第185話 病魔

「丈二さん、大変ですにゃ!」


 稲毛が帰った後、おはぎダンジョンからサブレが飛び出してきた。

 なにやら慌てているようだ

 わちゃわちゃと体を動かしている。


「どうした。そんなに慌てて?」

「ごましおの体調が悪いみたいなんですにゃ!」

「分かった。すぐに行く」


 丈二とサブレは駆け足で、子猫の飼育部屋へと向かった。

 飼育部屋では隔離された段ボールに、ごましおと親猫が入っていた。

 ごましおはぐったりとした様子で、力なく『みぃみぃ』と鳴いている。

 いつもの元気いっぱいな姿とは似ても似つかない。

 親猫も心配そうに、ぺろぺろとごましおを舐めている。


「これは……ごめんな。こっちで預かるぞ」


 丈二がごましおを抱き上げても、やはりぐったりとしている。

 親猫は心配そうにごましおを見つめるが、とりあえず丈二に預けてくれるようだ。


「……感染病だと他の子猫にうつるから、俺の方で看病する。サブレ、そのことを親猫に伝えておいてくれ」

「了解にゃ!」


 にゃあにゃあと喋るサブレを残して、丈二はごましおを抱きかかえて部屋を出た。

 ポケットからスマホを取り出すと、河津動物病院へと電話をかけた。

 まずは病院で診て貰わなくては。

 数コールで応答がある。


「はい。こちら河津動物病院です。どうされましたか?」


 電話に出たのは河津では無かった。

 スタッフの看護師だろう。


「もしもし、牧瀬です。ごましおの体調が悪いみたいで、診察をお願いしたいのですが」

「申し訳ありません。河津は現在、県外に出ておりまして……帰って来る見通しが立っていないので、いつ戻るか分かりません」

「え、県外にですか……」


 まさかの不在だった。

 しかも県外となると、診て貰えるのがいつになるか分からない。

 それでは遅すぎる。


「よろしければ、他の動物病院をご紹介いたします。ごましおちゃんであれば、他の動物病院でも問題は起きづらいはずです」

「分かりました。よろしくお願いします」


 信頼している河津に診て貰いたかったが、居ないのであれば仕方がない。

 

 その後、丈二は紹介された動物病院へと向かった。

 診察の結果は『風邪』とのこと。

 薬を貰って、家へと帰った。


「ただいま」

「丈二さん、大変です!」

「こ、今度はなんだ……?」


 玄関を開けると、慌てた様子のラスクが飛び出してきた。


「牛巻さんが倒れちゃって!」

「牛巻もか……分かった。すまないが、ごましおを俺の部屋に寝かせてあげてくれるか?」

「わ、分かりました」


 丈二はごましおの入ったキャリーケースを渡すと、牛巻の編集部屋へと向かった。

 ごちゃっとパソコンやゲーム機、アニメグッズが詰め込まれた部屋の中心に敷布団が敷かれている。

 布団にはパジャマ姿の牛巻が寝ていた。


「大丈夫か?」

「うぅ、先輩……ごめんなさい」


 優しく声をかけると、牛巻がうめくように謝った。


「謝る事じゃない。体調は大丈夫か? なにか食えるか?」

「食欲は……あんまり無いかもです」

「それならゼリー買ってくるから、食べれそうな時に食べてくれ。他に欲しい物はないか?」

「……一つあります」


 牛巻はそっと布団から手を出した。


「手を握ってください」

「なんだそれ……まぁ、良いけど」


 布団に横たわる人の手を握るなんて、死に際みたいで縁起が悪い。

 しかし、病人の頼みを断るのもしのびない。

 丈二は大人しく牛巻の手を握った。


 どうやら熱があるらしい。牛巻の手は熱かった。

 寒気がするのか、プルプルと震えている。


「先輩の手、安心します」

「なにを弱気なこと言ってるんだ。しっかり休んで、いつもみたいに騒がしくしてくれ」

「ごめんなさい。なんだか、怖くって……」

「怖い……?」


 体調が悪くなれば、誰だって弱気になるだろう。

 丈二だってインフルエンザに罹ったときは、もう死ぬのかと思う。

 しかし、それにしても牛巻は気分が沈んでいるようだ。真っ青な顔をして、今にも死にそうだ。


「なにが怖いんだ?」

「なんとなく……真っ暗で寒い所に飲み込まれてる気がして……」

「体調不良で悪い夢でも見たのか?」

「夢……そうかもしれません」

「怖いなら、俺やラスク、犬猫族たちで付きっ切りで看病してやる。安心しろ、皆居るから」

「そう……ですよね」


 牛巻は呟くと、すっと目を閉じた。

 すぅすぅと寝息を立てている。寝てしまったようだ。


「ふぅ、とりあえず買い物に行かないとな」


 ラスクに出かけることを伝えるため、丈二は居間へと向かった。

 すると、丈二の部屋からのっそりとぜんざいが出て来る。


「ああ、ぜんざいさん――」

「がう」

「……え?」


 ぜんざいは神妙な面持ちで丈二を見つめると、『嫌な魔力の臭いがする』と言った。

 嫌な魔力。その言葉の意味が掴めずに、丈二は黙ってしまう。

 沈黙を遮るように、テレビの音が響いた。


『緊急です。昨晩からときわ市では、子供の体調不良が相次いでいます。市は伝染病の可能性を考慮し緊急の記者会見を――』

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