第39話 見るも無惨な復讐劇


「ぐぎゃあああああああぁぁぁ!!」


 月見里やまなし美海みみは無邪気な態度で、雨宮あまみや流星りゅうせいの左目にナイフを突き刺した。


 縛られた状態の雨宮は悲鳴をあげながらビクンと飛び跳ねて、椅子ごと床に倒れ込んだ。


「ぎいやああぁぁ、目が、目がああああぁ!!! ああああぁ……なにずんだよおおおあああぁ!!」


「あは! 飛び跳ねちゃって、ホントの黒ひげ危機一髪みたーい♡ いきなり当たったのかな!?」


 おれは月見里の行為に多少ひいてはいたが止めはしなかった。ずっと透明のまま彼女たちの様子を見ていた。雨宮の悪巧みをいっしょに止めるところを同じ目標としていたが、彼女たちが雨宮に対して復讐するところまでを念頭に置いていたことは知っていたからだ。


「次は私の番だ。覚悟はいいか? リュウセイ」


 今度はジュリアンが低い声でそうつぶやいた。彼女は痛みに悶えている雨宮の体を起こして、きちんと座り直させた。そして、おもむろに果物ナイフを取り出して、雨宮の右太ももに突き刺した。


 ブシュッ!


「ヒイイイ!! や、やめてええええぇ!」


「お前が悪いのだ。私を騙し、夢を奪い、時間を奪った。その代償は大きいぞ?」


「謝る! 謝るから! もう勘弁して! 目がいてえんだよ。医者にいかないと見えなくなっちまう!」


「そうやって医者に行くと行っては、病気のフリをして私からお金を奪っていたようだな。もう一発お見舞いしてやろう」


 ジュリアンは右足を思いっきり突き出して、雨宮の顔面を正面から蹴り抜いた。


 ゴキッ! バターン!


 雨宮の顔のどこかの骨が折れる音がして、そのまま後ろに吹っ飛んで倒れ、床に後頭部を強打した。


「少しやりすぎたか? まだ死ぬなよ?」


 ジュリアンは冷たい声でそう言った。冗談なのか本気なのかまったくわからない。


 そして、サラが倒れている雨宮に近づいていく。


「リュウくん!? さんざん私をもてあそんでくれたわよね! いっしょになる気もなかったくせに」


 サラはそう言うと、雨宮の股間を思いっきり踏みつけた。


 グチャッ!


 ……金○マがつぶれるようなエグい音がした。


「が……の、ああああああぁぁ」


 雨宮は声にならない叫びを上げて、縛られている状態のまま体を全身を震わせている。かなり効いているようだ。


 自信に満ち溢れイケメンだった雨宮は、見る影もなくボロボロになっていた。


 どんどんどん!!


 その時、扉が乱暴にノックされた。


「え、なに! だれ?」


 月見里が声をあげる。


「まさか! 奴らが来たのかも知れない! みんな奥へ隠れて、ここは私たちが引き受ける!」


 サラと、他の二人は奥の部屋へ隠れてもらった。月見里とジュリアン、そして透明になったおれだけが部屋に残る。


 ドガッ! バターン!


 何回かのノックの後、扉が蹴破られた。そして男たちが中に入ってきた。身長が二メートル近くある大男が二人と、小太りの中年男性の三人がズカズカと部屋に入ってくる。彼らは昨日見た常闇のダークネス旅団マフィアたちだった。中年男性はルチアーノという名前で彼らのボスだ。彼は部屋の状況を見回して、不満そうにポツリとこぼした。


「おい、小僧! 聞いていた話とずいぶんと違うじゃねえか、ええぇ!?」


 そう言って床で倒れている雨宮を睨みつける。そして、くわえていた葉巻を彼に向かって吐き捨てた。


「あ、あちち! あちぃ! 何すんだ!」


「あああん!? それはこっちのセリフだ。小僧! てめえ、そんなところで縛られて何してんだ?」


「うううぅ、そ、そうなんだ。この女たちがオレを……こんな目に……ルチアーノさん、本当にいいところに来てくれた! 助けてくれ!」


「ふざけてんのか!? なんで俺たちがてめぇの尻拭いをせにゃならんのよ!」


「う、ううぅ、で、でも女たちが……」


 ルチアーノは、ジュリアンと月見里と交互に見た。


「おい! とりあえず女たちを抑えろ。話はそれからだ」


 ルチアーノの声がけに、二人の大男はそれぞれジュリアンと月見里に飛びかかる。


 それと同時に、ジュリアンが「しゃがめ!」と叫んだ。


 それは、月見里と透明なおれに向かっての忠告だった。おれと月見里が指示通りしゃがむと、ジュリアンが剣を抜いて一閃し、二人の大男を薙ぎ払った。


 シャキーン!


「ぐわあぁ」「ぐおおあぁ」


 二人の大男が一瞬で倒れたことで、ルチアーノはびびって後ずさる。だが、実を言うとおれもびびっていた。


 ジュリアンからは、透明になったおれは見えていないわけで、おれがしゃがんでいるかどうかの確認はできないはずだ。それでもなお、なんのためらいもなく剣を抜けることがすごく怖かったし、逆に頼もしくもあった。


「どうした、闇ギルドの構成員というのはこんなものか」


 ジュリアンはルチアーノに冷たい言葉を投げかけながら、詰め寄っていく。


「ちょ、ちょっと待て! いや待ってくれ! これは勘違いだった! 俺たちは来るところを間違えた。お前たちに危害を加えるつもりはないんだ。わかってくれ!」


「そんなことは聞いてない。お前の事情など知る由もない。ただ、今は私がお前に危害を加えたい。そんな気分なだけだ」


「そ、そんな! ああああ、金をやる! 組織の金をありったけやるから」


 ──その瞬間、ジュリアンはルチアーノに向かって剣を振り下ろし、脳天から真っ二つに薙ぎ払った。


 ような気がしたが、剣はルチアーノの鼻の頭、薄皮一枚を切り裂いただけだった。


「殺すことは簡単だが、組織壊滅のために、貴様は冒険者ギルドに差し出してやろう」


「ひ、ひいいぃ」


 ジョボボ……


 ルチアーノは、情けない声を上げながら小便を漏らし、床にへたり込んだ。


「ふん、組織のボスで賞金首の貴様が、命乞いをするなどもってのほか。恥を知れ」


 ジュリアンは至って冷静に、そう告げた。

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