第33話 黒魔法使い


 通りにいる人たちを観察しながら歩いていると、見覚えのある顔が目に入った。フリフリが目立つブルーのメイド服のようなゴスロリ衣装を着ているのは、おれのクラスメイトだ。気だるそうに壁にもたれかかっている彼女は虚ろな目で通りを眺めている。


(あいつは……確か月見里やまなし美海みみだったか。クラスの中で一番メイクや服装に気を使ってた女だ)


 焦点の合わない目でボーッと空を見上げていたかと思うと、彼女が急に歩き出したので、おれは透明化して尾行することにした。




 月見里が向かったのは冒険者ギルドだった。戦闘向きに見えない彼女が冒険者として活動しているのは違和感があった。彼女は臨時パーティ募集の掲示板へ行き、そこに張ってある紙を眺めている。そこにはヒーラー募集や、荷物持ち募集など、ピンポイントで職業を募集する紙がずらりと並んでいた。


 おれは透明のままその様子を見守ることにした。


 しばらくすると、三人の男たちがやってきて月見里に声をかけてきた。


「お嬢ちゃん。パーティに入りたいのか? ちょうど俺たちのパーティはヒーラーを募集してるんだが何ができるんだい?」


「えっと……ミミは黒魔法しか使えないの。お役に立てたら嬉しいです」


「え、く、黒魔法か……まあモンスターにデバフかけてくれれば戦力にはなる、かな。まあよろしくな」


 リーダー格の男は「しまった」という表情をしていたが、声をかけた手前しぶしぶパーティに入れることにしたようだ。




 透明のままこっそりと彼らの後をついていくことにした。クエスト自体は、簡単なモンスター討伐だったので、特に問題もなく順調に終わったようだ。


 月見里は、後方支援を担当していた。黒魔法とは相手に弱体化などの魔法をかける能力のようだ。彼女がかけた魔法によってモンスターたちの動きが明らかに鈍るのをおれは観察していた。


(やるじゃん。月見里のやつ。戦闘に向いてないって思ったのはおれの浅はかな思い込みだったな)




「ほらこれ、お嬢ちゃんの取り分だ」


 クエストが終わって冒険者ギルドに戻り、彼らは報酬を山分けしていた。


「あ、ちょっと少ないですね」


「あ? あのな。俺たち三人は前線に立ってポーションや傷薬を使いながら戦ってたんだ。経費がかかってるんだよ。わかるか?」


「あ、はい。そうなんですね……すみません」


「それに比べてお嬢ちゃんはなんだ? 後ろでよくわからない魔法を使ってただけじゃないか。それで俺たち3人の同じ報酬をもらおうってのは図々しいだろ。違うか?」


 他の二人もうんうんと頷いている。とても女一人が反論できるような雰囲気ではない。これではあんまりだ。一見すると、月見里は戦闘に参加しているとは言い難かったが、モンスターへのデバフという後方支援でしっかりと貢献していたことは確かだった。


 おれは我慢できずに、透明化を解除して彼らのテーブルに近づいていく。


「なあ、ちょっといいか?」


「なんだ? お前、誰だ?」


「さっきのあんたたちの戦闘、遠くから見てたんだがすごかったったな」


「ああ?」


 訝しげにおれを見る三人の男。そして月見里はおれに気がついたのか口を大きく開けて驚いている。しかし、彼女は何も言わなかった。おれも彼女の方は見ないで、あくまでリーダー格の男に話しかける。


「特にあんた。剣さばきが見事だった。モンスターの急所をしっかりと把握して最低限の動きで倒してた。すごく勉強になったよ」


「お、おう。そうか。よくそんな細かいところまで見えていたな……どこにいたんだ?」


「近くに誰かいたっけ?」

「さあ、俺ら以外の人間は見当たらなかったけど」


 リーダー格の男を上手におだててみたが、他の二人には少し疑われた。かまわずおれは言葉を続ける。


「しかし、一番興味深かったのが彼女のデバフだ。モンスターたちの特性ごとに的確に異なるデバフをかける見事な判断力。あんたたち、優秀な後衛を育ててるじゃないか。うらやましいよ」


「ま、まあな。なんかわからんけど悪い気はしないぜ。ありがとよ」


 おれはそれだけ言ってテーブルを離れた。月見里が何か言いたげにこちらを見ていたが、おれたちが知り合いだということがわかると今のやり取りは茶番になってしまうので、そのまま立ち去ることにする。


 その後、冒険者ギルドの入り口で月見里が出てくるのを待った。あの後、彼らの間でどんな会話がなされたのかはわからないが、ギルドを後にする月見里の顔は晴れ晴れしているように見えた。


 そして、おれは通りを歩いている月見里を追いかけて、頃合いをみて声をかけた。

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