第186話 決意

「あの、ぜんざいさん。嫌な魔力ってなんですか?」

「がるる」


 『牛巻やごましおから嫌な魔力が漂っている』と、ぜんざいは言った。

 それは、二人の体調不良に関わるものなのだろうか。


「二人は風邪みたいな、ただの体調不良じゃないってことですか?」

「がう」


 ぜんざいは深くうなずき、『臭いが強くなって、気づいた』と言った。


「二人はどうやったら治せるんでしょうか?」

「がるぅ」


 ぜんざいは首を振った。

 博識なぜんざいでも分からないらしい。

 だが、治し方が分からないのならば、二人はどうやったら元気になるのだろうか。

 もしも、このまま二人の体調が良くならなければ、体力を奪われ続けることになる。

 最悪の場合は……。


 丈二がその可能性に気づき目を見開くと、ぜんざいは肯定するように目を伏せた。


「と、とりあえず急いで病院に――」


 プルルルル。

 丈二がスマホを取り出すと同時に、スマホに着信が来た。

 画面を見ると非通知だ。通話の相手が分からない。

 今は急いでいるのだ。イタズラ電話に構っている暇は無い。


 ブツリとコールを切るが、同じように非通知でかかって来る。

 仕方がない。

 丈二は苛立ちながらも、電話に出た。


「どなたですか?」

「やぁ、丈二。俺だキビヤックだ」


 スマホから聞こえてきたのは、何度か出会ったことのあるキビヤックの声だった。

 出会うたびに誘拐やらよく分からないイタズラをしている奴だ。

 丈二はまともに相手してられないと苛立ちを増す。


「お前……悪いがアンタと遊んでる暇は無いんだ。後にしてくれ!」

「待て。俺は牛巻やごましおの体調不良の原因を知っているぞ?」

「なんだと……そもそも、なんで俺たちの事を……」

「外を見て見ろ。ドローンが飛んでる」

「なっ!?」


 庭から空を見上げると、確かに丈二家を監視するように小さなドローンが飛んでいた。

 あそこから丈二家の様子を見張っていたらしい。


「どういうことだ。お前が原因で牛巻たちが苦しんでいるのか!?」

「まぁ、落ち着け。原因は俺じゃない。丈二はギルドの奴から聞いただろう。クラーケンだ」


 ギルドから聞いたクラーケン。

 それはときわ市で暴れているらしい怪物の事だ。

 そのクラーケンが牛巻たちの体を蝕んでいる?

 

「どういう事なんだ……」

「俺も詳しくは分からん。だが、牛巻たちにくっ付いてた『嫌な魔力』とやらの反応が大きいのが、ときわ市の深海だ。タイミングから考えて、クラーケンが原因だと思うのは不思議じゃないだろう?」

「そんな……ときわ市から俺の家まで、どれだけの距離があると思ってるんだ。そんなに遠くから影響を及ぼせるものなのか……?」

「お前たちがモングリアに行った時点で、精霊を蝕む種みたいな物を植え付けてたんじゃないか。まだ種だから、鼻の利くワンコロでも気づかなかった。その種が何かの理由で発芽したんだろう」

「……」


 丈二はふと思い出す。

 モングリアの社長である中鼠が言っていた。

 ときわ市の住人は、クラーケンによって深海に引きずり込まれる夢を見る――ような気がするのだと。

 牛巻も怖い夢を見た気がすると言っていた。


 この二つの話には『怖い夢』という共通点がある。

 ときわ市と牛巻たちの体調不良を結びつける要因になる。

 キビヤックが言っていることは本当なのかもしれない。


「どうして、俺にそんなことを教えるんだ?」

「簡単な話だ――クラーケンをぶっ殺す。そうすりゃ、牛巻たちも回復するだろう。丈二たちも協力しろ。ギルドからも頼まれてるんだろう?」


 クラーケンを倒して牛巻たちが回復するのなら、丈二だって戦うことはいとわない。

 おはぎたちに討伐の協力をお願いしよう。

 しかし、キビヤックの行動には疑問が残る。


「キビヤックは、どうしてクラーケンを倒したいんだ?」

「俺には面倒を見てやってる子供が居る。ソイツがクラーケンの魔力にやられた」

「キビヤックも、助けたい人が居るのか?」

「手下の一人も守れなかったら、天才犯罪者は名乗れないからな」


 ただの迷惑野郎かと思っていたが、キビヤックにも大切な人が居るらしい。


「分かった。俺もクラーケンの討伐に協力する」

「そうか、終わったら俺の開発した『自動たこ焼き機』を見せてやる。楽しみにしていろ!」


 ブツリ。

 乱暴に通話が切られた。

 ……自動タコ焼き機ってなんだろう?


「ぐるぅ!」

「がう」


 ぜんざいの背中からおはぎが出てきた。

 どうやら毛の中に隠れていたようだ。

 さらに、丈二の部屋からそっとラスクが顔を出す。


「あの、電話、聞いちゃいました……」

「キビヤックの奴、声がデカいからな……」

「私にも、私たちにも協力させてください」

「こっちがお願いする側だよ……おはぎ、やってくれるか?」


 おはぎはパタパタと飛びあがる。


「ぐるぅ!」


 『もちろん!』と、勇ましく鳴いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る