第172話 深海

 ごましおの洗浄という一仕事を終えた丈二は、のんびりと風呂に浸かっていた。

 今はカメラも丈二を捉えていない。


「ぐるぅ♪」

「ぴぃぃぃ!!」


 パシャパシャと泳ぎ回りながら追いかけっこをしているおはぎときなこを写している。

 ちなみに、追いかけっこはおはぎが圧倒的に優勢だ。

 器用に犬かきをしているおはぎと比べて、きなこは泳ぎの下手なアヒルみだいだ。必死に足を動かしているのだがとても遅い。


『きなこちゃん頑張れwww』

『なんか、アヒルの玩具みたいだ……w』

『お風呂に浮かべるあれかwww』


 二匹の様子をぼーっと眺めていると、隣に牛巻が座った。猫耳はくっ付いたままである。


「お疲れ様です。先輩」

「あ、おう……」

 

 その水着姿に、丈二はつい目をそらす。うっかり胸元なんて見たら、セクハラになるかもしれない。


「先輩、私に言う事ないですか?」

「え、なんだ?」

「……レンタルでも、女の子が水着を着てるんですよ?」

「えぇ……に、似合ってるな?」

「むぅ……」


 どうやら、丈二の言葉は良くなかったらしい。

 牛巻は不満そうに口を尖らせた。しかし、次の瞬間にはやれやれと諦めたように微笑んだ。


「まぁ、先輩ですからね。及第点はあげます」

「あ、ありがとう?」


 何の事か分からないが、ギリギリ合格だったらしい。


 一方その様子を見ていたラスクは、頭からぽんと煙を上げて狐耳を生やした。

 両手を頬に当てて、気恥ずかしそうに体をくねくねさせる。


「ら、ラブコメの波動を感じます……!!」


  ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 その後もモングリアを楽しんだ丈二たち。

 しかし、楽しい時間はあっという間に終わってしまうものだ。

 夕日によって空が赤く染められたころ、丈二たちはモングリアのゲートから外に出ていた。


「牧瀬様、本日は本当にありがとうございました。当施設の宣伝だけでなく、モンスターへの対処までして頂いて……本当にありがとうございました!!」

「いえいえ、気にしないでください。こちらも勉強になりましたから」


 中鼠は深々と頭を下げた。

 なんだが、申し訳ないほど感謝されている。


「ぜひ、また遊びに来たいので……経営のほう頑張ってください」

「もちろんです。いつまでも楽しんで頂けるように、尽力いたします!」 


 モングリアにまた来たいのは社交辞令ではない。

 本当に楽しかった。丈二は思い出を振り返るようにゲートを眺めた。

 ゲートを見て、ふと気になったことがある。


「モングリアってデカいタコ……クラーケンの意匠が多いですよね?」


 モングリアのゲートを襲うように、でかでかと作られたクラーケンのオブジェ。

 お化け屋敷も、序盤で巨大なクラーケンに襲われた。ホテルのシャンデリアでもタコ足が表現されていた。

 他にも細々と、タコや触手を思わせる部分が多かった。


「クラーケンにこだわる理由があるんですかね?」

「ああ、それですか……夢に見るんですよ」

「……夢に見る?」


 中鼠は遠くを見る。

 その方向には海があったはずだ。


「暗い深海。どれだけ必死にもがいても、深い闇の中では意味が無い。恐怖に身をすくめていると、深海から不気味な触手が伸びて来る」

「……そんな夢を見るんですか?」

「いいえ。見たことありません!」


 丈二はガクッと転びそうになる。

 中鼠が実体験のように話すため、てっきり見たことがあるものだと思ったのに。


「だけど、ときわ市に住んでる人に聞いてみてください。今言ったような夢を見たことがあるか。聞いてみると、『見たことがあるようなぁ……無いようなぁ……』って答えるはずです」

「同じ場所に住んでる人たちが、同じような夢を見た……気がするってことですか?」

「そうなんですよ。不思議でしょう? ときわ市じゃ有名な都市伝説なんです」


 確かに不思議な話である。

 しかし似たような話として、有名な国民的アニメの『存在しない話』を見たことある人が、一定数いたりする。

 なんらかの理由で、話に既視感を感じているだけなのかもしれない。


「この都市伝説が出回り始めたのが、ちょうど十年くらい前で、災害でボロボロになったモングリアを再建してたころなんですよ。だからデザインするときに、引っ張られたんだと思います」

「なるほど」


 そうして、最後にちょっとだけ怖い話を聞いてしまったが、丈二たちの遊園地見学は楽しく幕を閉じた。

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