(4) 作戦
ピーンポーンピンポンと、特徴的なチャイムが部屋に響く。それが佑君だとわかった瞬間、強張っていた体がふわりと柔らかく解けたのが手に取るようにわかった。
気持ちは笑顔で出迎えたかったのだが、数時間前に起こった奇妙な出来事の後だったせいか、どうあっても表情は硬くなる。苦々しい顔をして玄関のドアを開けたせいか、外に立っていた佑君は一瞬驚いていた。
「ごめんね、急に呼び出しちゃって」
「そんなの気にしなくていいよ。ちょうど仕事も片付いたところだったからさ」
慣れた足取りで部屋にあがると、テレビ横に置かれた赤い座椅子に迷うことなくドカッと腰掛けた。そこが佑君の特等席でお気に入りの場所らしく、仕事で蓄積した疲れを全て吐き出すように大きく溜息をついた。
「そういえば、警察には相談したの?」
「うん、一応ね。とっても親切な刑事さんでね。明日の朝、アパートの周辺の見回りをしてくれることになったの」
「そっか、よかった! これで少しは安心できそうだね」
声を弾ませる佑君に、私は頷きもせずに押し黙る。反応が良くなかったせいか、何かあったのだと気づいたらしい。
「あんまり嬉しそうじゃないね?」
「うん、ちょっと気になることが増えちゃって……」
どう打ち明けるべきか言葉が見つからず、説明もなしに届いた封筒をそのまま佑君に渡した。封が切られたフワフワに膨らんだ茶封筒を手に、佑君はそれを見つめたまま固まっていた。
「封筒?」
「中、見てくれる?」
どうぞ、と手を差し出して促した。
状況が理解できないまま、佑君は渡された封筒を恐る恐る開けて、そこに収められている例のアレをスルリと引っ張り出した。団子状に詰め込まれたそれは、一つ引っ張り出せば芋ずる式に飛び出し、胡坐をかいた佑君の太ももあたりに散乱した。
それが何であるのかは一目見ればすぐに理解できる代物だ。佑君は目が飛び出るのではないかと思うほど目を丸くして仰け反った。
「うわっ! なにこれ、やば。俺、こんなの初めて見た……」
「それ、ポストに入れたの、佑君だったりしない?」
私がにっこり微笑みかけると、驚いていた佑君も柔らかく笑って、互いにヘラヘラと笑いあった。もちろん、それが佑君の仕業ではないことは頭のどこかで理解しているし、佑君も私の願いがそうであってほしいということには気づいていたはずだ。
「俺、こんな趣味悪くないよー」
「はははっ、だよね。佑君がサプライズで入れてくれたって思った方が、気が楽だったんだけどな」
「えっ、さまか……あのオッサンが入れたとか?」
私はこくりと頷きつつ、確信がなかったから首を捻った。
今までの経緯から考えても、その可能性は十分に高い。むしろそれ以外に思い当たることがなかったのだ。
「宛名は私なんだけど差出人がないし、この消印も絶対におかしいでしょ? たぶん、玄関の郵便受けに直接入れたみたいなの」
「消印? うわっ、本当だ! この消印、ただのスタンプじゃん」
驚きながらも、それがあまりにも珍妙で雑な作りだったせいか、さすがの佑君も笑い出してしまった。状況的には真剣に話さなければならない事態ではあるのだが、こうも手作り感満載ですぐにバレるようなことをしれっとやられると、なぜか笑えしまうのだから不思議だ。
中身よりも封筒の仕様に呆れながら話していると、会話に割って入るように私の携帯が鳴りだした。着信はオビロ警察署からだった。
「もしもし、野上です」
「オベリ警察署の東堂です。今朝の見回りの件でお話したいことがあるのですが、今お時間よろしいですか?」
「はい、大丈夫です」
佑君はすばやく手を伸ばし、スピーカーに切り替えて携帯を食い入るように覗いた。室内の空気に緊張が漂って、思わず正座をしながら携帯に向き合っていた。
「今朝の見回りで、お教えいただいた車が何度も周回しているのを確認しました。私以外の刑事にも別の場所から確認させましたが、野上さんの後をつけていることは間違いないという判断になりました」
「えぇぇ……そう、だったんですか。それじゃ、この郵便物もその人が?」
「郵便物? 何かあったんですか?」
「実は……」
東堂さんに相談した後に起こった封筒投函の経緯を一つずつ説明した。
私の勘違いではなく、あの車の男が後をつけていたという事実が判明した以上、投函された封筒も無関係ではない。何かが起こる前に対処するには、どんな些細なことでも東堂さんと情報を共有しておかなければと、気づいたこと、起こったことの全てを打ち明けた。
「差出人が書かれていないので、断定はできないんですけど。タイミング的にそうだとしか思えなくて」
「可能性はあるかもしれませんね。それも含めて明日の朝、あの車の運転手に話を聞こうと思っています。野上さん、ご協力をお願いできませんか?」
そう切り出した東堂さんは、明日の朝に決行する計画について話してくれた。
まず私がすることは、車の男に気づかれないよう何もしらないふりをし、いつものようにコンビニへ向かうこと。つまりは囮になるということだ。
東堂さんを含めた複数の刑事さんが張り込んでいることを知らない車の男は、当然いつものように私が家を出たことを確認し、コンビニまであとをつけてくるはず。そこを刑事さんが押さえて事情を聞くというものだった。
「わかりました……私は何も知らないふりをして、いつものようにコンビニに向かえばいいんですね? 他にすることはありますか?」
「それだけで十分です。我々は二台の覆面で野上さんの後を追いますので、心配しないでいつものように出勤してください。それでは明日、よろしくお願いします」
通話が切れ、携帯の画面は暗転した。明日、全てに決着がつく――そう思うと携帯を握りしめる手に力がこもった。
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