(5) アクション映画のように
「もしもし、野上です」
「おはようございます、東堂です。今、アパート前の駐車場にきました。見えますか?」
言われるがまま、そっとベランダのカーテンを開けた。
正面に見える専用駐車場に見慣れない白の乗用車が一台停車している。運転席と助手席に座っている二人の男性は、私の姿を確認すると小さく会釈をした。
「はい、見えました」
「もう一台、別の場所で覆面を待機させています。この後、予定通りに出勤してください」
「わかりました。よろしくお願いします!」
通話を切り、テーブルの脇に置いてあったバッグに荷物を詰めていく。今日で全てが終わるはずだ――そう安堵する反面、微かな不安も残っていた。
こういう万全な時に限って現れないことがある。以前、あの車を確認してもらおうと佑君に迎えに来てもらった時も、その日に限って現れなかったことが何度かあった。
せっかく刑事さんが来てくれたというのに、もしこれで現れなかったら申し訳なさすぎる。
「もし失敗したら、自信過剰の勘違い女って思われるのかな……」
こぼれた独り言に不安が冷や汗のように背中に滲んで、仕度をする手が止まった。外に出たくないという思いが唐突にあふれ出したものだから、私は慌てて大きな溜息をついた。
「いやいや! ここで怯んでどうするのよ。今日で全部終わらせるんだから!」
不安を吹き飛ばすように自らを奮い立たせ、いつものように荷物を持って部屋を出た。
緊張で震える手を押さえながら戸締りをし、一歩ずつ確かめるようアパートを出た。駐車場に停車した乗用車にちらりと目をやり、乗車している刑事さんを確認した。
最初に目が合ったのは運転席に座っている黒縁眼鏡の刑事さんだった。体つきは服の上からでもわかるくらいにがっちりしているが、どちらかというと童顔で可愛らしい顔をしていた。
目が合った瞬間、助手席の刑事さんは私の姿を確認するだけだったが、運転席の刑事さんは「大丈夫ですよ」と背中を押すような眼差しと一緒に、力強く頷いてくれたところを見ると、たぶん彼が東堂さんだろうと何となく感じた。
二人に見送られながら、平静を装ってゆっくりと通りへと出た。人の気配も車のエンジン音も聞こえない早朝の通りが、いつになく静かすぎるような気がして焦りが滲む。
「いつもなら、家を出て一分くらいであの交差点から曲がってくるんだけど……お願い、今日だけは現れてよ!」
そんなことをぶつぶつと呟いていた矢先、まるで絵に描いたようにあの黒い車がスーッと滑るように交差点から現れた。普段は見る度にとゾッとしていたが今日だけは違う。まんまと現れてくれたことに歓喜と興奮すら覚えるほどだった。
不安が取り払われてしまえば、私の足取りも自信と力強さが漲った。気づかないふりをして通りを進んでいくと、黒い車は横を通りすぎる時に一旦減速し、私の姿を確認してから再び速度を上げて走り去った。それから数秒も経たない内に、アパートの駐車場に停まっていた刑事さんの車がすぐさま黒い車を追いかけて行った。それと同時に、正面にある交差点の左道路からシルバーの乗用車が現れ、コンビニの方へ向かって走っていった。おそらく、それが東堂さんの言っていた覆面に違いない。
「とりあえず、これでいいんだよね……? それから、このままいコンビニに行けばいいのね」
肩にかけたバッグの紐を握りしめたとたん、自然とため息が漏れた。
黒い車が現れたことで計画が順調に進んでいると安堵しながらも、思っていた以上に緊張していたのだろう。気が付けば心臓がドクドクと脈を打ち、息苦しいほどには息も上がっていた。
東堂さんの計画を遂行するため、いつものようにコンビニへ立ち寄った。
店内に入ってカフェラテを買い、親しくなった店長のおばちゃんと世間話を数分かわしてから外へ出た。すると、まるでどこかで見張っていたかのように黒い車がゆっくりとコンビニの駐車場へと入ってきた。
真っすぐこちらへ向かって直進してくる車を目にし、さすがの私もそこから動けなくなってしまった。
私の行く手を遮るように入口正面の駐車スペースに停まった直後、追ってきていた警察の覆面二台がコンビニの駐車場へ現れた。一台は黒い車の正面付近、もう一台は背後へ素早く回り込み、キキーッとけたたましい急ブレーキ音を轟かせて停車した。
そのドライビングテクニックはもちろん驚かされたが、二台の素早い連携プレーにも圧倒された。瞬きをするほんの一瞬の間に、警察の車は黒い車が逃げられないよう進行方向を塞ぎ、後退できないよう退路をも絶っていた。この一瞬の光景はアクション映画を見ているかのようだった。
それから間もなく、二台の車から四人の刑事さんが飛び出して黒い車を取り囲み、東堂さんが運転席へ近づいて窓ガラスをコンコンと静かに叩いた。
「すみません。少しお話しを聞かせていただきたいので、ゆっくり出てきてもらえますか?」
フロントガラス越しではあったが、黒い車の運転手が困惑しているのがうかがえた。その隙に東堂さんは「行ってください」と私に目配せをした。驚きと困惑を抱えたまま、私は促されるまま職場へと向かった。
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