第164話 怪物

 ぜんざいを追いかけて走った寒天たち。

 たどり着いたのは大きな倉庫のようながっしりとした建物だった。

 そこはダンジョンが収容された施設だ。


「やっぱり、物々しいですね……」


 ラスクは不安そうにキョロキョロと見回した。

 普段であれば、施設は探索者たちに開かれているはずだが、現在は堅牢で巨大な扉がピシャリと閉じられている。

 さらに、ダンジョンを囲むようにパトカーが停まり、その周りには警察や探索者と思われる人々が慌ただしく動き回っていた。


「おい!! なんなんだ。あのデカい狼は!?」

「あ、探索者さんのペットですよ。動画でみたことあります」

「すげぇ……リアルぜんざいさんだ。デケェ……」


 そしてダンジョンの入り口へと続く扉の前では、ぜんざいが唸り声を上げていた。

 周りに居る人々は、ぜんざいに慌てたりスマホを向けたりと様々な反応をしている。

 普通なら巨大なモンスターが居たら攻撃されていそうなものだが、敵意は向けられていない。

 配信活動のおかげでぜんざいの知名度が上がっているのと、明らかにダンジョンに向かって構えているため、人を襲おうとしているのではないと分かるからだろう。


 しかし、いつまで見逃して貰えるかは分からない。

 現場の指揮をしている人に話をする必要があるだろう。

 牛巻が辺りを見回すと、周囲の警察官に偉そうに話しかけている恰幅のよい男性が目についた。太っているというよりは、筋肉でがっしりとした柔道家のような印象だ。

 周りの警察官は制服を着ているのに対して、その男性はスーツ姿。おそらくは刑事だろう。


「あの、すいません!」

「なんだ……もしかして、あの狼の飼い主か?」


 刑事はちらりと牛巻の後ろを見た。

 そこには寒天が待機している。スライムを連れ歩いているのを見て、ぜんざいの飼い主かと予想したようだ。


「飼い主というか、同居人というか……ともかく関係者です」

「えぇ!? ジョージの彼女さんなんですか⁉」


 牛巻の言葉に驚いたのは、刑事の隣に居た若い警官だ。

 目を丸くしながら、まじまじと牛巻を見詰める。


「他にもスタッフが居そうなことは噂されてたけど、まさかこんなに可愛い彼女が居たなんて……可愛いペットに可愛い彼女。羨ましい!!」

「い、いや、まだ彼女とかそういう関係ではないです!」


 牛巻は顔を赤くして、セールスでも断るように両手をぶんぶんと振るった。牛巻としてはその気でも、丈二はぼんやりとした朴念仁。思うようには進まない。

 しかし、胃袋は手懐けられているはず。このまま行けば、ゲットは確実だ。


「あー、若いってのは羨ましいねぇ」


 牛巻たちの甘酸っぱい事情など知らない刑事は、呆れたようにぼりぼりと頭をかいた。


「ともかく関係者ってことは分かった。それなら頼みたいことがある」

「頼みたいこと、なんですか?」

「あのデカい狼を貸して欲しい。あそこから出て来るモンスター共をぶっ倒すのにな」


 刑事が巨大な鉄の扉を指さす。

 ドン!!

 同時に扉が叩かれた。建物ごと揺らすほど強く。建物から崩れたコンクリートの破片が、ぱらりと地面に散らばった。

 きっと、あの扉の向こう側にはモンスターたちがひしめいているのだろう。

 今にも扉を破り、街になだれ込もうとしている。それを許してしまえば、どれだけの被害が出るのか牛巻には想像もできない。


(だけど、私が勝手にぜんざいさんを貸すわけにもいかないし……)

「がう!」


 牛巻が悩んでいると、牛巻たちに気づいたぜんざいが寄って来た。


「がう。ぐるるる」

「あ、『人の子だけでは荷が重い。我も戦う』だそうです」

「うぅ、ぜんざいさんはやる気なのかぁ」


 ラスクが翻訳してくれたところによると、ぜんざいは戦う気らしい。

 こうなっては、牛巻が頭ごなしに決めるわけにもいかない。

 ぜんざいを説得するにせよ、戦わせるにせよ、丈二に話を通すべきだろう。


「ちょっと待ってください。先輩に電話してみま――」


 ズドン!! ガラガラガラ!!

 しかし、モンスターたちはそれを待ってくれなかった。

 重い鉄の扉が飛んだ。扉は重力に従って地面に落ちると、ガラガラと喚きながらコンクリートを滑った。


 ぬるりと、破られた扉から出てきたのは巨大な魚の頭だった。

 しかし、体は人。背中からはタコのような触手が何本も伸びて、ぬるぬると獲物を求めるようにのたうち回っている。

 しかし特に恐ろしいのは、怪物の目だ。ギョロリと出目金のように飛び出た不気味な目を見ると、体の底から氷柱が生えるように寒気が身を凍らせた。

 きっと、恐怖を感じたのは牛巻だけではない。その場にいた何者も、あの怪物の恐ろしい瞳に見られたくないとばかりに、ジッと息を潜めた。少しでも目立たないように、少しでも見られないように、ただ震えていた。


「ギィヤァァァァァァ!!」


 ギザギザの鋭い歯が生えた怪物の口が大きく開かれると、まるで男が拷問を受けているような叫び声が響いた。一瞬遅れて、その叫び声が怪物の鳴き声なのだと気づく。

 鳴き声と同時に、奥でひしめいていたモンスターたちが動き出す。

 そのモンスターたちの姿も異形だった。魚やタコのなどの魚介類の頭に、人に似た体つき。きっと熟練の探索者でも、あんなモンスターたちは見たことが無い。


「あ、あぁ……」


 牛巻を含む誰もが、モンスターたちを呆然と眺めることしかできなかった。

 恐怖によって頭は白く塗りつぶされ、心まで冷えた体を震わせることしかできない。

 このまま、異形のモンスターたちによって蹂躙されるかと思われた時だった。


「アオォォォォォォン!!」


 ぜんざいの遠吠えが響いた。

 同時に、牛巻たちを包んでいた絶望が吹き飛んだ。

 まるで先ほどまでの恐怖が嘘だったかのように、頭が働き体が動く。


「がう!!」

「や、『奴の目を見るな!!』だそうです!!」


 ラスクが震える声を必死に張り上げて叫んだ。

 どうやら、先ほどまでの恐怖は怪物の目によるものだったらしい。


 恐怖が解けて動き始めた警察や探索者たち。

 バリケードのように停められたパトカーの影から、銃や弓を構えて攻撃を始めた。


「ギヤァァ!!」


 怪物が鋭い歯をむき出しにし、口角を上げた。まるでニヤリと笑うように、ぜんざいを睨んだ。

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