瓶を受け取ったのを確認すると『では』と言って商会長は去っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る