第3話 二人の能力


「てめええええぇ! ハゲ山じゃねえか! なんでここにいる!?」


 仲間が一瞬でやられたにも関わらず、郷田の目には恐怖など微塵もない。


「てめえもこの世界に来てたのか! 引きこもりのくせによお! またボコボコにしてやるぜ!」


 あの時の目だ。目の前の人間をいたぶることしか考えていない悪魔のような目。


「いや、待てよ。いっそ殺してやるか。この世界には警察も法律もねえ! ここじゃ何やっても許されるんだからよ?」


 郷田。こいつは悪魔だ。考え方が悪人のそれだった。異世界にきて、完全にタガが外れたらしい。


 ──あの時のおれは郷田にまったく歯が立たなかった。だが、今は違う。おれには透明化の能力がある。


「郷田……あの時のようにはいかないぞ!」


 おれはそう言って姿を消した。


「ん!?!? なんだ? 消えやがった!」


 郷田は、周囲をキョロキョロと見回している。


「おい! どこに行った? このゴミクズが!」


(よし、焦ってる……今のうちに後ろから……)


「ふうん……それがてめえの能力か……そんじゃあ俺様も! グルルルッ!」


(な! なんだ?)


 突然、郷田の体がムクムクと大きくなり膨れていった。


「ふははっ! 獣人变化ライカンスロープ人虎ウェアタイガー!!」


 郷田の体は虎の毛皮のようなもので覆われて1.5倍ほどに膨れ上がった。


(これが郷田の能力……あの体に……おれの攻撃が効くのか?)


 おれは透明化したまま、隅っこで体を震わせている少女に近寄ってつぶやいた。


「おれがアイツの気を引くので、その間に逃げてください」


 少女は、急に聞こえた声にビックリしたが、うんうんとうなずいた。


 郷田はおれの姿を探しながらキョロキョロしている。


「この鋼鉄のような体になった俺様にはてめえのパンチは効かねえぞ? どっからでもかかってこいや!! ボロ雑巾のようにしてやるぜ!」


(あれは……まともにやり合ったらやばいな……よし、ここは頭を使おう)


 おれは郷田の後ろに回り込み、ヤツに向かって小石を投げた。


 郷田は小石が飛んできた方向にすぐに振り向き、大きな腕をぶん回してきた。


「そこかぁ!」


 おれは既にその場所にはいなかった。そして離れた位置で透明化を解除して郷田に姿を見せた。


「こっちだ! 郷田! その姿、ずいぶんとノロマなんだな」


「グルルル! ガオオオッ!」


 郷田は怒り狂った鳴き声を出しながら、追いかけてきた。


 おれは路地の先の角を曲がって全速力で走った。後ろを見ると郷田の後ろの方で少女が立ち上がり走り去るのが見えた。


 その後も追いかけてきた郷田を透明化をうまく使いこなし、なんとかまいた。



 その後、おれは離れた路地に身を潜めしばらく隠れていた。


(ふう、なんとか……あの子無事に逃げたかな……しかし、まさか……)


 能力を持っているのは自分だけではなかった。当たり前だ。郷田も女神たちに会っているのだから能力を授かったのだろう。


(ケンタとマリエも能力を持っているんだろうな。さっきはたまたまうまく不意打ちできただけってことか……)


 だがビックリしているのは向こうも同じだろう。やつらにとってみれば不登校のおれが異世界転移してることのほうが驚きかもしれない。


 その時、こちらに近づいてくる足音が聞こえてきた。


「クンクン! この辺りかなあ」


 聞き覚えのある声。


「クンクン! 絶対そうだ! おぉい! 近くにいるんでしょー? さっき助けてくれた人ー!」


(この声、さっきの……?)


 物陰から顔を出すと、そこにはさっき郷田に絡まれていた少女がいた。


「あ! きみ、さっきの?」


 おれは透明化を解除して彼女の前に姿を現した。


「あっ! やっぱりいたー! こっちから匂いがしたんだよねぇ」


「匂い!? すっご! きみ、鼻いいんだね!」


「きみじゃないよ! ボクの名前はターニャ! さっきは助けてくれてありがとね!」


 ターニャと名乗る少女は、元気よく挨拶をしてペコリと頭を下げた。その頭には灰色のケモミミがついている。お尻には尻尾だ。


「そっか、ターニャっていうんだ! うまく逃げたんだね。無事でよかった。……あのさ、その耳ってホンモノ?」


「ちょっと何? 女の子に最初にする質問がそれ? もしかしてこっちの世界の人じゃない? ボクはアナネズミ族だよ」


「ええぇ! アナネズミ族!? 初めて見た……」


 いわゆる獣人というやつだ。この世界には様々な種族が存在しているようだ。


「別にボクらは珍しい種族でもないよ。ねえねえ、ところでそっちの名前は?」


「っと! おれの名前は影山かげやま涼介りょうすけ


「へえ! 涼介かー! 変わった名前だね!」


 ターニャは興味津々といった顔でジロジロと見てきた。


「もしかして異世界人? ってことは勇者かなあ! 涼介はもしかして透明になれるの?」


 ターニャは早口で質問をぶつけてきた。ホントに元気な少女だ。


「いやあの……おれは勇者なんかじゃないよ。普通の人間! ヒューマン!」


「あはは! 普通の人間は透明にはなれないよ。能力でしょ? いいなあ!」


 異世界人がなんらかの能力を持っているというのは、この世界では常識らしい。


「まあ、透明にはなれるんだけど……匂い出てた?」


「ん! 匂いもするし音も出てるし、ボクからしたら全然隠せてないよー?」


 透明化した状態でバレたことは初めてだったので、かなり驚いた。どうやらターニャは聴覚や嗅覚に非常に優れているようだ。獣人の特性によるものだろうか。


「あれ!? 涼介! もしかしてケガしてる? その腕」


「ああ、ちょっとあちこち擦りむいちゃってさ。けっこう必死だったから」


「だいじょうぶー? うちにおいで! 手当てしないとだよ!」


 彼女はそう言っておれの手を握ってきた。


「ちょ、ちょっと!」


「いいから! はやく! こっち!」


 こうしておれは彼女に手をひかれるまま家に案内された。

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