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 乾燥作業は簡単な物。

 熱湯殺菌をした木の板にお米を乗せて、風が当たらない所で乾燥させるだけ。

 お米は乾燥しやすい様に、一個一個に隙間が空く感覚で平らに伸ばしておく。

 此処に、水で溶かした木炭を霧吹きで吹きかけていくのだ。


 作った乾燥品は4つ。

 お試しで、最初の一回目の飯米二つも使ってみようと言う事だ。


 並行して三回目の種麹を造る。

 造り方は二回目と同じで、ただ此処に種として、採取した稲麹を混ぜて保温するだけ。

 ただし、今回は湿度と温度を調整しながら、十日余りの時間を掛けようと思う。


 この三回目の種が出来上がる頃には、一回目と二回目の種の乾燥は終了しているはずだ。


 「と言う事で、今回も十日余り此方で泊まらせて頂きますね!」

 「――もういいよ、分かったよ。どうせお父様にも承諾済みなんだろ?」

 「ええ、もう好きにしなさいと言われましたわ。明後日からお父様、一度国に帰りますし。やりたい放題ですわね」

 「……もう、アレか?パーシバルはジュリアの家系公認で、男として……助手として見られているのか?」


 ジョシュア様、最後に「男としてみられていないのか」って言おうとしたわね。

 私もパーシバルさんも黙ったわ。普通は「交際公認」じゃないのかしら。

 でも、そうよね。――私も前者だと思う。


 「――そうだな、ジュリアのお父様からは、なんとしてでも娘の旦那を探してくれと頼まれていたりする」

 「初耳なのですけど、パーシバルさん?」

 「だから、ジョシュアも俺の家に泊まる気になったら、ジュリアと一緒に納屋に泊まってくれ」

 「……は!?」

 

 もうなりふり構わずね。ジョシュア様も顔が真っ赤だわ。

 いえ、もはやパーシバルさんから私の貰い手がジョシュア様しかいないと認定されたのかしら。

 だけど私、まだ結婚する気なくてよ。

 私の為に発酵工房をドドーンと用意してくれるのなら、考えますけれど。


 今は食材が豊富にあって、良い助手君がいる此処で十二分ですわ。



  ◇



 更にあれから十日たちました。

 運が良い事に、この十日で雨が降ったのは二回だけ。


 雨が降れば、納屋にお米を移動させて。

 天気が良いときは、外に干します。


 風に当ててはいけないと言う事で、敵で造った風よけを立てて

 朝に一回、昼に一回木炭の水を掛けて、丸一日太陽光で乾燥。


 そのおかげなのでしょうか。私はたった今、お米の前に立っています。


 「――これは、成功なのかしら?」


 小さく首を傾げる。

 目に映るのは、緑っぽい、くすんだ銅色の胞子らしきものに覆われた、二回目の飯米だ。

 もう見るのもグロテスクと思える程に、もわもわと覆われているのだけど。


 私は唸る。


 なにせ、成功品を見たこと無いから、これが成功なのか分からない。

 数日前に飯米に緑のカビが付着し始めて、乾燥した結果、この色まで落ち落ち着き。他の色のカビは見なくなったのだけど。


 これ、成功でいいのかしら?

 成功なら、コレを粉末にして種麹の出来上がり……なのだけど。

 一昨日から干し始めた、三回目の米飯を見る。


 此方も同様、胞子に覆われ始めている。

 ただ、若干二回目と胞子の色が違うのはどうしてかしら。

 

 二回目に緑の胞子が現れた時、喜んでしまったけど。――これ、麹菌で本当に良いのかしら。

 別の胞子カビ……かな?


 私は疑問しか無くて、もう一度首を傾げる。


 「お嬢、これ」

 「言わないで、パーシバルさん」


 パーシバルさんの問いにも、成功とは到底断言できない。

 そもそも成功例が無いのだ。判別も出来ない。


 「――いえ。一つだけ判別できる方法があるわ」


 いや、もうここまで来たのなら、私も決意を決めるしかないか。

 この種麹が本物か調べる方法?――簡単だ。


 「『麹』を造ってみましょう」


 とりあえず、味噌づくりの為の次の段階である『麹』を作ってみる事だ。

 一応、せっかく出来たのだから、試してみる価値はあると思う。


 「はいはい、麹ね。じゃ、最初に何をすればいいんだ?」

 「最初は、この……種麹を粉末にする事から始めましょう」


 まずは、この出来上がった種を粉末にする事から。

 粉末にしたら、麹造り。

 麹の作り方は、まず米を浸漬させて、蒸す事から始まるわ。

 どの醸造もやる事は同じね。


 「――じゃあ、『麹』造りを始めましょうか!」


 私は腕の袖を捲り上げて、出来上がったばかしの『種麹』に向かう。


 「……おい、パーシバル。あれは、本当に成功なのか?」

 「しるか!分かるのは絶対に食べたらだめだって事だ!いいな!」

 後ろから、何時ものようにそんな会話が聞こえるが、知らないふりをする。


 ただ私も流石に、今回のは食べるのは少し危険だとは思っている。

 けど、出来上がった麹は一口だけでも食べてみなくちゃ。


 何度も言うけど、この世界では、『麹』の成功品なんて存在していないのだから。

 身体で当たっていくしかない。私の身体、大丈夫かしら。

 コレは飲み込めないと思ったら、直ぐには吐き出そう。そう心に決めて。


 私は『麹』造りに、挑戦するのである。



 大切な余談だが、後から思い出したのだけど。

 麹は成功したら、栗みたいな、栗を薄めたような甘い香りがするらしい。

 これは種麹も同じで、どう考えてもこれが、成功か失敗の判断だろう。


 そして、玄米は麹作りにはあまり適さないらしい。


 私が造った種麹の匂いは敢えて、此処には乗せないわ。

 今回の一件が成功したか、失敗したかは、最後まで謎にさせていただく。



 まあ最初の一回目だからね。

 こういうときもあるでしょう。





 ☆絶対に真似をしないでください。


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