4-3



 さて、三人が力を合わせたので、作業は簡単に終わりました。

 私の側には、保存容器に入れた稲麹の付いた玄米がとカビ玉胞子が置いてあります。

 そして、七分搗け米にされたお米が三合分。


 今日は、お米の一合だけを使って、『種麹』を作ってみたいと思う。


 「では、さっそくご飯ライスとおかゆを作って行こうと思います」

 「……さっきから気になっていたんだが、『おかゆ』ってなんだ?」

 パーシバルさんの問い。なるほど。そうきたか。


 「……お米を水で似た物です。リゾットと同じよ」

 「……ふーん」


 作り方で言えば、リゾットとおかゆは別物だけど。説明的にはコレで良いだろう。

 ただ、不安なので、お米を蒸すのはパーシバルさんに任せよう。

 

 

 さて私だが、おかゆを作る。

 おかゆの作り方、書いた方が良い?


 簡単よ。まず、お米を洗って鍋に入れる。

 此処に水を入れるのだけど、ご飯を炊くのなら平らにした米に指を乗せて、指の第一関節を目安にして迄水を浸す。

 ただ、今回はおかゆだから、人差し指一本分まで水を入れる。

 これで火をつけ、とろとろになるまで煮詰めれば出来上がり。


 ただ、今回はもっと煮詰める。

 水分がなくなって、「べとべと」になるまで煮詰めよう。

 スティックのりを想像すれば良いと思う。


 私がおかゆを作り終わったと同時に、パーシバルさんのお米も蒸し上がったようだ。

 コレが終われば、熱湯殺菌して置いた容器に移し替えて数日常温で放置してみるのだが。


 「ここで、木炭を粉末にしたものを入れます」

 

 菌の付着に移る前に、私は炭を取り出した。

 説明通り、木炭を粉末にしたものだ。


 「炭って何のために入れるんだ?」 

 よくぞ聞いてくれましたジョシュア様。


 「木炭を入れると、麹菌以外のカビが繁殖しにくくなるんです」


 なんでもお米をアルカリ性にして、雑菌の繁殖を抑える為らしい。

 コレもまた、昔からの千法だ。

 つまり、コウジカビはアルカリ性には強いという訳になる。


 木炭をおかゆと蒸し米にムラが無い様に混ぜ込んで。

 とりあえず、早いけれどコレで準備は完了。

 常温のまま、取り敢えず。外に置いておこうと思う。


 数日たてば、お米に様々な色のカビが付く筈だ。

 その中でもコウジカビは黄緑色。そして、稲麹は黄色で後から緑に変わるらしい。

 この色のカビが着けば、成功と言えるのではないか。

 とりあえず、数日観察してみよう。



 ◇



 「……うーん」


 あれから2日。

 私はお米の前で唸る。


 というのも、目の前にあるのは2日前に放置したご飯だが。

 ぽつぽつと、赤やら緑やら黒やら、生々しくカビが生えているのだけど。

 その中にはどう見ても、目当てのカビが無いからである。


 うしろで、パーシバルさんがドン引きしてみているし、ジョシュア様だって近づこうともしない。

 

 「……これは失敗よね……?」


 何がいけなかったのかしら。

 やっぱり外に放置するのが良くなかったかしら。

 

 コウジカビは50度で死滅する。

 だから、元から玄米にコウジカビが付いていたとしても死滅していると考えて新たに付着させようと考えたのが行けなかったのかしら。


 それとも、ぱっと見分からないだけで、実はコウジカビは少なからず付着している?

 ここに木炭を入れて、もう暫く放置してみる?


 「……また新しく作り直すとして、やり方を変えなきゃ」


 とりあえず、もう一度木炭を混ぜて一日様子を見る事にして。

 方法を変えて新しく作り直す。


 今度は、保温してみよう。

 麹菌が活動しやすいのは、お米の温度が34から38度。そして、湿度90%以上。

 湯たんぽを使って、温度をキープして。

 湿度は、おかゆはまだ良いとして、蒸し米はガーゼにくるみ保ってみよう。


 あ、因みに、私はここで秘密兵器と取りだす。

 それが、こちら「水銀式の体温計」だ。


 知らない人もいるかもしれない。

 コレはガラスでできた、体温計に水銀を入れて作られた体温計。

 水銀は温まると膨張する、その特性を利用して体温を測る一番古い体温計だ。

 ただ、水銀は毒。容器から漏れる事故とかもあったらしく、現在地球では売り出していないんじゃないかしら。


 此方の世界ではデジタル体温計なんてモノはなく、水銀式体温計が一般的。

 ちょっと使い勝手は悪いけれど、物の温度を測る時には使えると思い、今回用意しました。


 ただ、こちらは熱湯をかけるにも行かないので。

 丹念に拭き、アルコール度が高いお酒。所謂ウォッカ系に近いお酒を消毒液として使いたいと思います。

 何処で手に入れたかって?――秘密よ。



 さて、そんな余談はさておき。

 先日と同じ作業を終わらせて、蒸し米とおかゆを先の通り湯たんぽを使って保温する。


 これでまた数日放置するのだけど。


 「……保温のために、何回か湯たんぽを変えなきゃいけないし、お米の温度も保たなきゃいけないのですが」

 「お嬢、それは流石に俺も無理だぞ!」


 この通り、自宅の提供者パーシバルさんが拒否していますし。

 私も人任せにはできませんから、此処は淑女としての在り方を捨てたいと思います。


 「ええ、分かっています。――ですので、数日此方に泊まらせて頂けると嬉しいのですが。宜しいでしょうか、パーシバルさん」

 「ダメに決まっているだろ!」


 それはジョシュア様がいる手前かしら。

 パーシバルさんが私に恋愛感情が微塵もない事は分かっていますから。

 先ほどから、彼の様子を窺っているモノね。

 だったら、仕方がありません。


 「でしたら、3人で泊まりません事?むしろ私は納屋に止めていただくので構いません」


 パーシバルさんが更に怒るのが分かるわ。

 ジョシュア様だって、流石に無理そうな顔を浮かべている。

 もっと女として考えたらどうだなんて、まるでお父様の様な事を言っている。

 いえ、パーシバルさんは私のお目付け役でもあるモノ、仕方が無いと思うけど。


 でも、醸造をするにあたって、寝泊まりなんてざらにある事だと聞くわ。

 私も『麹』を完成させるにあたって、此処は負ける訳にはいきません。


 ――結局、流石にジョシュア様の外泊は無理だったけど。

 私はパーシバルさんのご自宅に泊まらせて頂くことになった。



 ◇



 「うーん」


 あれからさらに数日。正確に表せば、3日。

 私は先日と同じように、保温機の前でうなりを上げていた。


 というのも、今度もまた、成功には見えなかったのだ。

 保温させた蒸米とおかゆには、同じようにカビが数種類浮かび上がっている。

でも、見た限り黄緑のカビと、黄色か緑のカビは無い。


 「なんでかしら?」


 私は首を傾げるしかない。

 一回目のカビも、毎日木炭を混ぜてみたけれど、どう見ても成功には程遠い。

 本当に、何が問題なのかしら、やっぱりご飯からは出来ないのかしら?



 「――すこし、良いか?」

 「あ、はい何でしょうジョシュア様」


 私が唸っていると、離れた場所からジョシュア様が声を掛けて来る。


 「種麹は冷却か乾燥させるのだろう?……一先ず、乾燥させてみたらどうだ……?」

 「……ええ、そうですわね」


 彼の言葉に私は悩む。

 確かに、今日今までカビを繁殖させたが、乾燥まではいってない。


 ここは一度乾燥させてみるか。現代の実験でも、カビを繁殖させた「おかゆ」を乾燥させて、毎日木炭を溶かした水を掛けていたのよね?そうしたら、徐々に雑菌が減っていって、麹菌が繁殖していったとか。


 試してみる価値はあると思う。


 「……そうですわね。ありがとう、ジョシュア様。でしたら、直ぐにでも乾燥作業に変えましょう!」



 そう決まれば善は急げ、だ。

 私は乾燥作業に移る。


 「ついでに、三回目も挑戦しましょう。――今度は、採取して置いた稲麹を使ってみるわ!」

 「まだ、やるのか……」


 パーシバルさんの苦言は流しておいて、作業に移りましょう。


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