第165話 猫耳VTuberでした

  ズドン!!

 まるで高速道路を走る大型トラックが正面衝突したように、大きな衝撃音が響いた。

 走り出したぜんざいと怪物が、正面からぶつかり合ったのだ。


「ガルゥゥゥ!!」

「ギャア!?」


 正面衝突の結果、押し勝ったのはぜんざいだ。

 ぐらりと尻もちでもつくように怪物はよろける。しかし、背中から生えたタコ足を伸ばして体勢を立て直すと、ぜんざいに掴みかかかった。

 しかし、怪物の腕をぜんざいはひらりと避け、続けざまに怪物の喉へと飛び掛かった。


 ぜんざいと怪物の戦いは、さながら映画のようだ。

 巨大なモンスターたちが、ドシンドシンと力をぶつける。ポップコーンを片手に観戦したくなる迫力だ。

 そんな怪獣映画の足元では、ゾンビ映画が繰り広げられていた。


 モンスターたちが奇妙な叫び声を上げて走り出す。

 正気を失って死体のように動く姿からは、ゾンビ映画を想像させられる。

 もっとも、死体にしてはぴちぴちと元気すぎるが。


「グギャアァァァァ!!」

「キシャアアァァァァ!!」

「うびゃあぁぁぁ!?」


 最後の叫び声は牛巻の物だ。半泣きになりながらスマホを握りしめる。

 牛巻は元会社員の一般女性だ。モンスターなんて丈二家に来る前には、リアルで見たことはほとんど無かった。

 当然ながらダンジョンなんて潜ったこともない。せいぜい、犬猫探索隊を送り届ける程度だ。

 そのため、モンスターと戦ったことはもちろん、襲われたことも無い。初めての経験である。

 しかも襲ってきているのは、ゾンビのように理解不能で凶暴そうなヤバい奴らである。

 正直言って、超怖い。人生で一番恐怖を感じている。今ならモングリアのお化け屋敷に安心感すら覚えそうだ。


「数が多すぎる……どれだけ出てきやがるんだ!!」

「マズい!! 包囲を突破されるぞ!」


 しかも、ダンジョンからはモンスターが出続ける。

 かつて、マンホールからゴキブリがガサガサと溢れ出る動画が出回ったことがあるが、その様子に似ていた。

 モンスターたちは同胞の死体を踏みつけて進軍を続ける。

 そして扉が破られてから数分もしないうちに、ダンジョンを囲むように敷かれていた包囲が破られた。


「グギャアァァァ!!」

「ひっ……」


 深海魚のようなモンスターが牛巻に迫った。

 ギザギザとした歯の生えた口を開き叫び声を上げて、鋭い爪を振り上げる。

 素人の牛巻には、小さな悲鳴を上げて身をすくませることしかできなかった。


「危ないです!!」

「ラスクちゃ――ッ⁉」


 牛巻をかばうように、ラスクが飛び出した。

 鋭い爪がラスクを引き裂く。

 その痛々しい傷口から血が噴き出す――ことは無かった。

 ポン!!

 シャンパンでも開けたような子気味の良い音が響くと共に、ラスクの体が煙となって消える。

 深海魚のようなモンスターが呆気に取られたようにあんぐりと口を開けた。その顔のまま、モンスターの頭がころりと落ちて、コンクリートに転がった。


「ぴぃ⁉」


 目の前でいきなり起きたスプラッタ劇場に、牛巻はきなこのような悲鳴を上げる。

 モンスターの体がばたりと倒れると、その後ろには血に濡れた刀を振りぬいたラスクが立っていた。


「大丈夫ですか?」

「わ、私は大丈夫だけど……ラスクちゃんこそ平気なの?」

「あ、はい。攻撃されたのは私が作った幻ですから……あ、この武器は落ちてたのをお借りしました。使いやすいですね」


 そう言って、ラスクはにこりと笑った。

 牛巻を安心させるために笑ったのだろうが、頬に点々と返り血が付いているため、なんだかヤンデレ感があった。


「そっか、ラスクちゃんは元々野生で生きてたんだよね……私と違って戦い慣れてるのかぁ」

「はい。これくらいなら問題ありません。牛巻さんを安全な所まで護衛しますね」


 なんとも頼もしい狐っ娘である。

 ともかく、このまま牛巻が残っていても邪魔になるだけだ。

 早く退散しようとしたのだが、それに異を唱える者が居た。


「みぃー!!」

「えっと、『僕も戦う!!』だそうです」


 ごましおである。牛巻の胸元から顔を出して、ドヤ顔で鳴いていた。

 まだ子猫の癖に、謎に好戦的なごましおだ。以前は無謀にもぜんざいに挑んでいた事もある。鼻息によって、一瞬で倒されていたが。

 しかし、今回はぜんざいのように優しい相手ではない。子猫だろうと容赦をしない凶暴なモンスター軍団である。

 ごましおの我がままに付き合うわけにはいかない。


「ダメに決まってるでしょ。ラスクちゃんや寒天ちゃんならともかく、ごましおは邪魔になるだけなんだから……」

「みー!!」

「ダメな物はダメ!! 戦えるようになってから言いなさい」

「あ、それなら丁度良い魔法がありますよ」

「……え?」


 ラスクが目をつむり手を伸ばすと、ごましおと牛巻の頭の上にキラキラと光りが舞った。

 次の瞬間、ポンという音と共に煙が巻き起こり牛巻たちを包んだ。

 煙が晴れると、牛巻の頭の上に猫耳が生えて、腰からは二本の尻尾が伸びていた。ごましおとお揃いである。

 牛巻はぴょこぴょこと動く自身の耳と尻尾を触った。

 

「……にゃんで⁉」

「えへへ、ぜんざいさんに教えて貰った魔法なんです。一時的に精霊を強く繋げて魔力を上げる魔法なんですよ。これで牛巻さんとごましおちゃんで、強い魔法が使えるはずです」

「みー!!」


 ごましおはフンスと鼻息を荒くする。

 同時に牛巻に生えた二本の尻尾が動き、お腹の前でハートマークを作る。

 ハートマークの尻尾が触れる部分からバチリと音がすると同時に、鬼火のような青い炎が飛んだ。

 炎はダンジョンから溢れ出るモンスターたちにぶつかると、大きな爆発を起こす。

 牛巻のキル数が一気に跳ね上がった。


「みー♪」


 精霊が強く繋がっているおかげか、牛巻にもごましおが何と言っているのか分かった。

 どうやら、『僕強い♪』と喜んでいるらしい。


「すげぇ……あの嬢ちゃん強いぞ!?」

「でも何で猫耳付けてるんだ?」

「そういう趣味だろ?」


 ざわざわと戦っていた探索者たちから注目される。

 別に猫耳を生やしているのは趣味でもなんでもないのだが、まさかモンスターと力を共有しているんですとも言えない。そんな非常識な話は聞いたこともない。言ったら後々、面倒なことになるだろう。

 とんだ羞恥プレイだった。


「大丈夫……以前は猫耳VTuberとして活動してたんだから、これくらい何てことない……」

「みー!!」


 顔を真っ赤にして耐えている牛巻とは対照的に、大喜びで炎を飛ばしているごましおだった。

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