第28話 高貴なる令嬢④ 姫崎視点


「んん……なんだか騒がしいですわ。何事でしょうか。悠乃ゆのー、見てきてくださいな」


 返事がない。隣のベッドを見ると悠乃はいなかった。どうしたのでしょう。


 その時、扉を叩く音がして、次の瞬間──。


 バターン!


 何者かが扉を壊して部屋の中へ入ってきた。


「誰!?」


「姫様あぁ! ご無事で!」


「なんだ……武夫か。なにごと?」


「屋敷に侵入者です! いや、侵入者というか……ゴブリンたちが暴れてます!」


「……は? どうして? ゴブリンたちはワタクシの支配下のはず……なぜ?」


「わかりませんが、とにかく逃げたほうがいいです! 外からも入ってきてる模様で──」


「落ち着いて! 武夫。ひ弱そうなゴブリンたちくらいあなたが蹴散らせれば済む話でしょう。どうしてワタクシが逃げなければいけないの? しっかりワタクシを護りなさい!」


「それが……それがあいつら、屋敷に火を放ったみたいなんですぅ!」


「──それを早く言いなさい!」


 本当に使えないヤツです、この武夫という男は。なんだかこの男といるのが不安になってきましたわ。本当に大丈夫でしょうか。


 とにかく武夫の能力、犠牲者サクリファイスによってワタクシは護られている。その上、この能力で武夫の耐久力や防御力、治癒力までもアップしているようなので、例え火の海に飛び込んでも大丈夫なはず。しかしなぜでしょう。武夫に我が身を任せてもいいのか、何か漠然とした不安があるのです。


「逃げますよ! 武夫!」


「はいいぃっ!」


 廊下に出たワタクシたちの前にゴブリンが立ちはだかります。ワタクシたちに対して敵意満々といった感じで、ワタクシの能力が効いているような気配がありません。


(くっ、どうして……なぜ操られていないの……)


 その時、少し焦げ臭い匂いが鼻をつきました。屋敷が火事になっているのは本当のようです。


 目の前のゴブリンたちとやり合ってると煙に巻き込まれる可能性もあるため、反対側へすぐに逃げることにしました。


「武夫、そいつらは放っておいて、こっちに行きましょ!」


「はい! 姫様あぁ!」


 ワタクシは武夫といっしょに廊下を走りました。最初の角を右に曲がるとまたもやゴブリンたちが向こうから走ってきていたため、またもや反対方向に逃げることにしました。


「く、まるでゴブリンたちに囲まれているようですわ……いったいなにがどうなってるの……そういえば悠乃はどうしたかしら……」


「わかりません。堂島さんは見てないです」


(まあいい。まずワタクシが助かることが優先。悠乃がいなくたって別に生きていけますもの、この能力さえあれば……)


 廊下を走っていると向こうから、見知った顔が現れます。


「え、あれは影山……?」


 影山は一人、無言で佇んでいます。この男、教室にいた時はパッとしない感じでイジメられたあげくに不登校になったはずなのに、今こうして見ると得体の知れない威圧感を感じます。閉じ込めたはずの物置から脱出したこと、ここに現れたことから考えても、彼がこの火事に関わっていることは間違いないでしょう。


「影山……あなたが何かしたんですね?」


 ワタクシの問いにまたもや彼は無言で答えます。いったいなんなんでしょう。しかし、彼の能力が未知数である以上油断はできません。むしろワタクシが助けを乞うことで、彼を油断させて支配下に置くことがもっともよい方法です。


「影山くん……屋敷が火事で、助けてほしいの、お願い!」


 ワタクシの美貌を持って落とせない男はいません。彼が何を企んでいたとしてもその気持ちは揺らぐことでしょう。


「……姫崎、大丈夫か?」


(……ふふ、ほ〜ら、落ちた……チョロいですわ)


「姫崎……おれが助けてやる。お前のことがすごく大切なんだ……」


(なんだ、まだ能力もかけてないのに、チョロすぎますわ)


 ワタクシは誘惑テンプテーション支配コントロールをかけるために、影山に近づこうとしました。その時です。


「おりゃああああぁ!」


 なんと、武夫が影山に向かって槍を突き出したのです。そして、槍は思いっきり影山の体を貫きました。


「はぁはぁ! 僕は、僕は姫様を守るのです!」


「──武夫……何を!」


 ワタクシは影山を殺すつもりはありませんでした。彼の能力を知った上で利用することもできたのに、死んでしまってはそれもできませんし、ワタクシたちに歯向かった理由もわかりません。全てが闇の中です。


 武夫が影山の体から槍を引き抜くと、影山はその場に倒れ込みました。おそらく彼は助からないでしょう。


(武夫……余計なことを……もう少しで操ることが出来たのに……)


「姫様! やりました! 影山から姫様をお守りしましたよ!」


 武夫は誇らしげにワタクシの顔を見てそう言いました。とりあえず武夫の方を見て、頷いておきました。そして、影山の方へ視線を戻すと、床に彼の姿はありませんでした。


「え、影山は? どこ?」


 その時、両手を後ろに回されたかと思うと、「ガチャリッ!」と音がしました。


「えっ?」


 なんと後ろ手に手錠をかけられたのです。


 後ろに気配を感じて振り返ると、影山が背後に立っているのです。


 しかし、気づいた瞬間影山はボソっと一言だけしゃべり、姿が消えました。


「残念、さっきのは残像さ」


「えっ! 何? どこ!? なんなの?」


 後ろ手に手錠をかけられてしまい、思うように身動きが取れません。


「くっ! 武夫! なんとかして! これじゃ手が使えないわ!」


「大丈夫ですか!? 姫様ぁ、くそ、影山のやつ! 一体何をするつもりなんだ!?」


 武夫はパニックになり、キョロキョロしています。これほど頼りにならない護衛がいるでしょうか。ワタクシは逆に冷静になりました。


(影山の能力はきっと透明化、きっとすぐ側にいるはずですわ)


 ここに留まっても、影山に次の攻撃を許してしまうだけだと考えて、ワタクシはこの場から逃げることにしました。


「武夫! ここから逃げるのです! ワタクシについてきて!」


「はいぃ!!」


 両手を後手で縛られながらも、なんとか走って角を曲がったその時です。


 グサグサッ! グサッ! グサッ!


「くっ!!」


 角の先にいたゴブリンたちが一斉にワタクシに槍を突き刺してきたのです。

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