第29話 姫への制裁


「くぅ! いったいなに!?」


 透明化して追いかけた先には、ゴブリンたちに槍で串刺しにされている姫崎の姿があった。


(よし、ゴブリンたち! よくやったぞ! 狙い通りだ!)


 しかし、ダメージを受けて血を流しているのは姫崎の後ろにいる山田武夫だった。これも予想通りだったわけだが。山田は能力を使い姫先のダメージを代わりに受けているようだ。


「ぐふっ、姫様ぁ! 無事ですか!?」


 山田は膝をついて腹部を押さえている。


「ワタクシは無事よ! でも槍が刺さって動けないわ! こいつらをなんとかどかせないかしら!?」


「は、はいいいぃ!」


 グサグサグサグサ!


 その時、ゴブリンたちの追撃が、姫崎を襲う。今度は両足にそれぞれ二本ずつ槍が刺さる。


「ぐひいぃ! 痛いいぃ」


 山田が悲鳴を上げて倒れ込む。ようやく山田も動けないほどのダメージを与えられたようだ。


 しかし、ここからが本番だ。ちなみにおれは山田を殺す気などない。


「武夫! 早く! なんとかして! なんとかするのよ!?」


 姫崎は叫びながら暴れているが、体に多数の槍が刺さっているためどうすることもできない。山田は痛みに悶えており、床に這いつくばっている。


「武夫! 助けてえぇ!!」


「姫様あぁ! 少し待ってくださいぃ!」


 山田は激痛に悶えながら、律儀にも姫崎を助けようとしている。すごい精神力だ。


 おれは、串刺しにされて動けないでいる姫崎の目の前まで来た。


「よぉ、姫崎、気分はどうだ?」


「影山! これはいったいなんなの!? ワタクシがあなたにいったい何をしたというの?」


「別におれは何もされてないよ。ただ彼らを怒らせたことだけは間違いない」


 姫崎は周りのゴブリンたちを見回すと、イヤなものでも見るかのようにすぐに顔を背ける。


「なぜワタクシがこのような者たちに辱めを受けるのでしょう……絶対にあってはならない……」


「そうか? お前だってゴブリンたちに悪いことしたじゃないか。それは棚に上げるのか?」


「一体何をっ、ワタクシは何も悪いことはしてませんわ!」


「いやいや、ゴブリンを犬に変えて殺したりしたろ?」


「それは……ワタクシに失礼な態度をとったから……報いを受けさせたのですわ! 当然でしょう!?」


「……はぁ……そうか。まあいいさ。それと同じことだ。ゴブリンたちもお前に報いを受けさせたいんだよ」


「そんなことはあってはならない……あってはならないのよ!!」


「すげえ流暢に喋るな。そんな状態でもホントに痛くないんだな」


 姫崎の体には八本の槍が刺さっている状態だが、彼女は平然としている。その痛みは全て後ろの山田が引き受けているのだ。


「ねえ、影山!! なぜこいつらは……ワタクシに反抗できるの!? ワタクシの──」


「能力で操ってるのにってか? 姫崎、それは勘違いだ。こいつらは元々お前の能力にかかっちゃいないよ」


「はぁ!? どういうことですの?」


「能力にかかったフリをしてただけだよ。お前の能力は、ゴブリンたちには効かないんだよ。種族が違えば美的感覚も異なるからな」


「な……そんな、ワタクシは美しいわ」


「お前、ゴブリンのことを醜いとののしっていただろ? それと同じことだ。ゴブリンだってお前のことを美しいとは思ってないのさ」


 ギギギッ!


 顔は微笑んでいるように見える姫崎だが、何かを堪えるように歯ぎしりをしていた。


「ワタクシが美しくないですって……そんなことは、ありえないっ……!! ワタクシは……ワタクシは……」


「聖羅あぁっ!!」


 その時、堂島の声が廊下に響いた。廊下の奥から体を前後二本のサスマタで抑えつけられた堂島が、ゴブリンたちに歩かされてきた。


「あ、悠乃ゆのおぉ! 無事だったのね!? 早く! 早く助けて!」


 姫崎の言葉を聞いた堂島は露骨にイヤそうな顔を向ける。


「はあぁ!? 聖羅っ! 見てよこの腕! ゴブリンに切られた! あんたのせいよ! なんで能力をちゃんとかけておかなかったわけぇ!?」


「……えっ? なに? なんでワタクシのせいにするの……」


 思いもよらない堂島の言葉に戸惑いを隠しきれない姫崎。


「あんたのせいに決まってんじゃーん!! 痛いよおぉ! 早くなんとかして!  聖羅! あんた武夫といっしょに自分だけ逃げようとしてたんでしょ!」


「黙れ! 悠乃ゆの!? 腕切られたのはあなたがマヌケなだけでしょ!? それより早く助けて! このゴブリンたちを汚いウジ虫にでも変えてちょうだい!」


 言葉がだんだんと乱暴になっている。姫崎も余裕を無くしているようだ。


「聖羅ぁ、ひどいよぉ! こんな状態でどうやってゴブリンたちに近づけって言うのよ! あたし腕切られてんだよ!? 痛みでおかしくなりそーだよ!」


 堂島はそう言ってうなだれた。痛みで限界が来ているのかもしれない。立っているのもやっとなようで足元がフラフラしている。


「っちぃ! ちょっと黙れ悠乃! あんたはほっとうに!」


「何よ聖羅! あんたはいつも武夫に守ってもらってたくせに! あたしは武夫の能力は受けてないんだよちくしょう! なんでいつも聖羅ばっかり!」


 堂島はそう叫んでからガクっと倒れ込んだ。痛みで意識が飛んだようだ。


「悠乃! ちょっと悠乃!! っちぃ! 肝心な時に使えないやつ!」


 姫崎は堂島の心配をすることもなかった。こいつら本当に友達なのだろうか。


「ちょっと影山! なんであんたこんなことすんの!? てゆーかどうやって物置から逃げ出したのよ!?」


「……おれはな。透明になれるんだ。この通り、な」


 おれは能力を発動してみせた。


「と、透明人間ですってぇ……」


「更に言えばお前たちに閉じ込められ絶望的な状況になったことでおれの能力は進化した。透明になるだけでなく実体を無くすこともできるようになった。つまり扉でも壁でも透過できるようになったんだ」


「……なっ!!」


 おれの言葉を聞いた姫崎の顔が絶望の表情に変わった。

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