第10話 フレイ酒とハイボール

「旦那様は、えっち過ぎですよ」


翌朝、いつものようにベッドの中で目覚めた俺にマリィは、開口一番そう言った。


「そ、そうだった?」

「あんなところに、あんな風に挟んだり、こんなところに含むようなことをしたり…まさか、あそこにまでびっくりするようなことをして…私…恥ずかしくって…でも美味しいお酒のためには…」

「ええ?何か俺、お酒と引き換えに、とんでもない要求をしたみたいになってるけど…。そっか…さすがに挟むのは…やりすぎたか」

「いやっ!その旦那様が望むのでしたら…できる限り身体を使って、ご奉仕、頑張ります…お酒もほしいし…」


マリィのその健気な発言に、俺は再度ムラムラとして来てしまった。が、流石に朝で、出発の時間が差し迫っていることもあり、自重した。


「さて、えっちな旦那様、私にムラムラとしていないで、出かける準備をしましょう」

「なんで、バレたの」

「え?それは…だって…その…」


マリィの視線がすっ…と下がっていくのを感じた。その視線の意味を悟った俺は慌てながら、マリィに背中を向けるようにして立上がった。


「あああああ!俺が悪かった。俺がえっちでした。すみませんでしたっ!」


※※※※※※


着替えを済ませ、マリィと2人、昨日と同じ馬車、同じ席に座った。その日も特に大きなトラブルもなく、2つ目の宿場町についた。


そして、俺はというと、宿で晩ごはんを食べていたあと部屋で1人のんびりとしていた。何故か、マリィは用事があるとかで、晩ごはんを食べたあと、どこかに出かけていた。


「マリィ、一体、何の用事なんだろう?」


ノーテヨド王国を出てからこっち、マリィはいつもベッタリだった。むしろ片時も離れない、というレベルで、トイレ以外は、いつも側にいた。


それが今日になって、急に、別行動を取った。


1週間ベッタリだったのだからだろう、俺は、隣にマリィがいないことに、妙なもの寂しさを感じた。


と、そのとき、ガチャリ、と部屋の扉を開けてマリィが戻ってきた。俺は思わず、時分の頬が緩むのを感じた。


「旦那様、今、戻りました!」

「お帰り。どこに行ってたの?」

「あれれれれ?旦那様、そんな嬉しそうな顔して…もしかして、私が居なくて寂しかったですか?」


嬉しそうな顔をしていることに気がついたマリィがそう言った。女性はそういうことに、すぐ気がつく。だから、そこで男性が誤魔化そうとしても何も得ることがない、ということくらい俺も経験則でわかっている。


「うん。ここのところ、ずっと側にいてくれたマリィがいなかったから寂しかったなぁ…マリィが戻ってきてくれて、嬉しいよ」


だから、素直にそう言った方がたいてい傷が浅くなる。認めてしまっているから、向こうも突っ込めなくなる。


案の定、その話題を出したマリィだが、俺の堂々とした言に顔を赤くして、戸惑っている。


「そ、そうなんですね」

「うん。そうそう。あ、その手に持ってるビンがマリィが側にいなくて、俺に寂しい思いをさせた用事なの?」

「す、すみません、旦那様。もう言いませんから、勘弁してください」


マリィが煙を吹かんばかりに耳まで赤くしながら、ギブアップを告げてきた。


「わかったよ。で、改めて、その手に持ってるビンはなんなの?」

「えーと、これは以前にお話しましたフレイ酒ですね…5年熟成したものなので、1番スタンダードなやつです」

「へー。じゃあ、早速、飲んでみようか?」

「はい。ぜひ、旦那様に味わって欲しかったので」


俺が手提げハンドバッグから、コップを2つと、コルク抜きを取り出す。マリィの持ってきたフレイ酒は、コルクで蓋がされていた。


コルク抜きで蓋を開けて、まずは自分のコップにフレイ酒を注ぐ。


「俺は、まず加水も、氷もなしの、ストレートで飲んでみるよ…マリィはどうする?」

「ストレートは何度か飲んだことがあります。私は昨日、旦那様に教えて頂いた、トワイスアップという方法で飲んでみますね」


マリィのコップにフレイ酒を注ぐ。そして、手提げハンドバッグに保存していたペットボトルから、マリィのコップに酒と同量の井戸水を入れた。このあたりで汲んだありふれた水だ。


「旦那様、それさっきこの街の井戸で汲んだお水ですよね?」

「ああ」

「わざわざその水にする意味はあるんですか?」

「水には、軟水と硬水っていうのがあって…まぁそのフレイ酒は硬水で作られてるみたいだから、入れる水も同じ硬水にした方がいいってこと」


そういう話で言うと、昨日、ハイボールにしたスコッチは軟水で出来ているので、割るための水としては適していなかった、とも言える。


むしろ、前に飲んでいたバーボンは硬水で作られていることが多いので、水質だけの話で言えば、そちらの方が適していた。


「じゃあ、乾杯」

「カンパーイ♪」


この世界にも乾杯やら、頂きます、の習慣はある。挨拶はおはようございます、こんにちは、こんばんは、だ。俺としては、ありとあらゆるところで日本語が使われていることにホッとしている。


「さて、早速、フレイ酒を頂こうかな?」


口に含む前から、花の香りがフワッとフレイ酒から漂ってきた。花と一言で説明しても、これは明らかに薔薇科の香りだ。


確かに薔薇科の植物などは、樹木化した枝に花を咲かせることもある。さすがに幹そのものには咲かないが、近い種類なのかもしれない。


口に含むと、僅かばかりの土っぽさと、先程よりもさらに強い薔薇、そして甘い蜜。口当たりはアルコールの刺激が強い割に、香りは甘ったるい。


「これは…美味しい…いや、クセになる」


同じ甘い香りと言っても、地球のメープルを使ったウイスキーとはまったく異なる方向の味だ。これはもはや『飲める香水』。まるで、艶っぽい美女を想起させるような一杯だ。フレイ酒は、この甘ったるい香りの割にアルコール度数が高く、50度を超えている。


「これトワイスアップ、向いてないかも」

「…はい。香りが強すぎて驚きました」


アルコールの刺激と合わせることで、あの甘ったるい香りとのバランスがよくなる。トワイスアップにすると、アルコールの刺激が弱まり、その分、香りが主張しすぎる。


「なるほどねぇ…この世界での使い勝手を考えてなのか、ストレートで美味しくなるように出来てるんだなぁ」


さらに年数が経って、角が取れたら、どんな味になるのか楽しみだ。


「これは、ハイボールにしても美味しいと思うよ」

「ああ、昨日のシュワシュワを入れるやつですね」


度数が下がり、薄まることで香りも控えめになり、さらには炭酸の爽やかさと合わさることで、あの強い香りがかなりいいバランスになるのではないか。


「旦那様!私もハイボールをください!!」

「わかってるわかってる」


マリィは、昨日飲んだハイボールの味が忘れられないらしい。俺は、ペットボトルに汲んでいた炭酸水を入れ、貯蔵庫から出した氷を入れると、マドラーで混ぜ、マリィに渡した。


「う!これは…すごく、美味しいです旦那様!ストレートで飲むより、ハイボールにするのが、合っている気がします」

「だねぇ。ハイボールにすることで、香りの塩梅がすごくよくなる。飲みやすさも上がり、甘ったるさが炭酸の爽快感とバランスよく成り立ってるね」


二口ほど飲むと、深刻な顔をしたマリィが空のコップを見せてきた。


「旦那様!大変です!もう…コップが乾いて、中が蒸発してしまいました!」

「いや、それ…マリィが飲み干したんじゃ…」

「でも、今日は空気が乾いていているから…」

「絶対にちがうよっ!」

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