第40話 雨宮の悪あがき


 常闇のダークネス旅団マフィアの一味を、ジュリアンが秒殺してくれたおかげでおれの出る幕はなかった。おれは終始透明化のまま状況を見守っていた。


 その後、一味のボスであるルチアーノをジュリアンが縄で縛り上げている時だった。椅子に縛られたまま倒れていたはずの雨宮がいつのまにか縄をほどいて立ち上がっていた。


「あっ……きゃっ」


 月見里やまなし美海みみの短い悲鳴が上がる。なんと雨宮は月見里の後ろに回り込み、彼女を抑えつけ首にナイフをつきつけていた。


「てめえら! ぜってー許さねえからな! オレをこんな目に合わせやがって!」


「リュウセイ! 貴様! その子を離せ!」


 ジュリアンが雨宮に向かって叫ぶ。しかし雨宮はすぐにこう返した。


「ジュリアン! 裸になって土下座しろ! そしたら考えてやる!」


「くっ、貴様……下劣なことを!」


「早くやれよ! ミミを殺すぞ!」


 おれは、これ以上見ていられなかったので、ナイフを握っている雨宮の腕を掴んでひねり上げた。同時に透明化が解除される。


「ぐわ! イテテテ!」


 グゴキッ!


 勢い余ってひねったものだから腕から鈍い音がした。そんなに力を入れたつもりはなかったのだが折れたようだ。


「ぐああああ、いてええ! だ、誰だてめぇ!」


 雨宮は折れた腕を押さえて座り込んだ。彼は左目が潰れているため、右目だけで必死におれを睨んでいる。


「この世界でははじめましてだな。おれのこと、わかるか? クラスメイトだが」


「てめぇ……影山……か? なんでここに」


「ずっと、近くでお前を見ていたよ。透明になってな。もう遅いが、反省するならこれ以上は手は出さないぞ」


「てめぇが首謀者か……ざけやがって! ヒッキーのくせによ!」


 雨宮は立ち上がると同時に、おれに向かって飛びかかってくる。冷静に顔面に膝を合わせた。


 グシャッ!


 雨宮の鼻が完全につぶれる音がした。


「グハ……」


 雨宮は白目をむいて、床に突っ伏した。


「これで終わりだな」


 おれとジュリアン、月見里は安堵した。




 その後、ルチアーノとその部下は国の兵士たちによって連行されていった。ついでに雨宮も。


 その晩のうちに、アジトで待機していた常闇のダークネス旅団マフィアの残党の掃討作戦が行われたようだ。これで一味は完全に壊滅だ。


 おれは月見里とジュリアンといっしょに、雨宮の部屋で話をしていた。サラとあとの二人の女性は既に帰っていた。


「カゲヤマ、今回のことは非常に感謝している」


 そう言ってくれたのはジュリアンだ。凛々しい顔立ちでおれに向かって言葉をかける彼女の姿からは、雨宮にゾッコンだった様子は想像がつかない。


「でもさ、透明のままミミたちの様子を探ってたなんて、あんたよく考えたら趣味悪いよね」


 月見里が痛いところをついてくる。


「まあそこは……勘弁してくれ」


「冗談冗談、助かったけどね」


「ところでカゲヤマは冒険者として登録しているんだろう? パーティは組んでいないのか?」


「ああ、一応ソロで動いてます。人づきあいが苦手なもんで……」


「そうか。よかったら固定パーティを組まないか」


「あー……えっと。ちょっと考えさせてもらってもいいですか?」


「ああ、いいぞ。今度返事を聞かせてくれ」


「わかりました」


 既に返事は決まっているが、この場ですぐには断りづらいので先延ばしにしてしまった。


「そうだ。月見里、他のクラスメイトの居場所を知らないか?」


「え、あー、細井だっけ? あいつなら見たよ。西園寺といっしょにいた」


「細井!? どこで?」


「二人が馬車に乗って王宮に入っていくのを見たよ」


「王宮……あいつらって仲良かったのか?」


「さー、どうなんだろね。教室で喋ってるところは見たことなかったけど。異世界こっちに来てからつるんでるんじゃない?」


 細井の動向は気になっていた。だが同時に思いもよらない名前が出たので困惑していた。


 その後、おれたちは軽く雑談した後で解散した。




 宿に帰ってからも、細井のことが気になって考えていた。


「細井……」


 いつもオドオドしていた細井は、郷田をはじめ野獣のようなクラスメイトたちの格好の標的だった。いつもからかわれいじめられていた。見かねたおれは郷田の前に立ちはだかりアイツをかばったが、それがきっかけで今度はおれが標的となったのだ。


 細井を恨んでいないと言えばウソになる。おれが差し伸べた手をアイツは思いっきり踏みにじった。その後、いっしょになっておれをいじめる側にまわっていたのだ。アイツがあの時、どんな思いを抱えていたのか、一度聞いてみたかった。結局おれはすぐに不登校になったのでそれはかなわなかったが。


 半年前の学校生活のことをぼんやりと思い出していた。実はほんの少し前のことだが、異世界に来てからいろいろあったせいかずいぶんと昔のことのように思えた。そして、いつのまにか眠りについていた。

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