第3話 城の外に放り出された

「ここが、城下町ですねー♪これからどうしますか?」

「んー。あー全くプランがない。とりあえず5日以内に国を出ろってさ」


朝、俺は、マリィとともに兵士たちに城から追い出された。


兵士たちは「あの行き遅れに手を出すとは異世界人の趣味はすごいな」「太ってるわ、目つき怖いわ、いやいや無理無理」「悪魔の金髪とか不吉すぎる、ありえないわ」と陰口を言っていた。


俺はそれらを全て、黙殺して、マリィの手を強引に引いて、兵士たちの視線が届かない街中までやってきた。


「ところで、何も聞かずに引っ張って来ちゃったけど、マリィは、俺と一緒に来ても大丈夫?」


暗に一緒に来てくれると嬉しいというニュアンスをにじませて、俺は、そう言った。しかしマリィには通じなかったようで、蒼色の目を半目にしながら俺を睨みつけた。


「旦那様は、昨晩あんな風に私の初めてを奪っておいて今さら捨てるんですか?私が、デブの行き遅れだからですか!」


マリィは、あのものすごく細い女官たちに比べればぽっちゃりではあるのはそうだ。兵士たちも散々にマリィの悪口を言っていたので、昨晩、マリィが俺に話したこの世界の美人観は、間違いないなのだろう。


しかし、地球の、少なくとも日本の価値観で見た場合、マリィはデブと言うには程遠い。


大食いの人気女子アナとか、元アイドルのマルチタレントとかに、肉付きのいいグラドルとかに、これくらいの感じの女性は良くいる。むしろ人によっては、却って愛嬌があると好感を持たれるくらいだろう。


「いや、そういうつもりでは…」

「だって、お酒も食べ物も美味しんだもの!」

「……ま、それは…まぁ…その、わかる」

「ですよね!だから、あんなほかのメイドたちみたいに細くなるまでお酒も食べ物も我慢なんてできないもーん!」


自分の容姿にコンプレックスがありつつも、酒や食べ物の誘惑には負ける。ありがちな話ではある。


「いや、その、そういう話ではなく…俺は単に国を出なきゃなのに、それに着いてきて、大丈夫なのかと…」

「あ。それは大丈夫です。家族みーんなモンスターに殺されていなくなってるので、この国には未練なんか少しもないです」


随分と重い話をサラッと話すマリィ。だが、俺は正直な話、申し訳ない反面、ありがたいと思った。このまま、1人で放り出されるより道連れがいた方が当然、心強いからだ。


「安心してくれ、捨てるだとか、そんな気はない」

「ホントですか!?」

「俺の世界的には、マリィは太ってはいないし、行き遅れでもない、目もキュッとしててキレイだし、金髪も全く気にならない。むしろ昨日一緒に食事してて楽しかったから、可愛いと思ってるくらいだ」

「かっ、可愛い!?私が!?」


城の兵士たちはマリィのことをデブだ、目つき悪いだ、などと言って嫌悪していた。理屈としては、世界の違いとはわかっていても、それでもマリィをブスなんて言うことに、俺の感情がついていかない。


「うん。別に俺が特別な訳ではなく、俺の世界の大半の男たちが同じ感想を抱くと思うよ?」

「そ、そうなんですね…」


むしろ俺から見れば、好感しかない。酒の呑まれて、細くなった記憶を辿って思い返してみると、も至極、良かったような気がする。


「それに、知らない世界に連れてこられて、いきなり放り出されたからさー、この世界の人がいると助かる…むしろ一緒に来てくれるなら歓迎したいくらいだよ」

「わっかりました!旦那様、お任せください!」


そう言えば、昨日はヒーロ様呼びしていたのに、朝起きたら旦那様呼びに変わっていたことを俺は突っ込んで聞けなかった。


いや、ツッコめないのは、、というオヤジギャグが、俺の頭をよぎった。よぎっただけだけで決して口にはしない。


「そうそう、昨日聞きそびれちゃいましたが、旦那様の天恵について教えてくださいよ〜」


マリィは、俺に甘えるように言う。俺は『昨日、マリィが話を遮って飲み始めたんだよね』と文句を言おうとして、やっぱり辞めた。うん。癖の独り言が発動しなくて良かった。


「俺の天恵とやらは、『酒蔵ブルワリー』だってさ」

「ぶるわりー?」

「ああ、言葉の意味そのままだと、俺のいた世界で酒を保存したり作ったりするところだな」

「へー?それでそれはどこにあるんですか?」

「あー、何かこのあたりに…よっと」


俺は何もない空間に手を突っ込んで、昨日しまった食べ物を取り出した。大量に買い込んでいた菓子パンの1つだ。


「ほれ…こんな感じだな」

「ああ、『倉庫ウェアハウス』の天恵と同じですね」

倉庫ウェアハウス?」

「はい。空中の見えないところに荷物をしまったり出したりできる天恵です。でも倉庫ウェアハウスだったら、絶対に王様、放り出したりしないですけどね。ほら軍隊とかで荷物を運ぶのにめちゃくちゃ便利ですから…」


王様は、単に『酒蔵ブルワリー』という言葉の意味がわからなかっただけのようだ。それにしても、仮に役に立つ天恵なら、それをちゃんと確認もしないで放り出すあたり、随分と適当な王様なのだろう。


「どうします?旦那様だけでも戻りますか?」


マリィは、不安そうな顔で尋ねてきた。俺は、能力を勘違いされたから、放逐されたのだ。ならば、能力を明かせば…ということを言いたいのだろう。


俺は、マリィの問いかけに対して首を振った。来たばかりの頃なら、違ったかもしれないが、今はもうあの城に留まろうなんて思わない。この世界の案内人もいて、あの王様もヤバそうで…となると…。


「勝手に異世界から呼んでおいて、気に食わないなら、切り捨てて、放逐する、そんな王様の役に立ちたいとは思わないね…ま、王様から5日以内に国から出ろまで言われているんだ。その通りにするさ」

「なるほど。それなら、私もそのつもりでしたので、一緒に国から愛の逃避行しちゃいましょう♪」

「あ、やっぱりこの国、ヤバいんだ」


マリィはニヤリと笑みを浮かべる。


「ええ。大変ですよ。だってわざわざ異世界から呼べば強い天恵が授かり易いからって、誘拐同然にこっちの世界に呼んじゃうんですから、ダメで、大変な国に決まってますよね」

「なるほど。そりゃそーだ。で、具体的に何がダメで大変なの?」

「国の北側にある大森林から、モンスターがたくさん来ているんです。毎年、騎士や兵士が狩りに行ってるんですけど、負けが込んでどんどん国境が南に下がってきています」

「なるほどねぇ」


ふと先程、渡されたものを思い出して『酒蔵ブルワリー』の手提げハンドバッグに手を突っ込み、何枚か束になった紙を取り出した。


「ああ、さっき兵士に、何か謎のチケットを渡されたよ。ま、手切れ金ということなんだろうけれど」


取り出したチケットらしきものは、紙幣っぽいが、どうにもちゃっちく見える。地球のプリンターなら、簡単に偽造出来そうだ。


「ああ、そう言えば最近は、そのチケットなんでしたね、買い物は。普段、物で支給されてばっかりで忘れてましたよ…あ、そのチケット、この国でしか使えないチケットです」

「どういうこと?」

「共通の金貨が不足してきたので、国が出した特別な券で交換して物を手に入れることを奨励されてます。共通の金貨なんか、すぐに税金だ、何だで没収されちゃいますよ」

「もしかして、食料品とかは、普通に買えなかったりする?」

「はい。食料品は配給制で、そのチケットでも買えません。欲しいなら、隠れて売っている闇店舗じゃないと買えませんよ」

「それ、末期じゃん…」


そんな末期なのに、マリィは、よく酒を持ってこれたもんだ。


「うーん。それは何というか、急いで国から出る必要がありそうだな…。マリィ、国から出るのに徒歩で何日くらいかかる?」

「国境までなら、歩いて2、3日ってところですかね?」

「なるほど、それなら余裕で持つかな」

「余裕で?」

「ああ、俺は、酒蔵ブルワリーに食料品を隠し持ってるから…2人なら、それくらいの期間は持つかな、ということ」


俺は、もともと週末から旅に出るつもりで、再来週末までの食料品を買いだめした帰りだった。その食料品は、冷蔵室コールドに入れてある。2人分となると、1週間は持つだろうから、隣の国に行くまで充分に足りるだろう。


「そういえば、さっき、共通の金貨って言ってたけど、もしかして世界共通のお金か何かがあるの?」

「はい。大抵の貨幣は世界共通です」

「わかった。えー、取り敢えず、国を出るのに必需品を買わなきゃな…このチケット使い切っちゃおうか」

「私も退職金として貰った、同じチケットがありますので、それも使っちゃいます。どうせ国を出たらゴミなんですし。買い物は私にお任せください。旦那様は街のことわからないですもんね」

「悪いな。買い物ついでに、もし出来ればなんだけど、これを金貨に変えて来てくれないか?」


俺は、元の世界から持ち込んだあるものを渡した。それを受け取ったマリィはニコリと笑い、頷いた。


「わかりました、旦那様!私にお任せください!」

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