第166話 お魚ぴちぴち

 牛巻とごましおによって、モンスターたちが焼き払われていく。

 海産物でバーベキューをしているような、焦げた塩の匂いが広がった。

 しかし、モンスターは変わらずにダンジョンが溢れ出る。牛巻たちでは焼き尽くせないほどに。


「こいつら……俺たちを無視して走り出したぞ!?」

「ぐあぁ!? ヤバい。モングリアの方に逃げてくぞ!!」

「後続の探索者に連絡しろ!! あの寂れた遊園地で食い止めるんだ。あそこまで抜けられたらヤバいぞ!!」


 ダンジョンをぐるりと囲んでいた包囲網。その一点が完全に破られた。

 モンスターたちは我先にと包囲から抜け出すと、モングリアの方角へ走っていく。


 今日のモングリアは丈二たちによる貸し切りだ。

 統率の取れた犬猫族たちのことだ、すでに避難は完了しているだろう。

 そのため、モングリアで被害が出る可能性は低い。


 しかし、モングリアの先には大きな港がある。

 すぐ近くには大きなショッピングセンターもあり人で賑わっている。

 そんな所にモンスターたちが襲撃したら、大きな被害が起きるだろう。


(先輩たちが心配だけど……こっちも手が離せない……)


 わらわらと包囲から抜け出すモンスターたち。

 なのに、ダンジョンからさらにモンスターが出てくるため、その数は全く減らない。

 とてもモングリアの方にまで手が回せる状況では無かった。


「ガルアァァァ!!」

「ギャァァァ!!」


 せめてもの、頼みの綱はぜんざいだ。

 ぜんざいが巨大な魚人の怪物を倒して、モンスターたちの処理を手伝ってくれれば勝機はあるだろう。

 二匹の大怪獣バトルを見るに、基本的にはぜんざいが優勢。しかし、決定打を決められないようだ。


「こうなったら……寒天、ラスクちゃん。少し作戦会議できる?」

「分かりました!」


 散らばっていた三人は集合。

 短い作戦会議を終えると、ラスクはモンスターたちの山へと飛び込んで行った。


「ごましお、作戦通りにお願いね。寒天、私たちを守ってね」


 寒天はぷるんと震えると、牛巻とごましおを守るように体を広げて壁を作った。

 そして牛巻に生えた二本の尻尾から、ぽつぽつと青い鬼火たちが噴き出す。

 鬼火たちはゆらゆらと飛び出すと、ぜんざいと戦っている巨大魚人へと押し寄せた。


「ギャス!?」


 ドドドドドド!!

 鬼火の一つが小さな爆発を起こすと、次々に爆発が連鎖した。

 巨大魚人が爆炎に包まれるが、効いていない。表面の暗い鱗が汚れた程度だ。

 巨大魚人がニヤリと笑って牛巻を見下した。効いていないぞと小馬鹿にしているようだ。

 しかし、牛巻だってそう簡単に倒せるとは思っていない。


「隙ありです」


 ズバン!!

 巨大魚人の背中に生えていたタコ足。その一本が根元から断ち切られた。

 タコ足を切った勢いのまま、くるりと空中で一回転し、ぜんざいの隣に降りたのはラスクだ。

 牛巻とごましおの攻撃はただの目くらまし。本命はラスクによる背後からの一撃だ。


「ギャァァァス!?」


 巨大魚人が痛みに耐えるように叫び声を上げた。

 大きな隙だ。それを、ぜんざいは見逃さなかった。


「ガルゥ!!」

「グギャァ!?」


 ぜんざいは巨大魚人の喉元に噛みついた。

 鋭い牙によって貫かれ、強靭なアゴによって首がべキリと折られた。

 ぐったりとする巨大魚人。ぜんざいの勝利だ。


「――ガルゥ!?」


 しかし、ぜんざいはすぐに巨大魚人の死体を空中に投げ捨てる。

 投げ捨てた死体の腹は、異様なほどにぼっこりと膨らんでいた。

 ドン!!

 腹から爆発が起きると、血しぶきと共に黒い煙がまき散らされる。


「なにこれ、生臭い……」


 酸っぱいような臭いが辺りを包む。決して気持ちの良い香りではない。

 目が染みて涙が出る。意識がくらりとする。

 しかし、辛いのは人間側だけらしい。


 モンスターたちは雄たけびのような声を上げた。

 まるでエナドリを飲んだゲーマーのように、ランランと目を輝かせる。

 先ほどまでよりも動きが早くなり、攻撃が苛烈になった。


 しかも黒い煙によって視界が奪われている。

 数メートル先も見えないため、これでは周囲の状況が分からない。


(このままじゃマズい……この煙を何とかしないと――ッ⁉)


 ふと、背後に気配を感じた。

 牛巻がバッと振り返ると、鋭い牙が眼前に迫っていた。

 ごましおの鬼火も間に合わないだろう。

 これは死んだな。牛巻はそう悟ると、ギュッと目をつむった。


「先輩……」


 ズドン!!

 次の瞬間。大きな音が響くと、牛巻のまぶたを強い光が包んだ。

 目を開けると黒い煙が晴れて、あたりを緑色の光が包んでいる。

 ダンジョンから出てきたモンスターたちは苦しむようにもがき、シュルシュルとその体を変化させる。

 ほんの数秒後には、ダンジョンから押し寄せていたモンスターは消えていた。

 かわりに残されたのは、コンクリートの上でぴちぴちと跳ねるお魚たちだけだ。


「おーい、大丈夫かー?」

「グルゥ!」


 バサバサと翼をはためかせて降りてきたのは、丈二と巨大化したおはぎだった。

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