第184話 クラーケン

『ときわ市では船の転覆事故が相次いでいます。救助された方から、海に巨大な影を見たとの目撃情報が相次いでおり――』

「うぅん。頭が痛いかも……」


 朝ごはんを持ってきてくれた牛巻が、疲れた顔で呟いた。

 どことなく顔色も悪い。

 たしかに体調が悪そうだ。


「体調が悪いなら休んでくれ。牛巻が教えてくれたおかげで、猫族たちでも動画編集とかはできるし」

「いえいえ、休むほどではないです。ちょっと寝不足みたいな感じで……ちゃんと寝たんですけどね」

「そうか? まぁ、無理はしないでくれよ。こじらせた方が大変だからさ」

「はい。気を付けますね」


 丈二としては休んで欲しいのだが、無理強いもできない。

 本人の判断に任せるしかないだろう。

 あまり負担を増やさないように、フォローするしかない。


「……ん? 稲毛さんから電話だ」


 ぶるぶるとポケットのスマホが震えた。

 手に取ると、画面に表示されているのは『稲毛』の文字。


 稲毛はギルドの窓口として、丈二とやり取りをしている役人だ。

 以前は手が離せないという事で、代理の女性役人がやって来たが、今日は本人からの連絡らしい。

 丈二は通話ボタンを押して、耳にスマホを近づける。


「牧瀬様、おはようございます。お時間よろしいでしょうか?」

「ええ、大丈夫ですよ」

「急なお話で申し訳ないのですが、今日の午前中に牧瀬様のお宅にお邪魔してもよろしいでしょうか?」

「大丈夫ですけど……」

「ありがとうございます。詳しい話は後程いたしますので」

「分かりました」


 話が終わると、ブツリと通話が切れる。

 なんだか、ずいぶんと慌てているようだった。

 後ろでもバタバタと人が動き回る音が聞こえていた。よほどのトラブルが起こっているのだろう。


 丈二は首をかしげながらも、とりあえず朝ごはんを食べた。


 その後、午前十時ごろに稲毛がやって来た。

 挨拶もそこそこに、彼はカバンから資料を取り出してテーブルへと広げていく。


「牧瀬様はときわ市での転覆事故についてご存知でしょうか?」

「あぁ、ちらっと見ましたよ。朝のニュースでやってました。海に巨大な影を見たとか?」

「ええ、その目撃情報を受けて、我々も調査を進めているのです。ダンジョンから抜け出したモンスターの可能性がありますから」

「なるほど……」

「調査のために無人探査機を海に放ったのですが……何者かに破壊されました。しかし、破壊の直前に撮られた写真がコレです」


 稲毛が写真を差し出してくる。

 それは暗い海の写真だ。頼りないライトに、巨大な影が照らされていた。

 見え辛いが、触手のような物がカメラに向かって掴みかかろうとしているのが分かる。


「これは…でかいタコですか」

「はい。我々は異常成長したクラーケンだと考えております」


 クラーケンは巨大なタコのようなモンスターだ。

 一部のダンジョンに出現するが、とても強くて凶暴。

 そこらの探索者では討伐するのも難しく、一流の探索者が準備を整えて戦うようなモンスターだ。


 そんなクラーケンが異常成長をしたとなると……どれほどの脅威になるのか丈二には想像もつかない。


「それで、このクラーケンがどうしたのでしょうか?」

「……不躾なお願いになりますが、クラーケンの討伐にご協力を願えませんか?」

「討伐に協力、ですか……」


 まさか、こんな非常事態への協力をお願いされるとは思わなかった。

 ちょこちょこダンジョン配信などはしているが、丈二はペット配信者だ。

 むしろ怪獣討伐といえば、自衛隊の出番なのではなかろうか。

 勇ましいマーチを鳴らしながら、ドンパチして欲しいのだが。


「それほどのモンスターとなると、自衛隊の出番なのでは?」

「もちろん自衛隊の出動は予定されていますが、一部探索者への協力要請もしております。念には念を、十分な戦力をかき集めるように動いておりますので」

「なるほど……」


 モンスターによる災害に対して、探索者に協力を求めるのは一般的なことだ。

 先日、モングリア近くのダンジョンからモンスターが溢れた時も、警察と探索者が協力して対処していたように。

 ちなみに、協力すると報奨金が出るため、要請に応える探索者は多い。


「牧瀬様が飼育している『おはぎちゃん』や『ぜんざいさん』の戦力も期待しているのですが、特にお願いしたいのが『ラムネ』の協力です」

「あぁ、海が戦場になるからですか?」

「はい。敵を海から引きずり出すのは難しいため、必然的に戦場は海となるでしょう。しかし、海はクラーケンのフィールドです。敵に利が大きい……その差を少しでも埋めるためにも、海竜であるラムネの協力が欲しいのです」

「……お話は分かりました」


 クラーケンの討伐に、丈二たちの助けが欲しい理由は分かった。

 ギルドからは色々と借りもある。道義的には協力するべきかもしれない。

 

「本当はご協力するべきなのでしょうが……少し、考えさせてください」


しかし、軽率に首を縦には振れない。


「俺には、我が家のモンスターたちを守る義務があります。強さの分からない敵に突っ込むのは怖いのです」


 いつもであれば、戦いに行くモンスターについて調べ、万が一に備えてダンジョンへと向かう。

 あるいは、誰かを助けるために、どうしても丈二たちが行かなければならない理由があった。

 しかし、今回は違う。


 丈二たちが戦わなくとも、国が対処する。

 おはぎたちを危険に晒してまで戦う理由が無い。


 丈二はグッと頭を下げる。


「すぐにお答えできず、申し訳ありません」

「いえ、あくまでも協力のお願いですから、断るのは牧瀬様の権利です。お気になさらないでください」


 頭を上げると、稲毛は納得したように頷いていた。

 テーブルに広げられた資料を回収していく。


「私の方こそ、不躾なお願いをしてしまいました。申し訳ありません……このことは機密情報となりますので、外部には漏らさないようにお願いしたします」

「分かりました」


 その後、稲毛は子猫たちと遊びたいと残念そうにしていたが、忙しくて暇が無いらしい。

 そそくさと帰って行った。

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