第19篇 生きたいわけじゃないんだよ

「死にたいなんて言うくせに、この世に未練があるの?」

からんと目の前に落ちたナイフに目を奪われた。


未練なんてない

そんなものあるわけがない


いくら頭をひねっても、私を必要とするものなんてない。



「怖くないって言うくせに、私の目を見るの?」

つるりとした画面の中に、腐った両目が光っていた。


見てない

見るわけがない


目を見るなんて、そんなことできるはずがない。



「死ねないくせに、目も見れないくせに、今ここにいるならさ、」

「生きたいんじゃないの?」

真っ暗な顔が、平然と見下ろしてきた。


生きたくない

生きたいわけがない


それは本音だった。まぎれもない本音だった。



「じゃあ、なんで」

「死なねぇんだよ」


私が死なないのは、生きたいからじゃない


「怖いのかよ」


怖いんだよ!



死なねぇのは、

生きたくないのに死ねないのは、

怖いんだよ


体が裂ける痛みも、降りかかる怒声も、迷惑そうな顔も、

何もかもが、怖いんだよ


生きるのも、死ぬのも、怖すぎるんだよ――――

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詩まとめ 榎木扇海 @senmi_enoki-15

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