1-2



 今現在。私は馬車に揺られております。

 連行……では、ありません。

 我が家に帰るために、馬車に揺られているのです。


 それも、目の前にはユーリ嬢がお座りになって。

 彼女の誘導のままに。我が家に帰っている次第にございます。


 目の前の彼女は、無言のままです。此方を軽視するような、軽蔑するような視線も送りません。

 ただ、本当に無言のまま。全てを手配してくださったのです。

 ―― 何故?


 「―― 一つお聞きしたいのですけど」


  呆然としていると、ユーリ嬢が口を開きました。

 お聞きしたいのは、私の方だけれど。黙って頷きます。

 ユーリ嬢は、無言のままに私を見据えました。


 「ジュリアンナ様は、もしかして、転生者ではございませんか?」

 「――は……?」


 思わぬ言葉に私は固まったのでございます。

 

 でも、そんな私にユーリ嬢はお構いなしに、その白い手を私に伸ばしてきます。

 まるで、親友のごとく手を握って微笑むのです。


 「安心を、あたしも転生者なの。そうね、『本堂美奈子』って名乗れば分かってくれるかしら?」



   ◇



 「……」

 「いっやぁ。正直、あたしもびっくりしたわ。気が付いたら、この身体になっていてさ」

 「……」

 「しかも、ユーリちゃんよ。ユーリちゃん。ジュリアより不憫じゃない?王妃願望が強い子だけどさ、糞皇子の妻なんて、お先真っ暗よ」

 「……」

 「あんな皇子ごめんだったんだけど。そうなるとジュリアが不憫になるでしょ?もうこうなりゃ、皇子の性格をユーリの魅力で改心させなきゃ、って思ったの。でも階級が男爵じゃ、ねえ。それも5女だしさぁ」

 「……」

 「何度も王宮に潜り込もうと試みたのよ!でも無理。だったら、ジュリア……貴女に接触を試みようと思ったけど。貴女は王妃になる為の日々で忙しいのは分かっていたし。邪魔するのは気が引けてね」

 「……」

 「もう、だったら。このまま真の悪役令嬢を突き通してみようと決断したわけ」


 目の前の固まる私に構わず。

 「本堂美奈子」を名乗ったユーリ嬢は楽しそうにお喋りを続けます。

 勿論ですが、私は話に着いて行けません。行ける筈も無い。

 ただ、真っ白になった頭で、質問は考えます。


 口から出たのは一つ。


 「――なぜ、悪役令嬢を?」


 ええ、絶対に間違ったわ。

 ですが、ユーリ嬢は笑み。



 「せっかく転生したなら、面白い方を選ぶでしょ!面白そうじゃん、悪役で頑張るのって!あたしが皇子を選べば、ジュリアは幸せな終わりが決まっている訳だし?だったら、面白くて自分が幸せになる道を選ばない?」


 ――……おっしゃる通りで。


 いや、でも。なんとも。

 キャラクター愛に満ち、自由奔放を兼ね備えた方だろうか。

 先程皇子の一件のさい「愛人」なんて、失礼な事を心で思ってしまった、コレは詫びなくてはならない。


 あ、口調が。ま、いいか。

 心で、コホンと咳払い。私は改めて、ユーリ嬢を見つめた。


 「えーと……。本当に『本堂美奈子』さんで?」

 「ええ!」

 

 私の漸くの確認に、ユーリ嬢は強く頷いた。


 「……この世界を描いた。シナリオライター『本堂美奈子』さん?」

 「ええ!ま、本名は桃園ももぞのみるくって名前だけど。どちらでも……いえ。今はユーリで良いわ」

 

 あ、キラキラネーム。

 なんて愛らしい名前だろう。違う。

 え、本当に、本当の?


 「あ、信じられないのなら。そうね……。ジュリアの秘密の一つや二つ、上げようか?例えば、幼いころに見たロマンス小説のせいで暗殺者――」

 「あ、はい。信じます」


 あ、理解した。

 そんな当たり前に、裏設定をあっさり言われちゃ、信じるしかない。


 この方はシナリオライター『本堂美奈子』氏。

 このゲームの生みの親、その人であると。


 そうなれば問題は一つ。その本堂美奈子さんが何故此処に居るかだ。


 「え、でもなぜ?なんで、この世界に?」

 「それは、多分貴女と同じよ。覚えている限りだと、死んだのね」

 

 私の問いに本堂……ユーリ嬢は、あっさりと答えた。

 そんな簡単に答えられるものなの?

 

 そんな疑問を無視するように、ユーリ嬢はサラリと続けた。


 「いや、何か。線路に倒れた人が居てさ。誰も助けなくて。だから、あたしが助けにいったら、そのままよ」

 「――あ、私も電車事故です……」

 

 しかも、原因が同じという。何とめぐり合わせ。

 最後の行動としては、比べ物にならないほどに違うけど。

 いや、違う。この人、本当にさらさら答えるな。ついつい合わせるように私も答えてしまった。

 


 何にせよ。私は突然の発言に

「あら、偶然ね」なんて笑う彼女を前に、また別の意味で頭を抱えた。

 理解が追い付けず、頭を抱えたのだが。


「そうですか……。はい……よろしくお願いします。……ユーリさん」

「あら、流石ジュリアね。呑み込みが早いわ!」


何故か妙に冷静な口調で、私は彼女の手を握り返してしまったのであった。


 

 ◇




 ここで『本堂美奈子』さん。元言いユーリ嬢の話を整理しよう。

 なに、簡単である。


 ユーリさんは生前、線路に落ちた女性を助けようとして、巻き込まれる形で亡くなったらしい。

 目が覚めたら、自身で作成した良く知った顔。直ぐに自身が、自身で作ったゲームの世界に転生したことに気が付いたそうだ。当時ユーリ嬢の年齢は6歳。


 ゲームの終わりを知っている彼女は、奔走ほんそうした。

 なにせ、自分の立ち位置はゲームの中では真の悪役令嬢だ。このままいけば滅亡。

 なんでも、ゲーム上では触れられなかったが、ユーリ嬢は結果的に国を亡ぼす要因になるらしい。流石にソレは嫌だと。


 だが、自分が皇子に出会わなければジュリアンナが不幸になる。それも駄目。幸せになって欲しい。

 必死に皇子の性格を直そうとしたが、力及ばずで無理。

 だったら……と、彼女は考えた。


 もう、このまま悪役令嬢に成り切って、皇子と婚約しよう。

 それが、一番楽なハッピーエンドだ――と、こういう感じで。


 何故悪役令嬢か?理由は先程の言った通り。

 自分も楽しめて、ジュリアンナが幸せになる為。


 その悪役令嬢としての、本分を果たし。やり切ったと思っていたら

 最後の瞬間。ゲームと違い、ジュリアンナが倒れてしまい。心配になって様子を見に来たそうな。

 で、あの事件が起こって。私が同じ転生者だと気が付き、気絶した皇子を放り出して、こうして私を逃がしてくれたと。


 皇子の一件は、アイツは仕方がない。自業自得だと、冷め切った顔で仰った。



 「安心してよ。性格は合わせて来たけど。ゲームのユーリとは違って、出来る限りの教養は身に付けて来たからさ。この国の王妃に相応しい様に。ま、男爵程度の力で、だけどね。これからは本格的に王妃としての教育は学んでいくわ」


 ユーリ嬢は、その愛らしい顔に満面の笑みを浮かべて自信たっぷりに胸を叩く。

 その表所は「頼もしい」の一言であり。これから先の不安なんて微塵も浮かんでなかった。


 いや、本当に私は先程彼女に失礼な印象を浮かべた訳だ。

 土下座した方が良い気がしてきた。


 ただ、思う所がある。私は、話を聞いた後。恐る恐ると、口を開いた。


 「あの、それって。つまりあの馬鹿皇子の妻になって、皇太子妃を目指すと……?」

 「ええ、そうよ!妹君に任せても良いのだけど。ちょっと不安があってね」

 「――不安?」

 「シナリオ補正って言うの?あたしがどんなに嫌と言っても、ゲームのシナリオではユーリが王妃は決定しているの」


 それは知っているでしょう?っと。

 はい、ソレは知っています。ゲームでも、その情報だけは簡潔に流れて来たから。

 


 「だから、もしものためよ。あたしは妹ちゃんを、そこはかとなく次期女王に推してみるけど。無駄だったら、私が王妃になって国母にならなきゃいけない。――流石にね、国民に苦悩を合わせるのは気が引けたから」

 「――……なるほど」

 「それに、あんな馬鹿皇子を引き取るんだから。尻に敷いて、王妃になって国を導くのもいいかなって思ったわけ」


 最後の言葉は気にかかったが。

 ユーリ嬢は、国民への憂いに、やる気と自信に満ち、コレからの未来に希望が溢れた表情をしていた。


 どうやら彼女は、「ジュリアンナ」と同様。皇子に興味なんてなく。

 本気で「良き王妃」になる為に奔走し、これからも続けていくようだ。


 これが嘘偽りでなければ、「ジュリアンナ」も安心できるのではないかと、そんな笑顔だった。

 ユーリ嬢は続ける。


 「ま、人望が厚いジュリアンナを追放まで貶めたのだから。難しいと言えば、難しい所だけどね。王宮では毛虫の様に毛嫌いされるのは当然。まあ、それは仕方が無いわ。自分で変えていくしかない」

 

 だから安心してっと。

 いいえ、私は笑えないのですが。というか――。



 「……シナリオ補正で、皇子が王になるのなら。国が亡ぶのも逃れられないのでは――?」

 

 思わず、疑問に思った未来を問いただしてしまった。

 目の前のユーリ嬢が、僅かに眉を顰める。「そうなのよね」と一言。

 だけど、彼女は次には真っすぐと此方を見つめて来た。


 「国が亡ぶのは、ユーリの孫の代なの。残念だけど、抗っても無理だった場合は仕方が無いわ。そこは、ジュリアには悪いけれど諦めて貰うしかない。それが国の未来だったって事よ」

 

 言い返すことも出来ない。確かに、それで滅んだのなら。致し方が無いと思う。

 本来はユーリ嬢が国の行く末を滅亡に傾けてしまうらしいが。

 ユーリ嬢が未来を変えようと抗った結果、彼女の孫の代で滅ぶと言うのなら、それは彼女の責任ではない。

 それが例えゲームの隠しシナリオだったとしても、アレだ。運命ってやつなのだろう。


 さすが、生みの親……という奴なのか。

 彼女は既に自分の結末を変えようと努力はしているものの、しっかり受け入れているようだった。

 やっぱり、ここは土下座を――。



 「それよりも、問題は貴女よ」


 私が感心して、呆けていると、可愛らしい顔がグイっと近づく。

 長い指が私を指した。


 「ジュリアは、この先どう転んでもハッピーエンドは確定よ。でもそれは、ただの「ジュリアンナ」であった場合。貴女は転生した『ジュリアンナ』なんですもの。もうそうなれば別人だわ。そうなれば、あたしは貴女の未来は分からないの!」


 之もまた、正論である。ぐうの音も出ない。

 だって現に私は「ジュリアンナ」がやらない行動をとっているのだから。


 あの、皇子からの心無い発言イベント。

 本来であるなら「ジュリアンナ」は、あの瞬間泣き崩れて終了だ。ゲームではそんな感じだった。

 いや、皇子の発言はゲーム以上に度を越していたけど。


 「ジュリアンナ」は負け、すんなりと泣きながら敗北を受け入れた訳だ。


 でも、私は違う。

 皇子を糾弾してしまった。見事なまでに、ノックアウト。

 後悔はしていないけど、あれは「ジュリアンナ」らしくない。


 この私だと、「ジュリアンナ」と言う少女の運命が変わっても可笑しくない。

 目の前のユーリ嬢。「生みの親様」が「ジュリアンナ」を心配するもの仕方が無い。

 ユーリ嬢が言う。


 「だから、教えて欲しいの。今の貴女の心境を。私の名前を知っていたし、ゲームをしてくれた人でしょう?今後、どう暮らしたいか。誰の元に嫁ぎたいか、何をしたいか。知っておきたいの」


 驚くほどに、純粋に此方を案ずる目で言葉を失ってしまった。

 私は、僅かに目を逸らす。

 

 ―― 私。私の心境か。


 そう、言われてもと思う。何分気が付いたのはつい先程だ。転生したと理解したばかり。

 何をどうしたいかは全く考えられていない。


 だけど、目の前のユーリ嬢があまりに真剣に私を見据えるモノだから、何か答えなくてはと口を開く。



 「私は――……実は、転生につい先程気が付いたばかりで、何とも言えません」

 「……」

 「このゲームはやっていましたから、状況はつかめてはいます」

 「……」

 「正直言うと。「ジュリアンナ」と違って、王妃には執着して無いし。むしろ、あの馬鹿皇子に嫁がなくて良くなってホッとしています。追放も受け入れています」

 「……」

 「だからと言って、未来を知っているからと言って、急に誰の元に嫁ぐかと言われても、さっぱりで――」



 ユーリ嬢は私の話を黙って聞いてくれた。私は自身の事を話す。

 正直、隣国の皇子の事しか覚えていない事も。誰にも恋愛感情が無い事も。全部。

 もちろん「ジュリアンナ」の好みのタイプを知った上で。


 そして問題の一つである。「ジュリアンナ」だが。

 「彼女」からすれば、最後の国の未来憂いが消えたらしく。何故か酷くすっきりしている。


 だから、この先と言われても。正直実感がわかない訳で。


 いいや。私は、自身の手を見る。個人的に一番心配な事だ。

 正直、正直に言おう。今のジュリアンナの未来。一番最初に成し遂げたいこと。



 「――まずはこの身体を、何とかしたいなとは思っています。無理なダイエットのしすぎで、身体がボロボロですから」



 私は今の、この気持ちを正直に答えた。

 皇子の心無い一言で、ボロボロになっているジュリアンナの身体。

 貧血が酷くて。今も身体は、だるく、重くて仕方が無い。これでは生前と何も変わりない。


 私は貧血が原因で、死んだのだ。

だから、もうこの身体には同じ経験をさせたくない。



 「――そうよね」

 私の発言を聞いて。今まで黙っていたユーリ嬢が、重々しく口を開いた。

 

 「あたしも、自分で設定を書いといてアレだけど。ジュリアを初めて見た時、余りに細くて青白くて言葉を失ったわ。恋愛とかの前に、健康が先よね。ただのイラストでは可愛いだけなのに、現物は悲惨としか言えないもの。言い方は悪いけど、もっと太るべきよ」


 言いながら、大きくため息を付く。―― お母様?

 ……彼女は言葉をつづけた。


 「でも、あたし。医療に関してはさっぱりだわ。追放先の村は、そりゃ長閑のどかだけど。医療が発達している訳じゃないから」

 そもそも、貧血の治療は分からない、と。申し訳なさそうに零した。


 「いえ、ユーリさんが、そこまで思い悩んでくれると……。あ、ありがとうございます」


 謝罪を送るのも、彼女の気持ちを否定するのも、申し訳なさで一杯だったのでお礼を口にする。


 しかし、貧血の治し方か。それは、私にだってはっきり分かった物はない。

 生前だって、鉄剤をとっていた訳だけど。錠剤だと身体に合わず注射に変えて、何とかって所だった。


 避妊薬ピルを使った治療も何度も試したけど。コレも身体に合わず断念。



 ―― ここで、言っておくけれど。

 避妊薬なんて表面上の言葉は悪く見えるかもしれないけど。貧血治療にこれは良く使われるのだ。


 この薬は簡単に言えば。効果の一つとして「排卵を抑制する」と言う働きを持つ。


 月経の時期を遅らせ、量を減らす事が出来る。

 月に流れる血の量を管理すると言えば、分かりやすい?


 これは貧血を持っている子なら、婦人科に行けば提案されるだろう処置。

 だから周りにピルを飲んでいる子がいても淫乱だとか可笑しな噂は立てないで上げて欲しい。


 そして、面白半分で使わないで欲しい。お医者さんの話をしっかり聞いて。

 コレがあれば、妊娠しない。やりたい放題とか、絶対に思っちゃいけない。


 ちゃんとしたお医者さんであるなら、薬だけ渡して「さよなら」はしないと思うけど。

 私だって飲んでいるときは、毎月病院に通って、診察と検査をしていたし。


 もう一つ上げれば。簡単な副作用があって。

 どうしても身体に合わない子もいる事を、理解してあげて欲しい。

 


 まあ、なんにせよ。私は貧血治療と言ったら、これぐらいしか思い浮かばない。

 正直な所。あとは食を改善するしか無いのだけど。

 ここまでくると、恐ろしいほどに食欲がわかない。無理矢理、胃に押し込んでも吐き戻してしまうのではと思えるほどに。


 そもそも、そんなに簡単に、改善できる病気なら。苦労はしていない。


 「あ、いや。一つだけ、思いつくものがあります」

 「はい?」

 「私が、生前。これしか食べられないって思って食べていたら。何故か貧血の数値が上がったもの!」

 「――……はい」


 ユーリ嬢が首を傾げる。

 当たり前だ。

 いきなり目の前の人物が、何かに納得したような声を上げて顔を上げたら誰でも驚く。


 ただ思い立った私は止まらない。

 たぶん、ドヤ顔を浮かべていたと思う。

 私は高らかに宣言する。



 「――“納豆”!“納豆”です!もう、コレが一番!」


 と、自信満々で発言するのである。



  ◇



 少しの沈黙があった。

 私の様子を見て、驚いた様子のユーリ嬢が漸く口を開く。



 「納豆……ねえ。作れるの?」


 此方が今度は驚くほどに冷静な一言だった。

 私は、大きく頷く。



 「つ、作り方なら、前に興味本位で調べた方法ならしています」


 これは本当の事なのだが、ユーリ嬢は険しい顔だ。


 「そういう事じゃなくて。――あたし、シナリオライターとして言うわね」

 「は、はい」


 「この世界の食文化は其処まで深く考えていなかったから、何処まで地球と同じかは不明よ。――だから、大豆があるかは分からないわ」


 おっと、ずばりと。

 決定的な問題を上げられるとは、思考が冷静になっていくのが分かった。


 でも考えてみれば、それはそうだ。

 ここは、ゲームの世界。地球日本と大きく違うのだ。

 しかもどう見ても、どちらかと言えば、海外。ヨーロッパあたりモデルだろう。


 いや、しかし。


 「――……大丈夫です。大豆は世界でも畑の肉と言われて親しまれていますし。地球でも世界に広がったのは18世紀から19世紀ごろと言われていますし……似ている何かがあれば、ソレを代用してみます!!」


 僅かだが、可能性はある。

 それに縋って、私は謎に胸を張るのだ。



 「……なる、ほど」


 私の発言に無言であった、ユーリ嬢は何かに納得したように小さく頷いた。

 ……一体何に、納得したのだろうか。なぜ、そんな理解した顔をするのだろうか。

 

 形の良い顎に手を当て、頷いた彼女は顔を上げる。

 満面の笑みを浮かべて


 「分かった。少なくとも、お米ライスが、この世界にある事は知っているわ。大豆に似たマメ科の植物も露店で見たことがある」

 「ほんとですか!」

 

 思わず、私は歓喜の声を上げる。

 ユーリ嬢は大きく頷いた。


 「貴方の追放先……いえ、新天地の村は農作物が豊かだから。栽培していると思う」

 

 なんと有力な情報だろう。胸が高まる。

 いや、だって。自分で「納豆」を作れるのだ。これ程面白そうなことは滅多にないと思う。

 人生で、興味が無ければ普通は体験しない出来事だ。


 いや、勿論不安はある。

 「納豆」が出来る、出来ないとか、材料がない、じゃなくて。

 村で変人として見られないか、だ。


 変人と決定されれば、攻略対象者達なんて近づきもしないだろう。


 でも、でも、だけど。

 そんなぐらいで、私を見限るのなら、運命の相手では無かったって事じゃないかしら?

 「納豆」の一つや二つ作っている女の子を受け入れるのが、真なる愛って物よ。


 だったら私だって、その愛を受け止めてやるわ。

 それが攻略対象じゃなくても構うものですか。

 


 「うん、なるほどね。うん、まあ、それでもいいかな」


 私が一人で納得していると、ユーリ嬢が酷く嬉しそうに声を漏らした。

 目の前で、愛らしい少女が、表情を変える。



 「うまくできたら、あたしにも送って頂戴。納豆なんて、凄く久しぶりだわ!」



 そう、からりと。裏表のない愛らしい笑みを彼女は讃えるのであった。

 私はやはり彼女に土下座をすべきじゃないかしら?

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