第18篇 幸せの器
わたしは、いじめられたことがありません。むしろ、いびつなわたしを受け止めてくれる環境にあります。
わたしには、清潔で頑丈な家と、優しくてにぎやかな家族と、あたたかいごはんと、勉強も趣味もつまらないことさえできる時間があります。
家族は私を褒めてくれて、叱ってくれて、愛してくれます。撫でることと抱きしめることはしますが、叩いたり怒鳴りつけたりはしません。
県で何番めかの高等学校に通わせてもらっています。成績は中の下くらいです。部活は人が少ないですが、皆仲良しでおだやかです。
好きなことに浪費できるお金があります。お小遣いと言った勉強道具もあるほどです。
美人などではありませんが、目を引くほど不細工でもありません。
身長は平均ちょい上くらいです。体重も同じくらいです。健康で丈夫な体で、骨折したことさえありません。
戦争やテロリズムとも縁遠い国に住んでいます。青く澄んだ空の下、整備された平らな道を歩いています。右を見ても左を見ても、生き物の排泄物や死骸はひとつもありません。
水はどこでも透明で、新月の夜でも闇に苦しむことはありません。
わたしは生きていくのに何不自由ない暮らしをしています。
友達はいませんが、挨拶を交わすくらいの相手はいます。
好きに笑うことができます。
好きに泣くこともできます。
好きに怒ることもできます。
わたしはおおきなおおきな幸せの器の中にいます。
おおきなおおきな幸せの器に背を預けて、この大いなる幸せに、わたしはあまりに不相応だとつぶやきます。
おおきなおおきな幸せの器を創られた、たいそうたいそうお偉いお方を、余計なことをしたとののしります。
おおきなおおきな幸せの器で寝転びながら、もっと小さくて、すぐにあふれだしてしまう、もろい器がよかったと叫びます。
おおきなおおきな幸せの器にしがみつきながら、たいそうたいそう小さな器からこぼれおちてゆく何千何万といういのちを見て、妬ましいと言うのです。
ああ、なんて矮小で 貧弱で 醜悪ないのちなんでしょう!
こんないのちは、ひとさしゆびで潰して、フッと吹き飛ばしてしまえばいい!
そんな空想を抱き、お偉いお方のすねにしゃぶりつくわたしは、おおきなおおきな幸せの器のことを、心の底から憂うのです。
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