非人道的な二人
第17話 自己チュー令嬢
「なんだぁ、影山!? 何をそんなに驚いてるんだ」
名前をちゃんと呼ばれるのはなんだか久しぶりだった。クラスメイトはおれのことをまともに名前で呼んではくれなかったからだ。
目の前の犬がそんなことを喋ったため、おれは驚きを隠せなかった。いっしょにいたターニャも口をポカンと開けている。
「な、なあこの地域の犬って喋るのか?」
もし獣人たちのペットなら人語を操る動物がいても不思議ではないと思ったが、ターニャは無言で首を横にふっている。
「おいおい! しばらく学校に来てなかったから、先生のこと忘れたのか?」
「ええぇ! せ、先生?」
言われてみれば担任の先生によく似た顔つきの犬だった。
「ようやく思い出したか! あっ! そうか、すまん。先生犬になってたんだった。いやぁ、すまんすまん影山」
おれの混乱していた頭が、ますますこんがらがった。喋る犬が先生で?? 犬になったのが先生??? もはや理解が追いつかない。
「せ、先生なんですか? ホントに。なんでそんな姿に? もしかして、犬に転生したんですか?」
「違う違う。先生もクラスのみんなとこっちに来てだな。それからいろいろあって大変だったんだぞ。それで姫崎と堂島に捕まったというか、遊ばれているというか。まあしょうがないから、先生もこうして身を張って生徒との交流をだな──」
「あーっ! いたいた! あんなところに!?」
甲高い声が聞こえたかと思うと、通りの向こうからガタゴトと馬車が進んできた。異常に派手な装飾を施したなんだか場違いな雰囲気の馬車だ。
その馬車の荷台には見覚えのある顔の二人が乗っている。クラスメイトの女子というのはすぐにわかったが名前は出てこない。おれは春に不登校になったため、全ての生徒の名前を覚えているわけではなかった。
「もう、ワン公探したじゃーん! ってええぇ? 横のヤツなんか見たことあんじゃん!? ねぇ、聖羅?」
元気のある女子はそう言いながら、隣のもう一人の女子に問いかけた。
「あらあら? どなただったかしら? ワタクシは存じ上げませんわね」
聖羅と呼ばれたその女子は、とてもきらびやかなドレスを身に纏っていた。この世界に来てからこんなに派手な服を見たのは初めてだ。
(なんだこいつら、貴族の令嬢にでもなったのか?)
「あー、もしかして、あんたヒッキーのヤツじゃん? なんか陰キャっぽいし」
こっちも必死に思い出して話そうとしていたが、のっけからそんな言い方をされては、もはやこいつらと喋る気が失せてしまった。
「……。」
おれが黙っていると、犬、もとい先生が喋りだした。
「おい、影山、クラスメイトを忘れたのか? 左にいるのが堂島で、右にいるのが姫崎だろうが」
そう言われてようやく思い出した。確か姫崎というのはかなり目立つタイプで休み時間はいつも人に囲まれているタイプの女子だ。堂島はいつも姫崎のそばにいる女子というイメージだった。
馬車の二人を見ていると、堂島の表情が不機嫌そうなものへと変わった。
「おい! ワン公! 偉そうに喋ってんじゃねぇ! イヌのくせに、きゃはは!」
「
「オッケー!」
二人はそんな会話をしながら、手に持っていた弓を構えこちらに向けてきた。
「えっ、ちょ、おい!」
おれは動揺して、とっさに横にいたターニャを突き飛ばした。
ビュン! ビュン!
「うおっ」
堂島と姫崎は手に持った弓をガチで撃ってきた。クロスボウというのだろうか。片手に持てるような小型の物だが殺傷能力は十分にあるだろう。
おれはとっさに身を翻すと、2本の矢が足元に突き刺さった。ちょうどさっきまで先生がいた場所だ。どうやら先生を狙って撃ったようだ。
「ワン公なかなかすばしっこいじゃーん。きゃは!」
「なかなか当たりませんねぇ」
先生はキャンキャンと泣きながら通りの向こうへ走っていく。
(町中で弓を撃つなんて……こいつらイカれてやがる)
「おい、危ないじゃないか!? もう少しでおれに──」
ビュン!
「うわぁ!」
おれが喋っている途中で、姫崎は真顔で弓を撃ってきた。当たりはしなかったものの心臓が縮みあがった。
「あらぁ、惜しかったですわ」
「おい! なんなんだ!? 何するんだよ!」
「まあ、怖いですわ。ふふふ……」
姫崎はそう言って微笑んだ。
「おい、ヒッキー! あたしたちワン公狙って撃ってんの! ジャマだからどけよ!?」
「ワン公って……先生だろ? 先生狙うのもダメだろ! 何やってんだよ……」
「あたしたちは遊んでるだけだから! ジャマすんならあんたもマジで撃つよ?」
(こいつら正気じゃねえ……)
おれが道を開けると、馬車は進み始めた。おれたちのやり取りを見ていたターニャは心配そうな顔をしていた。
「涼介、だいじょうぶ〜?」
「おれは大丈夫だよ。ありがとう」
「あいつらも涼介のクラスメイトなの?」
「ああ、そうなんだ。ちょっと気になるから透明化して追いかけてくるよ」
おれは、姫崎と堂島の動向が気になったので一人で追いかけることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます