第2話 酒での失敗は言い訳になりません

「…そうだ、ちょ…ちょっと待っててくださいね!すぐ戻りますから!」


何度も頭を俺に下げていたメイドは、何かを思いついたのか、そう言ってから、弾かれたように部屋を出ていった。数分後、戻ってきた、メイドの手にはビン?らしきものが握られていた。


「それは…?」

「お酒ですっ!異世界の勇者様のお食事に、これもつけちゃいますね!」

「え?いいの?もらっちゃって?」


メイドは、ワンワンと泣いたお陰で、気分がスッキリしたようだ。先程のオドオドしたような雰囲気が、だいぶなりを潜めている。


「もう、良いんです!このお城のことなんか知りません。だから、勝手に持ってきちゃいました!どーせ、私も明日、追い出される身なんで、バレやしませんよ!!」


スッキリしたというよりも、どうやら言葉の端から察せる事情からするに、単に開き直っただけのようだ。むしろ、ヤケクソに近いのかもしれない。


「なるほど、断りなく、勝手にお酒を持ってきたんだね…それは…ちゃんと消化して証拠をなくさないとな…うん」

「はい。そのとーりです。勇者様、よくわかってますね〜。バレると大変ですから、全部飲んじゃってくださいね!」

「ははは、仕方ない飲まなきゃなぁ」 

「ふふふ、全部ですよ、全部」


メイドとの妙な意気投合に、俺は思わず笑った。このメイドわかってるじゃあないか。


「しかし、キミ、明日になったら追い出されるのかぁ…なるほど、それは、俺と一緒なんだなぁ…なんだか大変だね…」


取り敢えず、その場の話を合わせる程度の、軽い感じで、俺は同情の言葉を口にした。しかし、メイドの方はというと、ものすごい前のめりになって、俺の言葉に食いついてきた。


「わかってくれますかっ!?わかってくれるんですねっ!」

「え?あ、うん」

「さすがは勇者様!だったら、私の話を聞いてくださいよ!」

「…わかったわかった、聞くよ」


思いの外、食いつかれたことで気圧されたのか、明日になったら追い出されてしまう、同じ境遇の彼女に感じるものがあったのか。それとも、本当に言葉面通り、同情でもしたのか。


俺も、いまいち自分の気持ちに判別がつかなかったが、俺の肯定を示す言葉に、メイドはさらに目を輝かせてしまった。


「私、明日で20歳なんです!だから、お城では行き遅れババァだって…若いメイドたちや、ここの姫様は、いっつも、バカにするように言ってくるんです!」

「この世界だと、20歳で行き遅れなってしまうのか…それは大変だな…」


中世的な価値観なら、確かに20歳で行き遅れというのはありうる。もちろん、現代日本で見ると、行き遅れどころか、結婚するのが早すぎるとすら、言われる年齢だが。


「それに、デブで、不吉な金髪で、背も高くて、ツリ目だから目つきも悪くて…ブスだ何だって言われますし、ついには明日には出ていけって言われました!いくらなんでも、ひどいと思いませんかっ!出ていけ!は、ないですよね!」

「そうだな、それはひどいと思うよ。うんうん」


俺は、特に女性馴れをしている訳ではないが、こういうときにどうすれば良いかくらいは知っている。つまり、ひたすら肯定…いや、気持ちに寄り添って共感してあげるのが正解なのだ。


「しかも、さっきなんか姫様が、杖で叩いてきたんですよ!ありえませんよ!」

「さっきの怪我はそれか…」

「そうです!私がブスだからってあんまりです」


そんな野蛮な姫様がいる国に、居たくはないな。あれ?もしかして追い出される流れで、結果的に良かったのか?


「だから、こっそり持ってきたこのお酒でヤケ酒してやります!あ、私も飲んでも良いですよね!?」

「お、おう、君が持ってきたやつだからね」

「やっぱり勇者様は、やっさし〜♪」


俺は、ヤケになっているメイドを下手に刺激しないよう、従うことにした。トレーに置いてあった2つのコップを手に取り、片方を熱弁を続けるメイドに渡した。


メイドが、まず俺の持っていた木製のコップに持ってきたビンから酒を注ぐ。俺は、返杯として、ビンをメイドから受け取り、そしてメイドの持ったコップに酒を注ぎ返した。


「ええと、君の名前を聞いてもいいかな?」

「マリィって言います。勇者様の名前は?」

酒井宇サカイヒロシ…ヒロシでいいや」

「ヒーロ様は、召喚勇者様のはずですよね?なんで明日、追い出されるんですか?というか、私みたいなブスメイドが、お世話係につくこと自体ちょっと変なんですけれど…」


うん。マリィさんの言葉の情報量が多い。1つづつ片付けようか?


「えーと。さっきから言ってるけれど…その、マリィさん?が、俺から見ると、とてもブスには見えないんだけど…どういうこと?」


キュッとしていて、猫のようなツリ目に、キレイな逆卵型の輪郭。確かにキツくは見えるが、目鼻立ちのハッキリした、キツネ顔の美人だ。


そして、それより目を引くのが170ほどの身体にドンと載った、大きな胸とお尻だ。小さな顔より大きな胸は、男なら目が吸い寄せられないわけがない。


確かに、少しぽっちゃり気味ではあるが、余程の細身至上主義でない限り、まず気にしないレベルだろう。スカートが翻る度にちらちらと見える、適度にむっちりとした太ももなど、俺どころか、日本人男性の大半はむしろ有難がって、喜ぶレベルだ。


「え?だって、胸がこんなにあるし、お尻も大きいし、お腹にもお肉ついてるし、背は高いから、城の人たちからデブと言われます。この猫みたいなツリ目や輪郭とかも怖いって言われますし、金髪は懐界の魔王を想像させるから不吉だって…」

「おーけーおーけー。なるほど。ということは、あの王様の横にいた姫様とか女官みたいなのが、この世界での、美人の基準なのね」


彼女たちは、よく言えば細身、俺からするとである。胸も尻も太もも一直線で、150にも満たない小柄な体躯。丸顔の輪郭に、タレ目…いわゆるタヌキ顔に、長い黒髪。


俺からすると、庇護欲はそそられるが、性欲は少しも湧かない。この世界の美人の基準がそれだとすると、マリィは、確かにその真逆ではあるな。


「もちろんです。国中の女の子が姫様みたいになりたいって思っています。その真反対の、私みたいなのに、お世辞を言ってくれるなんて、ヒーロ様は優しい勇者様なんですね」

「優しいっていうか素直な気持ちなんだけどね…」

「うーん。ヒーロ様は、そんなにお優しい勇者様なのに、お城から追い出されるなんて、私にはよくわかりません」

「だから、お世辞じゃないし…ヒーロじゃなくって、ヒロシなんだけど…まぁ、いっか。何かね、珠みたいのを割ってもらえた何かが、王様的には気に食わなかったらしいよ?」

「ああ、天恵ですね」

「天恵?」


なるほど、この頭に浮かんできた酒蔵ブルワリーとやらは、天恵というのか。俺がそう呟く横で、マリィは手酌で自分のコップに酒を注いでいた。


「ふひいい〜おいひー♪」

「え!?マリィさん…もう2杯目注いでるの?というか、天恵っていうの、もう少し詳しく教えてよ」

「ええ!?そんな堅苦しいことより、もっと、お酒を飲みましょうよー!ヒーロ様、飲み足りてないんじゃないですか?」

「え、いや、そんなことって、マリィさんが聞いてきたんじゃあ…ま、いっか」


諦めた様に、俺は、酒を注がれたコップを見ると、白く濁った液体が、並々と注がれていた。


「これって、どぶろく?」

「ヒーロ様の世界にもロック酒あるんですか?」

「…こっちの世界ではロック酒って言うんだね」


俺は、コップを口につけ、まず一口、流し込んだ。口内を、円やかな味わいが通り過ぎ、そして後からくるアルコールが喉を焼いていく。


「うん。味も何もかも完全にどぶろくだ。独特の丸みを帯びた味というか、飲み易すぎる口当たりは地球のものと全く同じだな」

「ふへへ。お酒って、美味しいですよね」

「マリィさん、実に美味しそうに飲むね…ああああ、どぶろく…ロック酒って口当たりの割に、酒精強くて悪酔いするから、もっとゆっくり飲んだ方が…」


コップに注いだ2杯目のどぶろくを一気に煽るマリィさん。飲み干したあと、カーッ、とか焼けるーとか言ってて妙におっさん臭い。


姫様と真逆の見た目云々以前に『そのおっさん臭さが行き遅れている原因なんじゃ…』という言葉を思わず発しそうになったが、飲み込んだ。


「マリィさん、なんて、他人行儀やめましょう!マリィって呼び捨てで、呼んでくださいよー!優しい勇者様〜もっと仲良くしましょうよ!」

「わかった。わかったよ、マリィ。いや、ちょっと勢いよく飲み過ぎじゃない?」

「大丈夫、大丈夫ですって!ほら、ヒーロ様も飲んで!飲んで!」

「お、おう」


注がれたロック酒を、マリィに煽られるまま、飲み干したあたりから俺の記憶は途切れ途切れになっていき、そして次に目を覚ましたとき…。


俺は、部屋の狭いベッド中で、裸のマリィと2人寄り添うように寝ていたのだった。

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