第30話 姫崎の醜態
「透明人間……なによそれ……? 反則じゃない!」
槍で串刺しにされている姫崎がヒステリックに叫ぶ。彼女のこんな姿を見るのは初めてだった。追い詰められたことで本性が出たのかもしれない。
「なぁに、能力があるのはお互い様だろ。姫崎、お前の能力は、他人を自分の魅力で惹きつけて自在に操ること」
「な、なんでワタクシの能力のことを……まさか武夫が!?」
「いいや、山田は喋ってないよ。おれは、透明化しながらお前や堂島の能力をこの目で見てただけだ」
「この腐れストーカーが!? ワタクシのことを盗み見してたですって! 気色悪い! 絶対許さない!! そうだ! さてはあなたワタクシのことが好きなのね!? だからそんなストーカー紛いのことを!?」
「いやいや、それはない──」
その時、姫崎の目が鋭く光る。何か企んでいるようだ。
「いいわ。影山! ワタクシを好きにしていいわ! それを望んでたんでしょ?」
この女、勘違いにも程がある。と思ったがすぐに気がついた。これはおそらくおれを引き寄せて能力を発動させるためのワナだろう。おれを挑発して自分の射程圏内まで近づかせようということだ。
「姫様ぁ……なにを……」
姫崎の豹変ぶりに、山田が戸惑いの声をあげる。
「武夫! あなたは黙ってなさい! ほんっとうに肝心な時に役に立たないんだから! もう!?」
山田は姫崎の意図を全く理解していない。そりゃそうだ。山田は性格的に言葉の裏読みなど出来ない。
おれは、おもむろに姫崎に近づいていく。
「山田! 姫崎が好きにしろっていうから、そうさせてもらうぜ!」
「影山! やめてよぉ! 姫様に近づかないでよぉ!」
山田の声は怒気がこもっていたが、姫崎が串刺しになっている痛みを全て代わりに受けているため、立ち上がることすら出来ていない。
「姫崎、好きにしていいんだよなぁ?」
おれは姫崎の側に寄り手を伸ばした。すると、姫崎の手が伸びておれの手を掴んでくる。
「アハハハハッ! バカめ! 捕まえたぞ! これでお前はワタクシの支配下だ!」
姫崎はすかさずおれに対して
しかし──、もはやそんなものは効かなかった。
「なあ、わりぃけど効かねえよ」
「……なんで? ど、どうしてよぉ!」
「はぁ……まだわからねえか。姫崎、お前は自分の能力の欠点を理解していない」
「なんですってぇ! ワタクシの能力の欠点!? そんなのありませんわ!」
「お前の能力は自分の魅力で相手を惹きつけて誘惑し、心を掴む能力なんだ。何も精神や行動全てをコントロールするわけじゃない。まあ、支配なんて言葉を使うには大げさなんだよ」
「な、何を言ってますの……現にワタクシの言うことを聞く者はいっぱいいますわ!」
姫崎は怪訝な表情でこちらを見ている。おれは言葉を続ける。
「そう、山田をはじめウォーラン公爵や屋敷の者たちは確かに支配下にあった。だがそれはあくまで目の届く範囲の話さ。現に山田はお前のいないところでおれと会った時は、屋敷の警戒を任されているにも関わらず、侵入者のおれを排除しようとすることはなかったんだ。それは完全に操作されているとは言えない」
「……武夫」
姫崎は、おれの言葉に耳を傾けながら山田を睨んでいる。
「自分の能力の長所短所をしっかりと把握して、できることできないことの区別を理解したほうがよかったな。お前は能力を過信しすぎたんだ」
姫崎の体は怒りでプルプルと震えている。
「だがな姫崎、完全な支配下に置けていない理由は能力の理解不足の他にもう一つあるぜ?」
「な、なによ……」
「はっきり言うけど、お前全然魅力的じゃないぜ」
「……は? さっきから聞いていれば……あんたなんなのいったい!?」
「お前自身が魅力的じゃなければ
「ワタクシに魅力がない……ですってぇ?」
「人を殺したり、虐げたり、お前と堂島のここでの態度は酷いものだった。そんな行いを繰り返すお前たちのどこに魅力を感じるって言うんだ? お前は自分から進んでイヤなやつになっていたんだよ。今の自分の顔、鏡で見てみ、ひどいもんだぜ」
怒りと憎悪にまみれた姫崎の表情は、醜かった。本人は気づかないんだろうが。
「影山! ふざけんなぁ! あんた殺す! 殺すからなぁ!」
姫崎は目を見開き、口からツバを飛ばしながらギャーギャーと叫んでいた。
「今のお前、自分のことを客観的に見れてないぞ。心は顔にまであらわれるものだ、心が腐っている相手を美しいとなんて思わない」
「武夫おぉ! 影山を殺せえぇ! こいつは悪魔よ! ワタクシたちの仲を引き裂こうとする悪魔なのよ! 殺さなければ行けないわ!」
ひどい言いようだった。山田も姫崎の豹変ぶりに怯えている。おれは堪らず声を上げた。
「山田ぁ! よく聞けえ!」
おれの叫びに、山田が顔を上げる。
「山田、姫崎は能力でお前を利用しているだけだ。わかるだろ? こいつは自分が助かることで必死だ。お前の心配なんざしちゃいねえ!」
「影山! 武夫に変なこと言うなあぁ! 黙れえぇ!?」
姫崎の暴言を聞いてか山田は戸惑っている。そして苦痛に顔を歪ませて黙っている。姫崎のダメージをずっと代わりに受けているためだ。そろそろ限界かもしれない。
「山田! 能力を解除したほうがいいぞ! 死んじまう!」
「出来ない! 姫様は僕が守るんだ! 僕が能力を解除したら姫様が死んじゃう!」
あくまでも盲目的に姫崎を慕う。山田らしいとも思う。
「武夫! 早く影山を殺せえぇ! 何いつまでもチンタラ座ってんのよ!?」
姫崎は山田のことはお構いなしに叫ぶ。自分の代わりに受けてもらっている山田の痛みなど想像もできないだろう。
その時だった。
姫崎の叫び声が廊下に響き渡る。
山田が能力を解除したようだ。
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