第178話 変な魔力

 女の子は案内されたトイレで、パシャパシャと手を洗っていた。

 洗面台の脇に置かれたぬいぐるみが、触れても居ないのにフルフルと震える。


「無事に潜入は成功だな。ククク、フハハ、ダァッハッハッ――むぐ!?」

「うるさい」


 ぬいぐるみは三段笑いを決めて、大笑いをしようとした。

 しかし、開けた大口にうまそうな棒を突っ込まれ、中断された。


「外には案内してくれた猫族ケットシーが居る。大きな声を出さないで」

「おっと、そうだったな……」


 ぬいぐるみ(?)はうまそうな棒をサクサクと食べると、ぺろりと指を舐めた。

 まるで悪魔のような細長い指は、不気味さを醸し出している。


「ククク、せっかくの侵入を無駄にしてはいけないからな。このキビヤック様におはぎダンジョンの秘密を差し出してもらうぞ」


 ぬいぐるみのフリをして女の子に抱かれていたのは、キビヤックと名乗るモンスターだ。

 細長い指やギョロリとした目は、アイアイと呼ばれる猿に似ている。

 有名な猿の歌に出て来るアイツだ。

 ちなみに、実際のアイアイはあんな陽気な歌が似合う姿をしていない。


「……子供と一緒に居るのは苦手。早く終わらせて欲しい」

「お前だって子供だろうが……まぁ待て、すでに探査用ミリロボットは放ってる。あとは時間を稼ぐだけだ」


 すでに、おはぎダンジョンには手の爪ほどの大きさしかないロボットたちが放たれている。

 ロボットたちによって必要な情報は調査されて、女の子が持つスマホへと送信される。

 後は必要な情報が集まるまで待つだけだ。


「そもそも、なにを調べているの。丈二はアイスをくれたから、迷惑をかけるのは駄目だよ?」

「その辺は計画書に書いてあっただろ。もしかして読んでないのか!?」

「……だって、文字がいっぱいだったから」

「まったく、お前は……やはり、学校に通わせた方が良いのか……?」


 キビヤックは顔を片手で覆うと、やれやれと頭を振った。


「俺様の目的はただの調査だ。あのドラゴン――おはぎがデカくなる魔法について調べるだけだ。直接的な被害は何も起きない」

「……キビちゃん、身長を気にしてたんだ。たしかに小さいもんね」

「違うわ!! あの魔法を使えば、弱いモンスターを強化して戦力として使えるだろう。あの『クソみたいなナメクジ』をモンスターに使う気は起きないから、その代わりだ!」

「ふぅん……」


 しかし、女の子の見立てでは、キビヤックは身長を気にしている。

 なぜなら、人と話すときには高い所に上りたがるから。

 キビヤックは女の子の生暖かい目線に気づかず、神妙な顔をした。


「……それに、丈二の奴らはモングリアから変な魔力を引っ付けて来てるぞ」

「変な魔力って?」

「詳細は分からん。俺様レベルの天才でなければ気づけないような微細な魔力だ。しかし、嫌な予感がする」


 天才犯罪者を自称するキビヤックだが、実際にあちこちの組織から追われている。

 この間も、裏カジノのサイトをぶっ壊して恨みを買ったところだ。

 

 そんなキビヤックが生き残れている理由の一つは『勘の良さ』にある。

 そして勘に寄れば、この『変な魔力』は丈二たちに大きな不幸を運んでくる気がしていた。


「丈二たちを心配してるの?」

「はっ、馬鹿を言え! 高いアイスの礼がスナック菓子一本では情けないだろう。俺様は恩も仇も百倍返しだ!」

「ふぅん」


 それはキビヤックなりの照れ隠しだろう。

 キビヤックも女の子も、仲間や親に捨てられたはぐれ者だ。

 だからこそ、あの夜に声をかけてくれた丈二には、少なからず親しみを覚えている。


「ほら、そろそろ戻らないと怪しまれるぞ」

「うん。分かった」


 その後、キビヤックたちは丈二の元へと戻った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る