第171話 逃げる猫

 中鼠によって案内されたホテルは、なかなか豪華な内装をしていた。

 どっかのお城みたいである。

 そんな雰囲気を崩さない程度に、モングリアらしいデザインを取り入れている。

 モンスターが描かれた絵画だったり、天井にぶら下がっているシャンデリアがタコっぽくなっていたり。

 見て回っているだけでも楽しめるような工夫が凝らされていた。


 やがて、丈二たちは浴場に到着。

 浴場は混浴らしいのだが、当然ながら更衣室は男女別だ。

 丈二は更衣室で服を脱ぐと、パンツスタイルの水着の様な湯浴み着へと着替えた。

 混浴なため、モングリアから湯浴み着を貸し出しをしているらしい。


『ジョージって意外と筋肉あるよな……』

『モンスターたちの遊びに付き合わされてるからなwww』

『農作業の影響もありそう』

『最近、腹が気になって来たんだよなぁ。犬とか飼おうかな……』


 なにやら、コメントで丈二の体について話されている。

 少し気恥しいが、丈二は気にせず浴場へと向かった。


「おぉ……すげぇ……」

「ピカピカですにゃ!?」


 大理石のような白い石で作られた浴場は、よく磨かれてピカピカしていた。

 なによりもビックリなのは、湯船のど真ん中にそびえる噴水だ。

 杯のような形をした噴水から、ザバザバとお湯が溢れて小さな滝を作っている。


「がう!」


 ぜんざいはトテトテと軽い足取りで湯船に向かった。ちょっと、はしゃいでるらしい。

 お湯をかき分けて湯船の真ん中に向かうと、噴水に背を向ける。


「がうぅぅぅぅ……」


 まるで打たせ湯のようにお湯を浴びていた。気持ち良いらしい。

 だが、そういう使い方で良いのだろうか。

 違う気もするが、使っている本人が満足ならそっとしておこう。


『その発想は無かったwww』

『スーパー銭湯で似たような光景みたことあるわwww』


 ぜんざいに続いて、丈二たちも湯船へと向かう。

 ぼちゃりと湯船に足を浸けると、丁度良い温度だ。

 全身を沈めると、つい声が漏れた。


「あぁぁぁ……気持ち良いな。長旅の疲れが取れる……」

「うにゃあ……いつもの温泉も良いけど、ゴージャスなのも良いですにゃあ……」

「ぐるぅ……」

「ぴぃ……」


 おはぎたちも、湯船の浅い所で体を伸ばしていた。

 朝早くからバスに乗って来て、歩き回っていたため体が疲れていたのだろう。

 寒天だけは湯船にプカプカと浮かんで漂っていた。スライムは風呂に入っても仕方がないため、ああして遊んでいるのだろう。


 丈二たちがのんびりくつろいでいると、カラカラと浴場の扉が開いた。

 入って来たのは牛巻とラスク。それとラスクに抱えられたごましおだ。

 二人ともビキニ・スタイルの湯浴み着を着ていた。

 男性用の物は特に装飾もない地味なパンツだったのだが、女性向けの物は少し凝っているらしい。

 可愛い柄やフリルが付いている。


「みぃぃ! みぃぃぃぃ!!」

「あぁ……暴れないでください……」


 そしてラスクの手元では、ごましおが鳴き喚きながら暴れていた。

 おはぎたちと違って、ごましおは普通にお風呂が嫌いである。

 そのため、汚れていなければ洗うことは無いのだが……魚人モンスターとの戦闘によって汚れと臭いがこびりついた今日はそうもいかない。


『なんだなんだ?』

『あれ、子猫も連れて来てたのか?』

『カメラが動かねぇなwww』

『女の子の声が聞こえたぞ。丈二と同じような湯浴み着を着ているなら水着タイプのはず……カメラ仕事しろぉォォォ!?』

『ジョージ、お前がそんな奴だとは思わなかった。一人だけ混浴を楽しむだなんて!?』

『もしかして、SNSの方を更新してる子たちかな? あっちも楽しんで見てます!』


 牛巻たちを画面に写すつもりはないため、カメラはぜんざいを捉えている。

 相変わらず、滝を背に受けてジッとしていた。全く画面が変わらない。

 これはこれで需要があるはずだが……一部の視聴者は女子の水着姿が見えないことに血涙を流していた。


 そんな視聴者は置いておいて、丈二は湯船から上がる。

 ラスクに歩み寄って手を差し出した。


「ごましおは俺の方で洗うよ」

「あ、はい。お願いします」

「みぃぃぃぃ!!」

「あ、こら、逃げるな!?」


 しかし、ごましおは丈二に手渡された瞬間、スルリと抜け出す。

 ダッ!!

 ごましおは脱兎のように駆け出した。あそこまで早く走れるとは、丈二も驚きである。


『早いな!?』

『逃げるために必死だwww』

『本来はこういう反応だよなwwwおはぎちゃんたちが特殊なだけでwww』


 しかし、いくら逃げ足が速くとも子猫である。

 ごましおが湯船の傍を走り抜けようとした時だった。

 シュバ!!

 湯船で浮いていた寒天の体が伸びて、ごましおを捕まえた。

 まるでハエを捕食するカメレオンのような、一瞬の早業だ。


「みぃぃぃぃいいい⁉」

「ナイスだ。寒天!」


 四肢を拘束されたごましおは、ふわふわのお腹をさらけ出しながらバタバタと暴れていた。

 もはや逃げる方法は無い。大人しく綺麗にされるしかないのだ。


『寒天すげぇ……』

『ハヤワザ!!』

『流石はおはぎダンジョンで最も仕事の出来る男……男?』

『スライムだから性別はないやろwww』


 その後、ごましおは丈二と寒天によってピカピカに洗われた。

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