第43話 ターニャ覚醒


「俺の能力は、はじめは石っころを動かす程度のものでしかなかった。だがな、細井にもらった魔石の力でレベルアップしたんだぜ!」


 増山は自慢げにそう話しながら左手で魔石を見せつけてきた。それはつまり細井にもらった魔石の力がすごいということだ。


(おれの姿が視えなくても能力をターゲッティングできるのか……心の声も聞こえてる)


 なるほど、姿は見えなくても第六感のようなものでおれの気配を捉えているようだ。おれの能力が実体を消して透明になれるレベルにアップしたように、増山の能力もそれに対応できるようになったということだろう。


 透明化できることを知っているということは、誰かに聞いたことになる。流れからすると細井だろう。だがなぜ細井がおれのことを知っているのか。


「ぐはっ!」


 その時、体に激痛が走る。増山の顔に憎悪がこもっていた。


「フフフ、このままお前の体を締め上げて殺してやるぜ!」


「涼介! 大丈夫!?」


 何が起こっているかわからず、側で呆然としていたターニャが異様な雰囲気を察して声をあげる。


「おっと、小娘の方も捕まえておかないとな!」


 増山が持っていた魔石をポケットにしまい、左手をターニャに向かってかざす。


(ターニャ! 逃げろ!)


 おれは声にならない叫びをターニャに向かってあげていた。


 ──その時、隣にいたターニャが動き出すのが横目で見えた。


 ターニャは一足飛びで、通りの建物の壁まで体を運んだかと思うと、次の瞬間には増山の背後に回り込んでいた。


(すごい! 早い!?)


 増山の背後に回り込んだターニャは彼のポケットに手を伸ばし、何かを抜き取った。そして左右にフェイントを入れながら増山を翻弄すると、左足の蹴りを彼の腹に叩き込む。大ぶりの蹴りだが、増山はいとも簡単にそれを喰らい吹っ飛んだ。


「ぐほぉああぁ!」


 増山が吹っ飛んだことにより、おれの体は自由になった。おれは透明化した状態のままで増山に向かって走り出す。


「これ、もらったよーん」


 ターニャは増山のポケットから奪い取ったであろう魔石を見せつけていた。


「ナイスだ! ターニャ!」


「か、返せ!」


 すると増山が起き上がり、おれとターニャに向かって反撃しようと両手をそれぞれに向けてくる。だがその念力は双方に通じなかった。ターニャの動きは早すぎておそらく追いきれないためだ。そして、魔石を失った増山に透明化しているおれを捉えることはできないのだろう。


 増山の背後にターニャが回り込み、右の脇腹を蹴り上げる。そして、吹っ飛んだ増山におれが渾身のタックルを決めた。


 ドカ!


「ぐはあぁ!」


 増山は盛大に吹っ飛び、地面に横たわる。勝負はついていた。




 増山を縛り上げ、目隠しをした状態でいくつか尋問をしたが、何も答えようとしなかったため、そのまま兵士に引き渡した。


「ターニャ、すごいじゃないか。戦闘初めてじゃないんだな」


 おれは彼女の身体能力に度肝を抜かれた。


「まあ……、獣人族に生まれたら小さい頃から戦闘訓練はするからさ、男女関係なくね」


 ターニャは、戦えることを触れられたくないからなのか歯切れが悪い。さっきまで逆だっていた髪の毛も今は落ち着いている。


「それにこの魔石の効果は大きいかも。体が軽くなった気がする」


 どうやら、増山から奪った魔石がターニャの身体能力を強化してくれているようだ。


「とにかく助かったよ。君がいなかったらおれはダメだった。まさか透明化した状態で視覚以外で捉えられるなんて思わなかったし」


「まあ、ボクも本当はあんまり戦いたくないんだけど、さ。涼介を守ろうと思って必死だったんだよ?」


 そう言って見つめてくるターニャの瞳を見て、おれはドキリとした。


「そ、そういえば、増山から獲った魔石ってどんなものなんだ?」


「これ? なんかすごいね。持ってるだけで力がみなぎってくるのがわかるよ」


 ターニャはそう言いながらも左手でしっかりと握りしめていた。おれは見たかったので、手を差し出したが彼女は渡してはくれなかった。


「そうそう、うちに久しぶりに寄っていかない? ナイトも寂しがってるよ」


 彼女は不自然に話題を変えたが、おれは快く返事を返した。




 ナイトは、おれたちが以前命を助けた猫だ。今もターニャの家で暮らしているが、その姿は日に日に大きくなっている。もう家の中で飼うのも限界なようで、外に小屋が建てられていた。


「ナイト、大きくなったなあ……」


 既に抱えられるほどの大きさではなくなっており、おれは開いた口が塞がらなかった。体長が1メートルほどにもなっているナイトの毛並みはとても高貴で、表情もどこか気品があり出会った頃の頼りなさも消えている。


「ナイト、お前すごいな。ライオンみたいになってるじゃないか?」


「涼介、ライオンって何?」


 隣でターニャが言った。そうだ。この世界にはライオンはいないのか。


「猫って言ったらもう不自然なくらい大きくなったよなあ」


 おれは、ナイトのアゴを優しくさすりながら、一人でつぶやいていた。ゴロゴロとノドを鳴らすナイトと目が合った瞬間だった──。


「そろそろ君を乗せられるようになるかもね」


「え?」


 おれはターニャの方を見ると、こちらを見てキョトンとしている彼女と目があった。


「え? 今の……」


「ターニャ、なんか言ったか?」


「ボクは何も、もしかして……ナイト……?」


「あれ? 喋ったの初めてだっけ。そっか、驚かせてごめんね」


「……」

「……」


「えええええええええ!!」

「えええええええええ!!」

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