第31話 醜い生物


 姫崎の大きな叫び声が屋敷の廊下に響いた。


「ひぎぎいいいいいいぃ! やああぁよおぉ! ああああっぁぁああああ!」


 あまりの痛さに言葉にならないほどの叫びだ。


 姫崎の体に刺さっている八本の槍。そこから一斉に血が滲み出す。彼女は立っていることができなくなり膝をついた。


 その時、腕を切られた痛みで気絶していた堂島が目を覚ました。


「聖羅! あんたどうしたの! どうして痛みを!」


「うう、悠乃。武夫が……武夫のバカが……能力を解除しやがった! クソォ!」


「……キャハハハ! いい気分よ! クズ女にはその姿はお似合いね!」


「な、悠乃。何言って……」


「聖羅! このバカがぁ! あんたは本当に自分だけ。いつも自分だけだった! 小さい頃からずーっとそうだった! 本当にいい気味よ! そのまま死んじゃえ!」


「悠乃、なんでそんなこと言うの……助けてよぉ……」


「助けられると思う! あたし腕切られてんのよ! ふざけないで! 今も痛みで死にそうなんだから!」


 おれは、しばらく姫崎と堂島のクソみたいな会話を傍観していたが、ここで堂島にある提案をすることにした。


「なあ、堂島。姫崎が助かる方法があるぜ。お前の能力を使うんだよ」


 堂島はポカンとした表情でおれを見上げる。姫崎もだ。


「お前の能力。触れた生物を別の生物に変える能力だろ。変身後はキズが全てリセットされるはずだ。違うか?」


「言われてみればそうかも……な、なぜそれを……あんたが!?」


「担任の先生を犬にしただろ? 言ってたんだ。犬に変わったらケガが治ってたってさ」


「……治る、ケガが……でも」


「元に戻れない、だろ? 別にいいんじゃねえか? 姫崎だって死ぬよりもいいだろ」


「いいわねそれ! それでいいわ! ワタクシを動物に変えて! このままじゃ死んじゃうんだから!」


 姫崎は堂島に向かって叫んだ。堂島は何か考え込んでいる。


「本当にいいの? 聖羅」


「えぇ、そうだ! どうせ変わるならカワイイ猫ちゃんがいいわ。猫になって気ままに暮らしたいわ。もう人間同士の争いなんてイヤよ!」


「そう。わかったわ……」


 堂島は姫崎に近づいて手を伸ばした。


生物バイオ変身トランスフォーム、発動!」


 堂島が能力を発動させると、姫崎の体は小さな小動物になった。


 その姿は……異様な生物だ。前にせり出すように飛び出た歯、体毛のない皮膚、

前に図鑑で見た。そう、ハダカデバネズミだった。


「キャハハハ! いい気味だわ! 聖羅、あんたはその姿がお似合いね!」


 堂島はケラケラと笑っている。ハダカデバネズミになった姫崎は廊下をペタペタと這いずり回っていた。


「堂島。まだだ。お前もやるんだよ」


「……え!? あたしも?」


「お前、その腕の出血。そろそろ限界なんじゃないか? この世界の医療技術じゃ輸血なんてできないと思うし、たぶんそのままじゃヤバいぜ」


 堂島は冷静になったのか。腕の切断された部分を見ている。


「うううぅ、死にたくない……」


「動物になるか。死ぬか。どちらかだ。それがお前たちが今までやってきたことの代償だろう」


「うううぅ」


 混乱する堂島の足に、ハダカデバネズミとなった姫崎がすり寄っていた。


 堂島は自分の胸に手を当ててつぶやいた。


生物バイオ変身トランスフォーム、発動!」


 次の瞬間、堂島は……ハダカデバネズミになっていた。


 堂島は一時の憎しみから親友である姫崎をハダカデバネズミに変え、自らもそれになることを選んだようだ。


 二匹のネズミはペタペタと相手の体にすり寄っている。そんな二匹を抱き抱える手があった。山田だ。


「堂島……ひめさ、姫崎……」


 山田が初めて姫崎のことを『姫様』ではなく姫崎と呼んだ。もう姫崎による能力の支配は終わったためだろう。それとも、とっくに終わっていたのだろうか。


「おい山田、そいつらどうするんだ」


「どうって、影山こそ、どうする気だったの?」


「おれは何も、ただし、彼らがどう言うかだな」


 ゴブリンたちは、ハダカデバネズミへと姿を変えた、自分たちの復讐の対象を見ていた。


 そのうちの一人が言った。


「その二人を我々に渡してもらいたい。家畜として使役したのち、残虐に殺すのだ。正直人間のままでいてほしかったくらいだがな」


 山田はそれを聞いて、「そんな……」と困惑している。


 姫崎が人間の姿のまま、ゴブリンに使役される姿は、山田にはきっと耐えられないだろうな。


「うううぅ! 二人は僕に任せてください! 彼女たちには僕がお灸を据えますから」


 山田はそう言って走り出した。ゴブリンたちが道を塞ぐが、それを振り切って駆け出していく。


「おい、山田!」


 正直、山田が二人を連れ去って逃げるのは予想外だった。ゴブリンたちの包囲網を力づくで突破していったようだ。屋敷の中を知り尽くした山田には誰も追いつけず、結局は逃してしまった。


 屋敷の火事はボヤで済んだ。元々姫崎と堂島をパニックにさせ、部屋から出すためのワナだったからだ。


 こうして姫崎と堂島の非道な行いを止めることができた。二人はハダカデバネズミの姿となり力を失った。しかしそんな二人を山田が連れ去ってしまった。三人がどこへ消えたかはわからない。


 実は、ずっと後で思わぬ形で再開することになるとは、この時は思ってもいなかった。






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あとがき


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次回、新たなるクズの登場です……

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