第19話 捨てられた猫
姫崎が蹴飛ばした猫を抱えた御者は、門の外へと向かった。おれは以前助けた猫とこんな形で再会するなんて思いもしなかった。猫が心配だったので姫崎と堂島は一旦ほっといて猫を助けることにした。
(姫崎のやつ……おっとりした口調だがむちゃくちゃやりやがる……)
御者は猫をそっと地面に置き、じっと見つめた。心配しているそぶりを見せている。御者の彼には見覚えがあった。おそらくこいつもクラスメイトだ。
おれは透明化を解除して後ろから彼に声をかける。何も知らないふりをして。
「よお、何してるんだ?」
彼は振り返り、おれの顔を見た瞬間ぎょっとした。
「うあ、え、えっと……影山?」
「ああ、久しぶりだな、山田。制服じゃないからちょっとわからなかった」
「あ〜、これ。うん。こっちの人がよく着てる服だよ。ほら、うちの制服って少し派手でしょ。姫様にこっちのほうがお似合いだって言われてさ……へへ」
山田はそう言って照れながら笑った。それはバカにされてると思うのだが、山田はおっとりした性格なので気が付かないか、気にしないのだろう。
彼は山田武夫。おれのことをイジメたり、バカにしていない数少ないクラスメイトだ。
「姫様って、姫崎のことか?」
「あ、うん……。こっちでは姫様って呼ばせてもらってるんだ。僕はさしずめ姫の護衛ってところかな……へへ」
山田はそう言ったが、どう見ても召使いにしか見えない。こいつは姫崎にこき使われてるんじゃないかと思った。
「そうか。それで、その猫は?」
「あぁ……、え、え、えっと、グッタリしてるのを見つけたから、大丈夫かなあって思って見てたんだ。野良猫かな?」
「……ウソだろ。お前が屋敷から抱えて出てくるところから見てたんだぞ」
「あ……そうなんだ。うん、この屋敷の猫だよ。ちょっとグッタリしてたから、病院に見せに行こうと思ってさ」
「病院って? この世界には犬猫病院なんてないぜ?」
山田はあくまでも本当のことを言わないつもりだろうか。
「……ああ、そうだよね。しまった……どうしよう」
彼は口では心配しているように言っているが、そこに猫を置いて立ち去るつもりだったはずだ。だが、おれの知っている山田はそんなやつじゃないはずだ。
「まあいいや。山田。その猫、おれが引き取ってもいいか?」
「え、うん! 助かるよ。でもどうするの?」
「動物に詳しい知り合いがいるから診てもらう。ケガしてるみたいだからな」
猫を抱えて立ち上がった時、山田が思い出したように声をかけてきた。
「あ、そうだ。影山。細井のやつに会わなかった?」
細井良夫、嫌な名前が出た。
「いや、会ってないな」
「そっか。仲良くなかったっけ? よく喋ってなかった?」
「いや……どうだったかな……?」
「まあ、いいや。じゃあね」
「ああ。またな、山田」
おれは猫を抱えて、急いで獣人地区のターニャの家へと向かった。
「ひっどーい! 猫を蹴るなんて、許せないよ!」
ターニャのところへ猫を連れて行くと、彼女は急いで獣人地区の医者のところへ案内してくれた。
「蹴られた衝撃で内蔵が傷ついているようだから、少し安静にしていれば落ち着くだろう」
医者の話では、命に関わるほど重体ではないそうだ。猫は医者のところへしばらく預けることにした。
「よかった。これで安心した」
「ひどい奴らね、まったく! でも彼女たちはどうして公爵家にいるの!?」
「それがわからないんだ。とりあえずもう一度行って、なぜあんなワガママに暮らしているのかを突き止めてくる」
「気をつけてね、涼介。ボクも力になれればいいんだけど……」
「大丈夫、透明化してればバレないから、そういう意味では一人のほうが都合がいいから」
おれは、もう一度姫崎と堂島を探るために、彼女たちのいる屋敷へと向かった。
ウォーラン公爵の屋敷へと入ると、中庭に人が大勢いた。お茶会? ちょっとしたランチパーティだろうか。人々の中心には姫崎と堂島がいた。となりには護衛のような形で山田もいる。
姫崎を先程の衣装から着替えたようだ。別の派手なドレスを着ていた。彼女の隣には品のある男性が立っていた。おそらく彼がウォーラン公爵かもしれない。
透明化したおれは彼らの会話が聞こえる距離まで近づいた。
「セイラ、相変わらず美しい。また新しいドレスを買ったのかい?」
「えぇ、つい欲しくなってしまいまして。いけませんでした?」
「いやいや、そんなことはない! 君のような美しい女性はなんでも好きなものを着るべきだ! 本当に君はこの町で一番キレイだよ」
「あら……、この町で一番……ですか」
「すまない、いい間違えだった! この国で一番っ! キレイな女性だ」
「ふふ、嬉しいですわ。ウォーラン卿」
「さあ、君のためにご馳走を用意したんだ。このひとときを僕と楽しんでくれたまえ」
二人の歯の浮くようなやり取りを側で聞いていて、おれはウンザリした。このウォーラン公爵は姫崎に惚れてるようだ。姫崎はそれをいいことにこの屋敷で好き放題やっているのだろう。
「そういえばセイラ、うちの猫を見なかったか?」
「ああ、目障りだったので追い出しましたわ? ワタクシ猫が大嫌いなんですの、ふふ」
「え、ええぇ! あの猫は由緒ある血統の……本当に、追い出したのか……」
「えぇ、いけませんでした? ワタクシ、ワタクシ以外のカワイイものが大嫌いですの。だから捨てましたわ。今頃野垂れ死んでるのではないでしょうか」
「いや、いいんだいいんだ。セイラが嫌だったのならそれは仕方ない。僕も追い出そうと思っていたところなんだよ、アハハハ!」
「そうですの!? それはよかったですわ。ささ、猫のことなんか忘れて楽しみましょ!」
ついつい手が出そうになるくらい、姫崎の言動にはウンザリした。こいつは自分が大好きなだけのイカれたサイコパスだ。
その時、中庭に男の怒号が響いた。
「このバカオンナどもめ! お前たちは悪魔だ! 許さないぞ! 殺してやる!!」
声のする方を見ると、男が一人、槍を持って入ってきたところだった。
「あらあら、騒々しいですわ。あれはなんでしょう」
おそらく自分のことを言われているはずの姫崎は、まるで他人事のように叫んでいる男を見ていた。
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