第187話 しおかぜ

 クラーケンの討伐を決めてから数日後。

 丈二たちは海に浮かぶ船に乗っていた。


「すげぇ……これが連射砲ってやつか……」


 見上げる先には、巨大な砲がそびえている。

 丈二たちが乗っているのは、ただの船じゃない。

 海上自衛隊所属の護衛艦『しおかぜ』。つまりは軍艦に乗っていた。


「ぜんざいさんよりもデカいとは……」


 速射砲の隣にはぜんざいが並んでいる。

 ぜんざいよりデカい速射砲が凄いのか、速射砲に迫るほどデカいぜんざいが凄いのか。

 もっとも、ぜんざいは砲には興味がないらしい。

 広々とした甲板に横たわりながら、大きく欠伸をしている。


「牧瀬様、ご用意した船はいかがですか? 悪くない乗り心地でしょう?」

「稲毛さん。良い経験をさせて頂いてます」


 コツコツと歩いて来たのは稲毛だった。

 クラーケンの討伐を決めた後、丈二は稲毛に連絡を取った。

 やはり討伐に参加すると伝えると、彼は心強いと喜んでくれた。

 そして迎えを寄こすと言って、出してきたのが護衛艦。

 とんだVIP待遇にびっくりである。

 どんな高級外車よりも金のかかったお迎えだ。


「あのぉ、俺なんかのために護衛艦を動かして大丈夫なんですか?」

「問題ありませんよ。もとより、『しおかぜ』はクラーケン討伐の戦力としてときわ市に向かう予定でしたから」

「あぁ、なるほど……」


 どうやら、丈二たちはついでに拾われたらしい。

 自分一人のために護衛艦を動かしたのかと、ギルドの権力に恐れおののいていたところだ。

 流石に自衛隊をアゴで使えるわけではないと分かって安心。

 

「クラーケンとの戦闘でも、牧瀬様たちには『しおかぜ』に乗って戦闘をしていただきます。今のうちに艦内を見て回っておくと、いざという時に役立つかもしれません」


 丈二たちは、この船を起点として戦うことになるらしい。

 戦闘が始まってから、船で迷子になって役立たず……なんてことには、なりたくない。

 せめて、自分に与えられた部屋から外への通路くらいは、しっかりと確認しておこう。


「ギルドも海上自衛隊も、牧瀬様たちの戦力には期待しています。どうか、よろしくお願いします」

「はい。出来ることを精一杯やらして貰います」


 船上での戦闘は二回目だ。

 ただし、前回は魚を取りに漁船に乗っただけなため、あまり役立つ経験ではない。

 実質的に初めての海上戦に不安はあるが、全力でぶつかるしかない。

 牛巻とごましおを助けるためにも。


「まぁ、乗員の方たちとしては、戦力以外の嬉しさもあるかもしれませんが……」

「あぁ……あはは……」


 乗員――つまり海上自衛隊の隊員たちは、ちらちらと海の方を眺めていた。


「ギャウ!!」


 海に浮かんでいるのは巨大な海竜。

 悠々と泳ぐラムネの姿があった。

 まだ見ぬクラーケンとの戦闘を楽しみにしているらしく興奮気味だ。


 その背中には、おはぎと寒天も乗っている。


「ぐるぅ!!」


 おはぎは海上を進む大きな護衛艦に喜んでいるようだ。

 ラムネの背中から船を見上げて、目をキラキラとさせている。

 そして船から見ている丈二を見つけると、ぐるぐると走り回って興奮を伝えていた。


 ちなみに、寒天は壁のように体を変形させ、おはぎを波から守っている。


 今回、クラーケンの討伐に連れてきたのは、以上の四匹。

 おはぎ、ぜんざい、寒天、ラムネである。

 ラスクや犬猫探索隊はお留守番。

 本当は連れてきたかったが、丈二家の警備のために残してきた。

 丈二家は少し有名になってしまっているので、丈二の留守を知って悪さをしようとする奴らが居るかもしれない。


「おはぎ、そろそろ船に戻ったらどうだ?」

「ぐるぅ!」


 丈二がおはぎに声をかけると、『戻る』とおはぎは返事をした。

 おはぎが寒天を見つめると、寒天はおはぎを包み込む。

 そして体の一部をロープのように飛ばして、船の手すりを掴む。

 ぴょん!!

 勢いよく飛び出した寒天は、キレイな曲線を描きながら丈二の隣に着地した。

 アクション映画さながらの飛び移りだ。

 海賊映画で似たようなシーンを見たことがある。


「ぐるぅ♪」


 おはぎは寒天から顔を出すと、楽しそうにはしゃいでいた。

 確かに面白そう。

 丈二もちょっとやってみたかった。

 もっとも、大の大人がキャッキャッとはしゃいでは恥ずかしい。

 ましてや数日後には怪物退治に向かうのだ、適度な緊張感を持っておかなければ。


「おはぎ、ちょっとだけ船を探検しておこうな。いざという時に迷子になったら困るから……」

「ぐるる!」


 丈二はおはぎを抱き上げる。

 『探検!』と、おはぎは楽しみにしているようだ。


「牧瀬様、ときわ市の港へは約一時間で到着する予定です。それまではご自由にお過ごしください」

「分かりました」


 丈二はおはぎと寒天を連れて、船内の探検へと向かった。

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