第190話 予感

 丈二たちがときわ市に着いてから三日後。

 いよいよ、クラーケンの討伐に向かう日が来た。


「人が多いなぁ……」


 丈二たちが港に向かうと、来た時と違ってざわざわと騒がしくなっていた。

 しかし、港に居るのは民間人ではない。

 まずは自衛隊や探索者たち、つまりクラーケン討伐隊。

 次に多いのが、カメラやマイクを構えた報道陣だ。


 丈二たちがときわ市に着いた日。

 総理大臣からクラーケンの存在と、その討伐が発表された。

 それによってときわ市の沿岸沿いからは、多くの民間人が避難。内陸へと大移動をした。

 代わるように押し寄せてきたのが報道陣だ。

 クラーケンの討伐というスクープをカメラに収めようと、全国からカメラを担いだ人々がやって来た。


「見つかったら面倒なことになりそうだ。関わらないように行こう……」


 丈二は報道陣と目を合わせないようにしながら、護衛艦『しおかぜ』へと向かう。

 しかし、しおかぜのすぐ隣ではラムネがあくびをしている。

 そしてラムネの姿を熱心に撮影している報道陣の姿もあった。


 ただでさえ、クラーケンとの戦闘に緊張しているので、報道陣の相手はしたくない。

 どうか、気づかないでくれ!

 そう祈りながら丈二は歩いていたのだが。


「あ、牧瀬丈二だ!」

「今回の討伐戦で、一番の注目株だな」

「取材に行くぞ!」


 駄目だった。 

 そもそも、真後ろにデッカイ狼を引き連れている時点で、見つからないわけがなかった。

 丈二はあっという間にマイクとカメラに囲まれてしまう。


「少し、お話を聞かせてください!!」

「初めての大規模討伐への意気込みをお願いします!!」

「モンスターたちの体調はいかがですか!?」

「クラーケン討伐にあたっての作戦などをお聞かせください!」

「一部の団体から、モンスターを戦わせて利益を得ることへの非難表明が出されていましたが、どう受け止められてますか!?」


 一気にガヤガヤと話しかけられたので、誰が何を言ってるのか分からない。

 こっちは聖徳太子じゃないんだ。せめて、一人ずつ話してくれ。

 丈二が目を回していると、背後でぜんざいが動いた。


「アオォォォォォォォォン!!」


 ぜんざいの遠吠えが港に響く。

 遠吠えにかき消されるように、港が静まり返った。

 困っていた丈二に、ぜんざいが助け舟を出してくれた。

 このチャンスを逃すわけにはいかない。


「申し訳ありませんが、取材は受けられません。これからクラーケンの討伐です。集中させてください」


 丈二はそれだけ言って、ぜんざいに飛び乗った。

 ぜんざいはぴょんと報道陣を飛び越えると、しまかぜへと急ぐ。


「ちょっと、待って――うわ!?」


 それでも追いかけようとした報道陣。

 しかし、突如として降って来た黒い布に覆われて足を止められる。

 黒い布に報道陣はパニックだ。わちゃわちゃと慌てて布を退けようとしているが、人が上手くいっていない。

 あれでは追ってこれないだろう。


「すいません。足止めが遅れました」

「あ、半蔵さんのおかげですか」


 ぜんざいに並走して半蔵が走って来る。

 どうやら、半蔵が報道陣の足止めをしてくれたらしい。


「船に乗ってしまいましょう。彼らも船までは追ってこれません」

「分かりました」


 丈二たちは急いでしおかぜに乗船。

 なんとか報道陣をまいて、クラーケン討伐に向かう準備が出来た。


  ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「あわわ、丈二さんたち大胆です」

「やっぱり、僕も着いて行ったほうが良かったですにゃ。僕なら簡単にテレビをあしらえましたにゃ!」


 丈二家の居間では、ラスクやサブレ、他にも犬猫族たちやモンスターが集まってテレビを見つめていた。

 画面には報道陣から逃げて、船に飛び乗る丈二たちが映っている。


「丈二さんたち、大丈夫でしょうか……無事にクラーケンを倒せると良いんですけど……」

「ぴぃ……」

「丈二殿に付いて行った者たちは精鋭だ。クラーケンを倒して戻って来る」


 ラスクときなこがテレビを見つめると、クーヘンが励ました。

 クーヘンの言うように、今回の討伐に付いて行った四匹は、丈二家で最も強いメンバーだ。


(そうですよね。大丈夫ですよね……)


 そう思いながらも、ラスクはどこか不安が拭えなかった。

 なにか、嫌な予感がする。


 ガタン!!

 物音がして振り向くと、棚に飾ってあった写真が落ちていた。


「あわわ、直しておかないと」


 ラスクは落ちた写真に駆け寄って棚に戻す。

 それは、もこもこの泡だらけになって洗われているぜんざいの写真だった。


「……うわ。こてこてのフラグにゃ。アニメとかならぜんざいさんが……ってやつですにゃ」

「えぇ!? ぜんざいさんが危ないんですか……?」

「縁起でもないことを言うな。ぜんざい殿が簡単に死ぬわけがないだろう」

「そ、そうですよ。サブレさん、変な事を言わないでください!」

「うにゃー。ごめんにゃあ……」

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