第23話 悲嘆にくれるゴブリン


「パパが帰って来ないんだって……たぶん殺されてる……って言ってる」


 この子の心を考えると、おれは涙が溢れてきた。




 おれが姫崎たちのいるウォーラン公爵の屋敷を見に行った時だった。門が少し開いていたのか、小さなゴブリンが隙間から飛び出してきた。ゴブリン族の子供だろうか。なんと、腕には矢が刺さっており泣き叫んでいる。そして、おれとは逆方向に走っていったのだ。


 おれは慌ててその子を追いかけた。門の前を通った時に中庭の奥に姫崎と堂島が見えた。彼女たちは手に弓を持って笑っている。何が起きたかは明白だった。


 おれはすぐにその子を追いかけた。




 腕に矢が刺さったゴブリンの子供を救おうと、冒険者ギルドに連れていった。しかし、医務室に運びこもうとすると断られ、ギルド長から闇医者を紹介された。


 仕方なく裏通りの闇医者のところへ行くと、ようやく診てもらえた。


「ピギ! プギー! プイー!」


 暴れるゴブリンの子供を医師と押さえつけ、なんとか鎮痛剤を打ち、止血を施した。


「矢は簡単には抜けないな、とりあえず止血をしたから安静にするといいだろう。血が止まったら手術だ」


 ゴブリンも落ち着いたようで今は鎮痛剤も効いてきて眠っている。顔色もさっきよりは元気そうだった。


「先生、ありがとうございます」


「先生などと呼ばなくていい。オラは闇医者だ。アーノルドと呼んでくれ」


 そう言って笑うアーノルドさんはモジャモジャヒゲで人の良さそうな顔をしているドワーフだった。


 おれが何かを言おうとして迷っていると、彼は見透かしたように口を開いた。


「異世界人のようだが、あんたも人間だ。人間のあんたにゃこういう場所は珍しいだろうな? ここはな、この子のような患者のためにある病院だ。オラみたいなヤツが意外と必要とされてんだ」


 多種多様な種族が暮らしているこの世界には、おれにはまだよくわからない格差があった。異世界転移してきた人間でも、人間である限りはみんな普通に接してくれるし、仕事や居場所を提供してもらうことができる。だがゴブリン族というだけで疎まれ、侮蔑の対象になる。それがなんだかいたたまれなかった。


「この小僧、パパが帰って来ないんだって……たぶん殺されてる……って言ってるぜ」


「え、言葉がわかるんですか?」


「まあな。何があったかわからねぇが、こんなケガをしたうえに父親を失ったとしたら、あまりにも不憫だな」


「そう……ですね……」


 ウォーラン家の屋敷の中で高笑いしていた姫崎と堂島のことが頭をよぎった。


「ところであんた名前は? 治療費はギルドを通して請求させてもらうぜ」


「治療代は後日必ず払います。アーノルドさん、この子を任せてもいいですか。おれは行かなければいけないところがあります」


「……復讐なら、おすすめはしないぜ。気持ちは収まらんかもしれんがろくなことにはならねぇぜ?」


「そうかも、しれませんね。お気遣いありがとうございます」


 おれはそう言って病院を後にした。




 辺りは夜になっていた。


 おれは、事の真相を聞くために山田に会いに行くことにした。姫崎の護衛をしているあいつなら何が起こったか知っているはずだ。どうせその場にいたことだろう。


 透明化をしてウォーラン家の門をくぐり、屋敷に侵入した。山田を見つけるのは簡単だったが、姫崎たちの側を離れないため一人になるのを待つ必要があった。


 しかし、山田に事情を聞くまでもなかった。姫崎と堂島がくつろぐ迎賓室の隅っこで彼女たちの話に聞き耳を立てていると、さっきのゴブリンの子の話をし始めた。




「は〜、ったく。さっきのゴブリンのせいでドレスが台無し! 最悪じゃーん!」


「まあまあ、悠乃ゆの。別にいいのでは。また仕立て屋を呼んで新しい物を作らせましょう」


「それもそうね。いらないわこれ。武夫ー、捨てといて。くっさいくっさいゴブリンのツバ付きドレス。きゃはは」


 堂島はそう言ってドレスを床に投げ捨てた。山田は「わかったよぉ」と返事をしてそれを拾い上げた。


「やっぱりさっきのゴブリン殺しとけばよかったね。惜しかったなー」


 堂島が大声でそんなことを言うもんだから、おれは心底いきどおった。


「それにしても、意外とすばしっこかったわね」


「確かに、ウケる。犬にした物売りのゴブリンもけっこうウロチョロと速かったもんね」


 彼女たちは別のゴブリンの話もしている。おそらくあの子の父親だろう。


「あんな醜い者たちが、こんなキレイな宝石を持っているなんて……この世界は本当におもしろいわ」


 姫崎はそう言って宝石を眺めてウットリしている。


(こいつ……宝石商のゴブリンを殺して奪ったのか? とんでもないことしやがる……)


 おれは今すぐにでも、姫崎と堂島をぶん殴りたい衝動をなんとか堪えていた。ここで早まってはいけない。なんとか情報を聞き出して、しっかりと考えなければいけないと思いこの場を耐え忍んだ。




 しばらくするとドレスを捨てにいくために山田が部屋を出ていったため、ようやく話しかけるチャンスができた。


「よぉ、山田。また来たぜ」


「うあ、影山! びっくりさせないでよもう……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る