第182話 憑依体質

「うぇーい。ラスクちゃん、やってるかーい?」


 マタタビで酔った牛巻は、ラスクにダル絡みを始める。

 まるで質の悪い酔っ払いだ……。


「牛巻さん近いですー!」

「えぇー。これぐらい普通だよー」


 牛巻がラスクの肩に手を回す。

 いや、あれはそんなレベルじゃない。

 もはやヘッドロックだ。

 ラスクの頭を捕まえて、自分の胸にぎゅうぎゅうと押し付けている。


「こら、酔っ払い。いい加減にしろ」

「うわぁ、私のマタタビー」


 丈二は牛巻の握ったマタタビを取り上げると、ポイっと投げ捨てた。

 投げられたマタタビは、シュバっと飛び出したケットシーによって回収された。

 半蔵の元に修業へ行っていた黒猫だ。

 彼の物だったのだろうか?


「あれぇ? 先輩じゃないですかぁ」

「ほら、酔っぱらっても後輩にダル絡みしないような、良い先輩になるんだろ。シャキッとしろ」


 丈二たちが社畜をやっていたころの話だ。

 新入社員として入って来た牛巻の歓迎会で、牛巻は酔った先輩にほぼセクハラのいじりを受けたことがある。

 その時は丈二が間に入って受け流したが、やはり不快だったらしい。

 後に牛巻は怒っていたものだ。

 曰く『私はお酒に飲まれて後輩をいじめるような、駄目な社会人にはなりません!!』と。


「そうれす! 私は可愛い後輩のラスクちゃんの嫌がるようなことはしません!」


 牛巻はラスクにかけていたヘッドロックを解除。

 ラスクは自由の身となった。


「助かりましたぁ……」

「ごめんねぇ。ラスクちゃんが可愛くてぇ…」

「いえ、気にしないでください。姉妹みたいで、ちょっと楽しかったですし……」


 ラスクは『えへへ』と笑った。

 さっきのヘッドロックが姉妹っぽいって、どんな感性なのだろう……。

 野生で生きて来たから、ちょっとの暴力はじゃれ合いみたいな物なのだろうか。


「それじゃあ、ラスクちゃんの代わりに先輩に絡みます!」

「ぐうぇ!? 絞め殺す気か!?」


 牛巻が丈二に抱きついて来た。

 ギュッと締め付けられて呼吸が苦しい。

 猫耳を生やして力が増していることを忘れているらしい。


「あはー。ごめんなさーい」


 牛巻の力が弱まる。命の危機からは脱したらしい。

 しかし牛巻が離れることはなく、ぐしぐしと丈二の胸元に頭をこすりつけている。

 マーキングでもされてる気分だ。


「とりあず、酔っ払いは大人しくなったか」

「牛巻さんは酒乱ですね……」

「死ぬほど酒に弱いから普段は飲まないんだけどな、まさかマタタビにまで弱いとは思わなかった」


 大人しくなったのは良いのだが、抱きつかれていると動けない。

 なんとか放してくれないかと牛巻を見ると、ぴくぴくと動いている猫耳が気になった。


「ずっとスルーしてたけど牛巻に使ってる魔法ってなんなんだ?」

「あ、一時的に精霊を繋げる魔法と、私の変化魔法を使ったミックスです。ぜんざいさんが『妖狐のお前なら使えるだろう』って教えてくれたんです」


 どうやら、ぜんざいから教えて貰った魔法だったらしい。

 ぜんざいはおはぎを巨大化させる魔法も教えてくれた。

 年の功で色々な魔法を知っているのだろう。


「もしかして、俺がおはぎと繋がったら翼を生やしたりできるのか?」

「いえ、普通の人にはそこまでの効果は無いらしいです」

「普通の人……え、牛巻ってなにか特別なのか?」


 『あへぇぇ』と訳の分からない笑い方をしながら、よだれを垂らしている姿はただの酔っ払いである。

 服によだれが付くから、止めて欲しい。

 丈二はポケットからハンカチを取り出すと、牛巻の口元をぬぐった。


「えっと、『憑依体質』とかが近い表現かもしれないです。精霊に特別な個性が無いので、他者からの影響を受けやすい。その代わりに得意な魔法も無い。そう、ぜんざいさんから聞きました」


 精霊に個性が無いから、他者の影響を受けやすい。

 白いノートの方が書き込める。みたいな話だろうか。

 ともかく、牛巻はその体質から、精霊を繋げるとごましおを始めとしたモンスターの影響を強く受けるらしい。


「私の変化魔法も、本当は他の人には使えないんですよ。精霊に邪魔されちゃうので、牛巻さんだから変えられるんだと思います」

「へぇ、牛巻って凄いヤツだったんだな……」


 牛巻に戦って貰う予定もないが、何かの時には役に立つかもしれない。

 マンドラゴラたちと繋いで、畑仕事を手伝うとか?

 いや、むしろマンドラゴラたちを味方につけて『ほわー!(お菓子買ってこーい!)』と我がままを言ってきそうだ。


 それに編集やらで忙しい牛巻に、他の事を頼んでいる余裕はない。

 体質が特別だとしても、今までと変わらないだろう。

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