1-1


 「ジュリアンナ。我が愛しい妻、ユーリを散々貶めた罪で追放する!」


 ――無駄に広いお城の大広間の中心。

 目に痛いほどの、真っ赤な絨毯が敷かれた中央階段の上で、金髪イケメンが誰かを断罪していた。

 その隣には、愛らしい顔立ちのくせに下卑た笑みを浮かべる茶髪の女の子が一人。これまた誰かを見下ろしている。


 イケメン君なんて、ビシッと指なんて指しちゃって。キリとした顔までしちゃって。

 ちなみに、そのイケメン君は私の幼馴染だ。

 この大国。マリーローズ大国の第一皇子。つまり皇太子ってやつで。

 公爵家であり、国の宰相の娘である。私、ジュリアンナ・フランソウワーズの婚約者で――って。あら?


 あの皇子様、私を指差してないかしら?

 周りも、私を見ているわ。え、なぜ?

 というか、私、ここで何してるの?


 「ジュリアンナ、聞いているのか!」


 金髪イケメン君が、私の名を呼びながら何かを叫んでいる。

 いや、そんな事なんてどうでも良くて、何故か私の頭は気が遠くなっていった。

 目の前が沢山の光で点滅している感じ


 あ、これ。貧血ね。身に覚えあるモノ。

 この身体、ダイエット中で昨日の朝から何も食べていないから。


 ――それが、私が最初に感じた私と言う感情で。

 ジュリアンナと言う少女の最後の記憶でもあった。


  ◇



 私は私の夢を見る。


 私は、元の名前を■■■■。普通のOLでした。

 ちょっと、貧血が酷くて、毎日が苦労の連日だった。普通の、女?

 女の子って年じゃないから、女にしておきましょう。


 そんな私は、その日も貧血でフラフラだった。

 朝食も食べられないぐらいに。


 ――朝食を食べないから貧血とか思ったでしょ?

 言っておくけどね。食べられないのよ。喉が通らないと言うか、美味しいって感じないの。

 仕方が無く、ご飯を喉に流し込む様な感覚、わかる?


 それに、月経。この量も何時も毎月酷いんだから。

 夜用を毎日何回も変えなきゃいけないの。病院で貧血の注射をしてもらって、ちょっと良くなったかな?って思ったら先月より酷いし。お腹も痛くて仕方がない。

 内臓を両手で捻じられた様な痛みが常日頃襲ってくるのよ。分かる?


 ――ま、アレです。月経が辛いって女の子の気持ちを少しでも理解してくれれば、それでいいです。



 そんな身体の私は、いつも通り。フラフラで会社に向かった。

 それで、電車を待って駅のホームで立っていたんだけど。


 ああ、ソウ。急に酷い立ち眩みがして、倒れたんだった。

 最後に覚えているのは、周りからの悲鳴。それから、電車の凄い音。


 それが、私。■■■■の最後の記憶。


 次に目を覚ましたら。

 いや、ふと気が付いたら。あのお城の広間に居たって訳だ。


 ――……。


 ちょっと待って欲しい。


 ◇


 私は、「私」の記憶を呼び起こす。


 私の名前はジュリアンナ・フランソウワーズ。

 この国、マリーローズ大国の宰相の娘である。

 気位が高くて、我儘に見えて、しかし根が真面目で。

 誰よりも未来の皇太子妃を目指して、努力していた女の子である。歳は16歳。


 うん、知っている。だって、私だもの。

 私が体験してきた「彼女」の一生だもの。知っている。


 うん。私?私が、私は――……。


 「私は、ジュリアンナ・フランソウワーズ……?ジュリアンナ!!?」


 ここで、私の意識は完全に覚醒した。


  ◇


 「うそ、うそでしょ!?嘘よね!!!」

 大きくて広い部屋の中、私は一人で叫んでいる。

 正確に言えば、部屋にある鏡の前で。鏡に映る。美女を目の前にしながら。


 私の目に映るのは、ウェーブの掛かった銀髪に。卵型の小さい顔。

 鼻筋の通った小さい鼻と、ピンク色の形の良い唇。そして、瑠璃色の大きな瞳を合わせ持つ。可愛らしい少女だ。

 これが、自分だなんて誰が思えよう。

 肌はすべすべで、青白くて。胸が大きくて括れがある。凄い美人。目の前にハリウッド女優が飛び出してきた感覚。


 何度も言うが、コレが私だ。

 正確に言うとジュリアンナ・フランソウワーズ。

 

 「何よコレ!どうなっているの!」


 ただいま、こうして騒いでいるけど。

 実は意外と頭の中では冷静であったりする。


 ここで、もう一度、私は私を紹介しよう。

 私はジュリアンナ・フランソウワーズ。家柄省略。

 このマリーローズ大国の第一皇子の元婚約者。


 かの有名な、乙女ゲームシナリオライター。『本堂美奈子』氏が手掛けた。

 乙女ゲーム「悪役令嬢で追放されちゃいましたが、追放先の農家でイケメンたちに溺愛されて困っちゃいます」

 略して「悪役農家」のメインヒロインである。


 もう一度言う?

 ―― メインヒロインである。


 ゲーム的の内容的には、よくある悪役令嬢ものの「ざまぁ」展開のあれで。

 気が強くて、でも実は根が真面目で頑張り屋の主人公ジュリアンナが悪役として追放された先でイケメンたちに、モテまくるストーリーのアレで。

 私は今、そのゲームの正にメインヒロイン、ジュリアンナその人である。


 つまり、簡単に言おう。

 私は、今人気の悪役令嬢が奮起するゲームの、最後は皆から溺愛される「悪役令嬢ヒロイン」に、今流行の転生してしまったって訳だ。



 ――なんだよソレ。ややこしいな。転生するなら普通の悪役令嬢にしろよ。自分で困難乗り越えさせてよ。

 展開決定しちゃっているじゃん。「ざまぁ」決定しちゃっているじゃん。楽しくないよ!

 この先待つのはイケメンたちとの「あはは、うふふ」じゃないか。


 「つまらない!そもそも、このゲームでは推しが居ないのよ!!」


 と、私は多分、幸福を手に入れた訳だが。こうして、あらぶっている訳であります。

 いや、だって。展開決定しているモノ。この先ジュリアンナが待っているのはハッピーエンド。

 ソレは良い。この子は頑張って来たもの。


 正直、皇子なんて好みじゃなかったのよ。ジュリアンナ。


 未来の皇太子妃。国の母って重荷だけで苦労して来たの、この子。

 字の書き方、発言の仕方、作法、歴史、歌、詩、ダンス、ピアノ、裁縫、人との接し方に。皇太子妃の在り方。上げたら気が遠くなるほど、この細い身体に寝る間も惜しんで、叩き込んできたのよ。


 それがポッとでの、男爵令嬢に「皇太子妃」取られちゃって、国外通報よ?

 人並みの幸せは手に入れなきゃダメでしょ?


 ゲームではアレだから。

 攻略対象は隣の国の皇子……ぐらいしか覚えてないのだけど。イケメンぞろいで。ハッピーエンド確実だから。ジュリアンナ幸せだから。攻略対象覚えてないのだけど。


 と言うか、コレ。コレが問題なの。私、このゲームやったけど「ジュリアンナ」のお相手の攻略者たち覚えてないのよ。

 分かるのは隣の国の王子様ぐらい。黒髪で、釣り目のクールで優しい皇子様ただ一人。一応私の推しだった人だ。


 ――推しいるじゃないって?違う、違うのです。

 黒髪釣り目のクール皇子は確かに私の推しなんだけど、「ジュリアンナ」の好みじゃないのです。


 何と言いましょうか、多分前世を思い出した私なのですが。

 何分私とジュリアンナじゃ性格から好み迄大きく違いまして。


 いいえ、私にはジュリアンナですよ。ジュリアンナですとも。この16年の記憶がある訳で。でもその。ジュリアンナの記憶以外に、生前の私の記憶も呼び起こされて染みまして。こう。


 まるでそう、二つの人格と記憶が、私の中に入り込んでいるような、ややこしい感覚なのです。

 私の事なんて思い出さなければ良かった。


 だから、「ジュリアンナ」は日々を頑張って来たのは、分かるし。彼女の事なら1から10まで全て分かっている。受け入れる事が当然、自分だから出来るのだけど。私は、私で。

 いや、今は何方かと言うと、ジュリアンナ寄りで――。



 ああ、ややこしい!

 もういい、大体は私だ!ジュリアンは私。これで良い!



 ただ――……1つ。問題があるのよ。

 大きな問題、それは。ジュリアンナの異性の好み。

 これ、ちょっと無理があるのよ。だって――


 「いや、だって、ジュリアンナ。好みのタイプって、幼いころに苦労してきて心を中々開かない黒髪黒目の暗殺者じゃない!いないわよ!色は同じよ!皇子様で我慢して!!」


 ――これ!コレなのですから。絶対に無理なのです。

 昔見たロマンス小説を見てから、心に留めている「彼女」の理想の男性図が「ファンタジーありえない」のです。

 なので、私は頭を抱えます。


 生前の私としては、隣国の皇子で良いんだけど。

 「ジュリアンナ」には幸せになって欲しくって、出来る限り彼女の望みを叶えてあげたいと言うか。私がジュリアンナと言うか。

 いや、この独特な個性の人にしか、多分「この子」ときめかないって言うか。


 もう本当に面倒くさいな!

 今はジュリアンナ寄りだから、皇子様好みじゃないんです!


 「ていうか!ゲームで全然攻略対象者になびかないヒロインだなって……思っていたけど。そういう裏設定があったのね!そりゃなびかないわよね!暗殺者じゃないもの!皇子様達可哀想!!暗殺者なんて苦労するだけよ!!!」


 ――……と、言う事で。私はもう一度、頭を抱えるのである。



 ◇



 「ええ、ええ。落ち着きなさい


 鏡の目で、私は何度も呼吸を整える。

 あれから30分。私の心は大分落ち着いて来た。

 鏡の前で、銀髪美女の顔を見つめながら私は本日何度目かの、自身についての整理を口に出す。


 「私の名はジュリアンナ・フランソウワーズ。宰相の娘。皇太子の元婚約者。それで、『悪役農家』のヒロインであり。転生を果たした地球日本のOL……と。ええ。納得出来ましたとも」


 状況整理出来たことを、口に出す。

 我ながら、何とも大雑把で支離滅裂だとは思うが。事実と言うモノ。受け入れがたいが、受け入れるしかない。

 あの後、頬を引っ張ってみたけれど、痛かった。夢ではない。


 私は本当に転生とやらをしてしまったらしい。

 人生って不思議ね。


  ―― どんどん。


 そんな私の苦悩も知らず、部屋の扉が叩かれた。結構荒々しく。

 いや、倒れた女性。それも宰相の娘がいる部屋を、だぞ。

 そんな馬鹿みたいに荒々しく叩くのは、1人しか思い浮かばない。


 そして、その人物は私の承諾も得ずに、当たり前の様に扉を開けて入ってきた。


 「ジュリアンナ!」


 声を荒げて、はい。入ってきましたのは、金髪モブ皇子様。

 名前は言い忘れていましたね。アーノルドって名前です。

 そんなアーノルド殿下は、ずかずか無遠慮に私に近づいてくるのです。

 

 「貴様!あんなところで倒れて、悲劇のヒロインでも演じたつもりか!信じられない!」


 ふむ、信じられないのは、私の方なのだが。

 倒れた少女に対し開幕一発目が、その発言とか。笑えないんですけど殿下。

 いいえ、悲劇のヒロインとか。真面目な顔で言わないで欲しい。


 「ユーリに謝れ!お前なんかより、ずっと酷い目に合っていたのだぞ!」

 

 え?なんで?どうして、そのセリフに入る?私、スキップでも押しちゃった?

 「あんなところで」→「ユーリに謝れ」?文章が繋がっていませんが、殿下。

 前々から思っていたのですが、貴方。おつむが弱いのではなくて?


 この「悪役農家ゲーム」。開始が断罪イベントからだから。あなたの性格とか知らないのですが。

 それで国王やっていけます?かの有名なフランス王家の人々だって、教養は真面目にやっていたわ。――多分。

 

 ああ。まって。

 いえ、違ったわ。幼馴染ですものね。知っているわ。貴方の事なら。


 殿下は「国語」が弱いんでしたね。あと「道徳」も。


 きっと頭の中で、言いたいことが定まっていなくて、ごちゃごちゃになっているのね。

 だから、勢いで取り敢えず、文章を並べ立てているだけなのだわ。

 気持ちはわかるわ。私もさっきまで、そうだったもの。


 可哀想だし、どうせ「ユーリに謝れ」しか言わないだろうから。私は黙っていよう。

 そうと決まれば、殿下の戯言を聞き流しながら。私は改めて殿下を見上げる。


 「――……!!じゅ…!!の……!!!!!」

 ――こうしてみると、確かにイケメンだけど。攻略対象と比べたら、まあまあね。

 金髪だし、垂れ目で色は瑠璃色。

 残念。「ジュリアンナ」の好みには程遠いわ。


 「きい……か!!……アンナ!!」

 きっと黒髪でも彼女は惹かれもしなかったでしょうね。

 ゲームの人気キャラランキングでも、下から三番目でしたもの。

 「ユーリ」に負けていたもの。貴方も「ユーリ」もこの、断罪イベントで一回きりしか出て来なかったのに。



 「ジュリアンナ……?……い!……よ!!!」

 でも、今思えば。謎に「ユーリ」は人気高かったわよね。

 一応ヒロインから婚約者を掠め盗る役柄だったからか。無駄に美少女に描かれていて。

 ジュリアンナに次ぐ美少女だった。


 ――でも、残念よね。

 爵位家柄が男爵令嬢なんですもの。

 彼女、王妃としての教養。ちゃんと身に付けているのかしら。

 爵位があまりに違うわ。


 私は未来の王妃の為に、幼いころから。

 ありとあらゆる有名で厳しくて、けれど立派な家庭教師の元。王妃の何たるかを、学んで来たわ。

 莫大の資金と時間を使って。ソレが出来たのは、父の「宰相」って仕事と。「公爵」って爵位のなせる業。


 それが、4つダウンの「男爵」よ。

 勿論貴族としての、最低限の教育は受けているだろうけど。

 教育を受けた身で言うけれど。「王妃教育」は、流石に無理があるのでは?


 その、言い方は悪いけれど。この国に側室制度が無いから言うけど。

 「愛人」は兎も角、「王妃」は厳しいのでなくて?

 それほどなのよ、「国母王妃」としての教育って。


 いえ、でも。野心は十二分。

 男爵から王妃の座に収まるのですもの。

 腹黒さと、計算の速さは、ずば抜けて高いと思う。


 かの有名な、ベルサイユのデュ・バリー夫人のようにね。

 結果。未来的に、あの惨劇に陥らなければ良いのだけど。



 「おい、聞いているのか!」

 「え、あ、はい。申し訳ありません」


 ユーリ嬢の事を考えていると、肩を掴まれた。

 それも手加減なしで思い切り。思わずと、我に返り頭を下げたけど。


 殿下。婚姻も結んでない、婚約者でもない。赤の他人の乙女の身体に触れるのは、イケない事でなくて?

 これで、痣とかできたら、どうするおつもりなの?そもそも、セクハラですし。


 ―― と、喉まで出かけていたけれど我慢をいたします。


 ふと、気が付いたわ。

 顔を上げれば、部屋の出口。ユーリ嬢が覗き見ているわ。

 口元にファーの付いた扇を当てて。どこで買った?いいえ。


 のぞき見は、王妃として在ってはいけない事よ。

 凄い険しいお顔だけど、ご安心を。興味ないわ、この皇子。


 「ジュリアンナ!いい加減にしろ!」

 また、名前を呼ばれる。

 いや、違う。急に頬に鋭い痛みが走ったのだ。

 思わず手を頬に当てる。


 ――平手打ちされた。

 ソレに気が付くまで時間が掛かった。


 きっと、我ながら間抜け面で呆けていたでしょうね。

 私は皇子を見上げる。


 まあまあイケメンの勝ち誇った顔。私を見下す瞳。

 え?この皇子。本当にヤバくない?

 後ろの愛するユーリ嬢だって、之にはドン引きするのでは?


 あ、ガチで引いてる。

 みて。見て皇子様。愛らしい顔が歪み切った顔で貴方を見ているわよ。

 早いわ。愛に亀裂が入りましたよ、今。当たり前よね。目の前でDV見せられているのだもの。



 「前からお前は生意気が過ぎたんだ!」


 女性陣私達の事なんて気にも留める事無く、モブ皇子が続ける。

 勝ち誇った、何故か正義感面で。

 あんた。何もしていない、ちょっとばかし話を聞かなかった女性に対して、手を上げるの?

 思考が昭和?昭和なの?


 「俺よりも優秀だと、父上はもてはやすし。母上はお前を見習えと口うるさい。男の俺が、女のお前から何を学べと言うのだ!――何が時期、賢母だ!女分際で腹立たしい!」


 ――『道徳』よ。一年生から始めなさい。


 「毎日口うるさくて、王がなんだとか本当にうるさくて、たまらなかった!!」


 ―― あと、『国語』ね。

 毎日、城下で遊び歩いてたら、婚約者は怒ります。普通。ましてや次期国王よ。


 女遊びも激しかったけど。そこは目を瞑ったわ。モデルの時代は1800年前のヨーロッパ。

 貴族達には愛人が当たり前で。むしろ婦人たちも興じていた時代。


 ―― ベルサイユの時代です。


 皇子も昔から私に興味も無いようだったし。

 ましてや愛のない結婚。私の教育係も目くじらを立てるなと、教えてくれたし。

 そう言う時代だと、割り切るしか無かったわ。


 「ジュリアンナ」自体は愛人嫌いで。

 昔から愛人制度廃止を掲げ、国母だけを目指していたのだけど。


 それも、気に食わない要因の一つだったのかしら。

 いや、もう何でも良いのだけど。もしこの皇子が王じゃ、愛人廃止は無理だったと思うわ。


 「なにが、真に愛ある結婚を、だ!愛人廃止だ!気持ち悪い!思い上がった女め!」


 ―― 後ろを、ご覧あそばせ。貴方の真に愛するお方が居てよ。

 えっ?それはつまり、ユーリ嬢に対して「浮気します」断言で宜しいのかしら。

 言っておきますけど、貴方の御母様も廃止を進めていらしたわよ。


 ぶっちゃけ。私手伝いましたから。

 来年には無くなりますよ。愛人禁止は法律の一つになりますよ?



 「そもそも!」


 呆れ果てる私に気が付かないまま、皇子が吠える。


 「お前みたいな、デブは大嫌いなんだ!!!」



 ―― ああ?


 一瞬にして、私の頭が真っ白に染まった。

 この男。今、なんて、のたまいました?


 「デブ」?

 

 私は自身の身体。「ジュリアンナ」の身体を見た。

 折れてしまいそうな括れ。折れてしまいそうな腕。

 ――いいえ。細すぎる、この身体。


 多分、45キロも無い。この軽すぎる身体。

 大きな胸を皇子貴様に指差され「デブ」と罵られてから、必死になってダイエットをした、この身体。


 「ジュリアンナ」が唯一、コンプレックスを抱えていた。

 でも、もう十二分すぎるほどに、頑張り過ぎた、この細い身体を指差して。


 ―― この男は懲りずになんて、宣いましたか?

 もう、朝に食事も真面に取れなくなるほど、貧血に苦しんでいる「彼女」に向かって。え?なんて?

 頭が真っ白になる。いえ、怒りで顔が熱くなっていく。


 「なんだ!泣くつもりか?本当の事だろう!その体系で国母とは、実に笑わせる!」


 わなわな震える私に、馬鹿が続けざまに暴言を叩きつけてくる。

 この男。アレだ。

 体重40キロ以上ある女は、女として見るつもりもない。そう言う類の男だ。

 

 転生前でも思っていたけど、なんて戯言を述べるのだろう。

 平均体重、調べたことある?馬鹿げた理想、押し付けないでくれる?


 女はね。子供を産むために。子孫を残すために貯蓄出来る身体になってんのよ。

 次世代につなぐために、この身体は出来上がってんの。

 腰振って終わりの皇子あんたとはね、根本的に造りが違うのよ。


 ま。そりゃあ、自分の意思で細くありたいと言うもいるでしょうね。

 でも、それは。個人の自由よ。自分で決めた事よ。あんたの為じゃないわ。


 女は40キロが当たり前?理想の体型?

 ――男の下らない願望、押し付けてんじゃないわよ。


 私は、拳を震わせる。

 頭では、勿論いけないと分かっている。冷静に判断している。

 でも、我慢できなかった。


 考えてみれば、私はこの後追放されるわけだし。

 どうにもなれって、考えだったのだと思う。


 皇子は目の前。

 だから、この皇子の胸倉に手を伸ばす。


 「ふざけんじゃ、ないわよ……」

 ぽつり、言の葉を零して。


 「筋肉もろくにないデブのボンボンが!!!婚約者としてコレだけはくれてやるわ!!あんたの子孫なんて、産まれない方がましよ――!!!!!!」


 思いっきり、右足を振り上げたのである。

 皇子の、足の間を、もうそりゃ一ミリのずれも無く、狙って。

 ―― うん、潰す気持ちで。


 痛みになれていない皇子様ですから、悶絶する事でしょうね。

 いいえ。気を失ってしまうかも。この後、直ぐに私は逃げた方が良いでしょう

 もしかしたら、捕まって処刑かも知れないわ。でも、我慢できなかったのです。

 

 最低ですけど、不能になれば良い。心から思っていましたから。


 国には妹君の王女様が居ます。良かったことに現王は愚王でもないし、問題ないでしょう。

 いや、だって。私、皇子には時期国王は無理って度々進言していましたから。


 国母を目指していた「ジュリアンナ」が、です。

 「皇子には国王は重荷過ぎる。国が亡ぶぐらいなら、わたくしは国母を辞退したい」

 そう、申告していましたから。


 場合によっては、妹君に譲るべきだと、皇子の母君も申していましたし。

 国王は絶対にお許しにはならず「ジュリアンナ」は不思議がっていたけど。


 今、私になって分かります。

 「ジュリアンナ」が次期国母であったから、ですよね?

 惜しかったんですよね、この才能を手放すのが。


 でも、言って下されれば。

「ジュリアンナ」は妹君の教育係として、その人生を捧げる事は致したのですよ?

 彼女は、この国を心から愛しておりましたから。



 だから、これはその「ジュリアンナ」を裏切り。

 この世の女性全てに冒涜を吐いた。

 殿下への、ジュリアンナからの、三下り半と御思いくださいまし。



 「ジュリアンナ」も喜んでいるのが分かります。


 テメェに一泡吹かせる事が出来て、国の存続が続くのであれば。

 謹んで、処刑でも追放でも御受けいたしますと、微笑んでいましてよ。



 あ、そうだった。私は最後にユーリ嬢を見る。

 彼女はどうするのであろう。

 きっと彼女が欲しいのは王妃と言う立場。こんな奴で、もう仔を成せないかもしれないけど。


 彼女はまだ、この皇子を愛すのだろうか。王妃であり続けるのだろうか。


 それはそれで、将来有望なお嬢様だ。


 出来れば、その心意気を真っ当な方向に向けて欲しい。

 腹黒でも良い。「国母」として、その身を捧げてくれるのなら。

 「ジュリアンナ」の不安は完全に無くなるでしょう。


 ユーリ嬢の顔が見える。

 すごく引いてる。私の行いじゃなくて。ドン引いて、皇子を見ている。

 


 ゴミくずを見るような目で、ゴミ溜めを見るような視線を送り続けている。

 ま、当たり前よね。あんな女性差別発言をしたのだから。

 王妃の座を捨てなくても、この男には愛想を尽かしたのでは?



 ん?いえ、まって。

 私は、少しだけ疑問に思う。

 汚らわしいものを見下す目。


 ―― 貴女。ちょっと、ドン引き過ぎでなくて?



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