第183話 拾ったわけじゃない

 楽しい時間はすぐに過ぎてしまう。

 どんちゃん騒ぎのバーべーキューも終わり、それぞれが自分たちの住処へと帰っていく。


「えへへぇ。せんぱーい」

「もう終わりなんだけど、そろそろ放してくれないか?」

「いやでーす」


 バーベキューは終わったのだが、相変わらず牛巻は酔ったままだった。

 とりあえず、牛巻を部屋まで送り届けないとならない。

 ぜんざいや寒天に手伝って貰おう。

 丈二は助けを求めてぜんざいを見る。


「がう」

「ぐるぅ?」


 しかし、ぜんざいは『先に戻っているぞ』と丈二を助けるつもりはないようだ。

 丈二の元に来ようとしたおはぎを咥えて立ち去ってしまう。


 それならラスクに助けを求めようとしたのだが、いつの間にか居なくなっている。

 つい先ほどまで姿を見かけたはずなのだが。


(……こんな所に木なんて生えてたか?)


 知らぬ間に、丈二たちの近くには若木が生えていた。

 こんな所に木は無かった気がするのだが……実際に生えているのだから、疑問に思っても仕方がない。

 暗いせいで気づかなかったのだろう。


「なんか、誰も居ないんだが……」


 気づくと、周囲には誰も居ない。

 わちゃわちゃとしていた犬猫族たちも撤収していた。

 完全に酔っ払いの世話を押し付けられている。


「仕方ない……ほら、ちゃんと歩け、布団までは運んでやるから」

「えへへぇ。ドコに連れ込む気ですかぁ? 送り狼ですか?」


 送り狼とは、夜道を歩く人を付け回す妖怪の事だ。

 転じて、女性を送り届けるなどしながら性的なことをしようと目論む男のことを指す。


「誰が送り狼だ。お前をここに捨てて帰っても良いんだぞ」

「えー、そう言って捨てないくせにぃ」


 牛巻はにまにまと笑いながら、丈二の頬をつつく。

 こいつ、本当に置いて行ってやろうか……。

 丈二はイラっとしたが、酔っ払いのざれ言だと自身を落ち着かせる。


「もういい、歩かないなら負ぶってやるから。背中に乗れ」

「はーい」

「うぉ……ちょっと重い……」

「こらぁ、女の子に何てこと言うんですかぁ」


 肝試し大会で、謎の女の子を担いだ時の倍近い重さを感じた。

 成人女性と子供なら、そりゃあ重さは違って当たり前なのだが……つい重いと口に出してしまう。


「悪い悪い」

「まったくもう……」


 牛巻を背負う。温かい体温が背中を包んだ。

 牛巻はギュッと丈二の首に腕を回す。

 柔らかい草原を歩きながら、空を見上げると満月が昇っていた。


「ねぇ、せんぱい」


 牛巻がささやくように呟いた。


「なんだ」

「……拾ってくれて、ありがとうございます」

「なんだよ。急に」

「きっと、皆が思ってることですよ。私、おはぎちゃん、ぜんざいさん、寒天ちゃん、マンドラゴラたち、サブレや犬猫族、ラスクちゃん、皆が思ってます」


 気づけば丈二家は大所帯だ。

 古い民家に一人っきりで過ごしていたころとは全く違う。

 今では家を歩けば、誰かしらが居る。

 とても賑やかで楽しくなった。


「俺は拾ったなんて思ってない。お前たちが来てくれたんだ。俺の方こそ感謝してるよ」

「えへへ、じゃあ感謝されてあげます」


 ギュッと、首に回された腕が狭くなった。

 もう放さないぞ、と主張するように。


「と、ところで先輩は結婚願望ってありますか?」

「結婚かぁ……」


 結婚と聞いて、最初に思い浮かんだ顔は牛巻だった。

 だって牛巻は週のほとんどを丈二家で過ごしている。

 自宅に帰るのは一週間に一回程度。ほとんど同居状態だ。


 しかし、牛巻が丈二をどう思っているか分からない。

 まさか嫌われてはいないだろうが……。


「だけど、独身がペットを飼いだすと結婚率が下がるらしいよな。大量に招いてる俺の結婚率はどれくらい下がってるんだろうか……」

「わ、私が見てるペット系動画投稿者の人は、同じ界隈の人と結婚してましたよ」


 その話は丈二も知っている。

 犬系のペット動画投稿者さん同士が結婚した話だ。

 どちらも見ていたので驚いたものだ。

 動画投稿者なんて特殊な仕事だが、同業者となら軋轢なく付き合えるのかもしれない。


「同業者かぁ。俺の知り合いだと刑部おさかべ兎束うずかさんと……あとリオンさんとも連絡とってるな」

「ちょっと待ってください。最後の誰ですか!?」

「ほら、ダンジョン配信者の人だよ」

「めちゃくちゃ有名人じゃないですか……なんで連絡先なんて知ってるんですか!?」

「そもそも、おはぎがバズったのってあの人に拡散されたからだし」


 おはぎを拾ったばかりのころ、街を歩いていたら声をかけられたのだ。

 あの人が拡散していなかったら、今ほど急速におはぎがバズることは無かったかもしれない。

 あの時に連絡先も交換していたため、ちょこちょことやり取りはしている。


「なんか、犬を飼ってるらしくてさ。おはぎも連れて、モンスターOKのペットカフェに行かないかって誘われてるんだ」

「ぐおぉぉぉ、なんという伏兵……先輩って意外とモテる……?」

「いや、向こうはおはぎに会いたいだけだろ。モテるとかじゃねぇよ」

「こいつ……ラブコメ主人公みたいなことを!?」


 その後もぎゃあぎゃあと騒ぎながら、丈二たちは家へと戻った。


 ……丈二たちが去った後、残された若木はポンと煙に包まれる。

 出てきたのは顔を真っ赤にしたラスクだ。


「あわわわ……ラブコメですぅ……」


 顔を手で覆って、ぺたんと耳を閉じるラスクだった。


  ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 ――時間は戻り、丈二たちがモングリアへ行っていた日。

 暗い漁港を、鼻を真っ赤にした男が歩いていた。

 ふらふらと歩いていると、ぬるり。足元が滑って男は転ぶ。


「……あんだぁ?」


 転んで地面に付いた手を見ると、ぬるぬるとローションのような物が付いていた。

 すんすんと臭いを嗅ぐと、魚のような生臭さが鼻をつく。

 よくよく地面を見れば、大きな何かが這ったような跡が残っている。


「ワレラガ、アルジ……コノミヲ、ササゲ……イマ、メザメヲ」

「あ?」


 どこからか、囁き声が聞こえた。

 キョロキョロと見回すが誰もいない。

 気のせいか。そう思って地面に手を付いた時だった。


「あ? ――ひっ!?」


 ザバン!!

 海面から飛び出したのは、巨大なタコの足だ。人間よりもずっと太い。ビルのように太く大きな足が海面から伸びている。

 そして足の先には、巨人の体に魚の頭が付いたような化け物が掴まれていた。


「ひえぇぇぇぇぇぇ――あう……」


 怯えた男は、ばたりと気を失った。


 そして翌朝には、タコ足も魚人も消えていた。いつものように静かな海が広がっているだけ。

 昨晩のアレは夢だったのだろう。

 男はそう理解して、頭痛に痛む頭を抑えながら帰路に付いた。

 ……しっとりとした手のひらに、魚の臭いを付けながら。

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